「ええと……」と間を繋ぎながら、しばし考える。

 「……そんな、気ぃ遣ってもらわなくて大丈夫だよ……?」

 慎重に、なるべくやんわりと聞こえるよう、なまえは言葉を選びつつそう返事した。
 しかし、大瀬の耳にはそれが別な意味に聞こえてしまったようだ。少し目を見開き、やがてゆるゆると顔を俯ける。

 「そうですよね……すみません。クソがクソおこがましい勘違いをしてしまったようで……死んでお詫びします」
 「あっ、いや、違うの! そうじゃないの大瀬くん! 気持ちはすっごく嬉しいんだよ!」

 だから死なないで! そう言って、なまえはフォークを握り込んだ大瀬の手をしっかりと押さえた。
 それに対し、大瀬はふるふるとこぼれ落ちそうな瞳でなまえを見る。彼にその目を向けられることに、なまえは自分がめっぽう弱いと自覚していた。いつだったか、猿川がこの一連の流れを「ずるい」と評していた理由も、なんとなくわかる気がする。

 「嬉しい……ですか……?」
 「うん、すっごく嬉しい」
 「本当に?」
 「本当」
 「本当の本当に?」
 「本当の本当」
 「で、では……なまえさんのお誕生日を、このクソにも教えてくださいますか……?」
 「う……」

 なまえは声を詰まらせた。もちろん、教えるのはいい。いいに決まっている。むしろ駄目な理由などあろうはずもない。大瀬が、あの大瀬が自分からそんなことを言いだしてくれたのだ。それだけで、なまえにとってこんなに嬉しいことはないのだから。

 けれども、なまえはやはり悩む。言ってしまってもいいのだろうか。この事実を。自分の知る限りでは、この世の誰よりも他人に対して気を遣う彼へ向けて。また死のうとしやしないだろうかと、大いに心配になる。

 なまえは大瀬を見つめた。大瀬もまた上目遣いに、なまえを窺いつつじっとその返答を待っている。右手にはフォークを握り込んだまま。

 どの道、ここは言うしかないか。なまえは小さく息を吸い、意を決し、大瀬に向けて告げた。自分の誕生日を。既に過ぎ去っていて、確か普通にここで大瀬と顔を合わせていた気もする、その日にちを。
 わざわざ自分から言う機会もなかったので、素通りしただけだったのだが。

 ややあって、大瀬は呟いた。

 「死んでお詫びします……」
 「だからそうなると思ったのー!」

 今度こそフォークを喉元に突きつける大瀬を、なまえは必死になって止めた。


 後日、なまえが気になっていた美術展についてきてもらうということで、この話は一応の妥協点を見出した。


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