硲さんと私
※女性攻め的な要素を含んでいます。






「ねぇ、これなぁに、硲さん?」
「それ、は」

珍しく言い淀む硲さんの耳はほんのりと赤い。
触れるか触れないか微妙なタッチで指先を彼の首に這わせれば、ぴくりと小さく身体が揺れた。

「アイドルがキスマークは、まずいんじゃないですか?」

朝、というか早朝の事務所にはまだ私と硲さんしか居ないとはいえ、誰が来るかわからないので彼の耳元で囁くように呟く。
クスクスと煽るように笑って見せると、硲さんはむすりと不機嫌そうな雰囲気を醸し出した。
付き合いはじめてしばらくたってから気付いたけれど、彼は思っていたよりも解りやすい人だ

「ねぇ、昨日はどっちと居たんです?それとも、3人で?」
「っ、朝から事務所でする話では、ないだろう」
「あは、事務所でシようとしてた人がよく言うよ」

まぁそれを注意したのも私なんだけど。
彼の座るソファの後ろから顔を覗き込み、耳に軽く息を吹きかける。ちいさく震えた肩にどうにも悪戯心が疼いてしまって、
好きな子をいじめたくなる男の子の気持ちがわかったような気がした。
静止しようとする硲さんの声は聞こえないふりをして、きっちり止められたボタンをひとつだけ外す。

「何を、して……」
「昨日は私抜きで遊んで楽しかったですか?」

しゅる、と無理やり緩めたネクタイの音と場の雰囲気に気分を盛り上げられて大胆な事をしている自覚は、ある。
開いた首の付け根にある赤い跡の上から、舐めとるみたいに舌を這わせてみた。味はしない。
私も上から付けちゃおうかなぁなんて考えはじめた時、大げさに体を震わせた硲さんに頭を掴まれてそれは阻まれた。

「名前 、くん……!」
「ん、やっぱり後ろからじゃやりずらいですね」

名前を呼ばれて機嫌を良くした私は(普段事務所では苗字でしか呼んでくれないので)誰から見ても楽しげだろうと思う。
ソファを跨いで硲さんの前に膝立ちになると、「跨ぐのはやめなさい」と小さく窘められた。

「はぁい……ところで、これから仕事なのにすごい顔してますよ?硲さん」
「それは……」

真っ赤な顔をして、少し息も荒い。何より縋るような眼鏡の奥の瞳が、ぞくぞくするぐらい欲を煽ってくる。無自覚って怖い。
我慢できなくなって彼の首に腕を回し唇を近づけると素直に体を倒して来たので、そのまま唇を押し付けた。

「……名前」
「っ……ふふ、さすがにこれ以上はだめですよ、ねっ!?」

数回軽く触れるだけの口づけを交わした後、そろそろ賢くんが来る頃だろうなぁと立ち上がろうとしたところで強い力に腰を引き寄せられる。急な事で体勢を崩していまい、硲さんの上に跨るような形で座り込んでしまった。

「な、んぅっ」

驚きで声を上げた私の後頭部に手が回り、硲さんのそれで口を塞がれる。あろう事か舌が口内に侵入してきて、今度は私が大げさに体を震わせる番だった。

「ん、ふぁっ、んんん!」

自由に口内を動きまわる彼の舌に不意に上顎をなぞられてくぐもった声が出てしまう。上顎を責めるなんて硲さんが元々持っている知識では絶対にないので、いらない事を教えた類には後で文句を言ってやりたい。
最後に一つ名残惜しげに唇を重ねてやっと彼が離れた頃には、大きく息を乱しているのは私の方になっていた。

「も、硲さんの、馬鹿……・!」
「どうやら君も、君の言うところの『すごい顔』になっているようだが」
「!」

楽しそうにクスリと笑った硲さんの顔がかっこいいやら悔しいやら、微妙な感情が入り混じって返事が咄嗟に出て来ない。
結果的に絞り出した「顔洗って来る…!」という私の言葉と同時に「おはようございます!」という賢くんの元気な声が耳に届いてきて、私は慌てて化粧室に籠る事になった。