メリーカは、時の神殿を管理する一族の娘だ。トライフォースを手にする者が現れた時、その者が確かにトライフォースに相応しい人物であるかを見極める、時の番人と呼ばれるその一族の末裔である。
建国時には王家より公爵位を賜り、表向きはハイラルの貴族という立ち位置になっており、時の番人としての役割は公然の秘密となっている。トライフォースを手に入れんがために一族に取り入ろうとする邪な考えを持つ人間がいないとは限らず、貴族同士の癒着を生まぬよう、一族にはどんな誘惑にも惑わされない高潔さが求められた。
現当主である父は、メリーカに一族としてのあらゆる知識を叩き込んだ。神話のこと、聖地のこと、時の神殿について、その他時の番人として必要なことは全て。
貴族の礼儀作法などついでと言わんばかりで、そのせいか堅苦しい貴族社会が何となく苦手になってしまったけれど。形ばかりのお作法は身につけたものの、正直優雅さや淑やかさからは程遠いぎこちなさだと思う。
(まぁ、わたしに求められるのはお嬢様としての嗜みよりも時の番人として聖地を守る力を身につけることだから、それで良いのかもしれないけど)
読みかけの本をパタンと閉じる。時計の針をちらりと確認し、そろそろ礼拝の時間だと背伸びする。
礼拝とは、時の神殿で祈りを捧げる儀式のようなものだ。これも時の番人としてのお勤めなのだが、なぜまだまだ幼い未熟な子供のメリーカがやるかと言えば、当主の父から早々に丸投げされたからである。
「お父様ったら、いくら当主の仕事が忙しいからって、かわいい娘に番人の仕事をほとんど押し付けるなんて何を考えているの」
ため息混じりに不満を洩らすが、当主である父は登城しておりここにはいない。無駄に立派すぎて一人だと孤独さを感じずにはいられない自宅の一室で、メリーカは仕方なく外出の準備をし始めた。
貴族のお嬢様には常に必ず一人は侍女がつくものだが、メリーカにはいない。そういう風に「教育」されているから。
ふわふわとしたクリーム色の髪を整え、外套を羽織り、靴紐が緩まぬようギュッと結ぶ。
完璧ね。姿見を覗けば、ピシッと整えた服装とは裏腹にちょこんと佇む小さな少女の姿。
――自分でも、時の番人としての威厳は皆無なのは分かっている。つぶらな金色の瞳に精一杯力を込めるが、どうにも迫力が出ない。だから、服装くらいはキッチリとしなければ。
服装の乱れは心の乱れ。真面目だなぁと父は笑うが、やるからには徹底的にやるのがメリーカのモットーである。
「行ってきます」
玄関先で執事に見送られながら、いつも通りにメリーカは時の神殿へと向かった。いつも通り神殿の時の扉の前で祈りを捧げ、そしていつも通り屋敷に帰ってくる。そのつもりだった。
いつもなら無人であるはずの神殿。そこに、メリーカと同じくらいの年頃の子供を見つけるまでは。
時の扉の前に、子供がいる。
緑色の帽子に緑色の服、背には剣と盾を背負い、傍らには妖精を連れていた。
メリーカは目を瞬いた。緑の服に妖精を連れていると言えば、メリーカの知る限りコキリ族くらいしかいない。しかし、コキリ族なら森から出られないのではなかったか。
(なんで?)
そもそも、城下町から少し離れた神殿に来る物好きはあまりいない。
とはいえ、建物はそこら辺の教会よりも立派だし、時の番人たるメリーカの家が管理しているので建物の中も外もピカピカに整えられているので、ハイラルの密かな観光スポットだとも言われている。
そんなわけで、稀に歴史を調べる学者や観光見物客もいるにはいるのだが、こんな小さな子供が来るなんて大変珍しい。
まさか迷子じゃないでしょうね、とメリーカが奥へと進むと、人が入ってきたことに気付いたらしく、子供が振り返った。青い双眸が驚きに見開かれる。
男の子だ。メリーカはドキリとした。同年代の男の子となんてまともに喋ったことがない。いじめられて返り討ちにしたことはあるけど。
「時の神殿に何かご用なの?」
静かな神殿には、声がよく響く。
「……時の神殿?」
「そうよ、聖地が眠ると言われてる場所。とは言ってもご覧の通り、聖地への入り口は閉ざされているけれど」
「ふーん……」
少年の隣に並び立ち、重く閉ざされた石版を見上げる。目の前には、何かを収めるための台座に、窪みが三つ。
「それで、あなた迷子?」
「違うよ」
憮然として返される。迷子じゃないなら何なのだろう。メリーカは首を傾げる。
「俺はリンク。こっちは妖精のナビィ。君はこの場所に詳しいみたいだけど、一体何者なんだ?」
「わたしはメリーカ。詳しいわけじゃないわ、ハイラルに住む人間ならみんな知ってることよ。……それより、迷子じゃないなら、あなた達何をしにきたの?」
メリーカは目の前の少年を見据えた。緑の帽子から覗く金髪は窓から差し込む光に輝き、青い瞳は青空のように澄んでいる。緑色の服に妖精を連れている姿はどこからどう見てもコキリ族なのだが、一点だけ不可解な部分がある。
(尖った耳はハイリア人の特徴だったはずだけれど……)
コキリ族にもトンガリ耳のコがいるのかしら。
「デクの樹さまに頼まれて、お姫さまに会いに来た」
「ゼルダ姫に?」
予想外のことを耳にし、メリーカは目を丸くする。
「デクの樹さま」は、ハイラル平原の奥地にある深い森の主だ。コキリ族の親代わりだとも聞いている。
そのデクの樹さまに頼まれてハイラルにやってきたと言うのなら、この少年は森の使者ということになる。
「これを渡さないといけないんだ」
そう言って少年が懐から取り出したものに、メリーカはぎょっとした。
少年の手のひらに乗る、キラキラと輝く薄緑色の輝きは――まぎれもない、森の精霊石。
「どうしてあなたがそれを……」
「森の精霊石を知ってるの?」
「知ってるも何も……」
精霊石は全部で三つ。森、炎、そして水の精霊石。それぞれ三つの部族が守っており、聖地への扉を開くために必要なものだ。
その一つ、森の精霊石が目の前にある。
「あなた、これをゼルダ姫に届けると言ったわね。どうやってお姫様に会うつもり?」
「それは……」
「ゼルダ姫は、会いたいからって会える方じゃないのよ。この前もお姫様見たさにお城に忍び込んだ人がいたけど、それはもう大騒ぎだったんだから」
「ええっ、本当に?」
「……あなた、まさか本当に忍び込もうと思ってたわけじゃないでしょうね」
メリーカが追及すると、少年はすっと目をそらした。
この子、忍び込もうと思ってたんだわ。
「仕方ないじゃないか、城には行ってみたけど門番に追い返されたし」
参ったな、と少年と妖精は顔を見合わせた。
事情を話したところで、門番が子供の話をまともに取り合ってくれるはずがない。同じく子供であるメリーカの口添えも無意味である。
(お父様なら……いえ、これから会いに行ったところでちゃんと捕えられるか分からないわ)
何せあちこちフラフラと出かけてはいろんな人を困らせている神出鬼没の父である。あれで当主が務まっているのもなかなか不思議だが、メリーカに番人としての仕事を押し付けている以外はちゃんと仕事をこなしているらしい。
父を頼りに出来ない以上、やはり自力でゼルダ姫に会いに行く方法を見つけなければ。
そんなことを考えながら険しい顔で俯いていたから、リンクがじっとこちらを見ていることに気付かなかった。
「キミ、やけにお城のことに詳しいけど、お城に入ったことがあるの?」
ぎくり。
リンクというこの少年、意外と抜け目がない。
「そ、それは……」
何と言って誤魔化そう。
あれこれ頭の中で考えを巡らせていたからだろうか。背後に敵が迫っていたことに気付くのが少し遅れた。
「リンク、後ろ!!」
その声につられるように、ぱっと二人が後ろを振り向く。
(妖精の声? 初めて聞いたわ)
しかし、今はそんなことを考えている場合ではない。
「……何のご用かしら」
硬い声で問いながら、自身の武器に手をかける。
入口に、人が立っている。その格好から城下の人間ではないのは明らかだ。
露出の高い服からは褐色の肌を覗かせ、ヴェールを纏った妖艶な美女。一見占い師のようにも見えるが、サーベルを手にしており、物騒この上ない。
(どうしてこんなところにゲルド族がいるのよ!)
ゲルド族はおおよそ十人。対してこちらは二人と一匹(妖精を一匹と数えたら怒るかしら)。
しかも神殿の入口を塞がれてしまっていて、外に逃げることもままならない。
「メリーカ嬢だな。我々と来てもらおうか」
ゲルド族の狙いはメリーカらしい。大方、人質にでもして父の弱みを握ろうといった魂胆だろう。
二人で逃げ切れるだろうか。もしメリーカが捕まったとしてリンクだけでも逃がすことが出来れば御の字だ。最悪なのはリンクもろとも敵の手に落ちることである。森の精霊石をヤツらに渡すわけにはいかない。
どうしたものかしら、と思案していると、剣を抜いたリンクがメリーカよりも一歩前に出る。
「またお前たちか!」
「またって……あなたゲルド族と戦ったことがあるの?」
リンクという少年は一体何者なのか、大勢のゲルド族を相手に怯む様子がない。
「メリーカ、下がってて」
「え? ちょっと、あなたまさか戦うつもりじゃ……こんなにたくさんいるのに無理よ! 外にはもっといるかもしれないわ。あの人達の狙いはわたしなんだから、あなただけでも……」
「見捨てて逃げろって? 冗談じゃない。なんでキミが捕まるのを黙って見てなきゃいけないんだ」
本気で戦うつもりなのだろうか。さっき会ったばかりの他人のために。お人好しにもほどがある。
「キミのことは、オレが絶対に守る」
あまりにも無謀で、あまりにも危険だ。
それなのに、どうしてこんなに頼もしく感じるのだろう。
「……守られてるだけは嫌よ」
懐から弓を取り出し、矢をつがえる。
礼儀作法やマナーなんて形ばかりしか覚えてないし、所作だってぎこちない、嘘ばかりの社交界なんて苦手だ。
その代わり、戦闘に関する能力だけは兵士にだって負けない。
「わたしも一緒に戦う」
ゲルド族が一人、こちらに向かってくるのを矢を射って牽制する。怯んだその隙にリンクが剣を叩き込む。
「神殿から出られるのは目の前の出口だけよ」
「なら、正面突破だ」
二人で出口に向かって駆け出す。
きっと、逃げ延びてみせる。襲いかかるゲルド族に応戦しながら、メリーカは外の光へと飛び込んだ。
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