ふみおせが青いカナブンの死骸を見つける話です。
虫の死骸の描写があります。ご注意ください。
ーーーーーー
朝からじめじめと蒸し暑い、六月初めの薄曇りの午後。
「お。大瀬だ」
「あ……ふみやさん」
道端で出くわした二人は、気の抜けた挨拶を交わした。
カリスマハウスの外、住宅街の間を通る小さな川。その脇に敷かれた道の上でのことである。
「何してんの」
言いながら、ふみやは川にかけられた橋を渡り切り、大瀬のほうへと歩く。それを立ち止まって待ちつつ、大瀬も返事を寄越した。
「少しコンビニに……」
そう言う大瀬の手には、中に入った物の形に膨らむ、白いレジ袋がぶら下がっている。それを眺めつつ、ふみやはまた問う。
「帰り?」
「はい」
「ずいぶん遠回りだな」
「あ……」
言われて、大瀬の目は彼の右手側、道沿いに植わった低木へと向けられた。大ぶりな緑の葉が茂るその木には、鮮やかな青い小さな花が、いくつかの群れをなして咲いている。
「紫陽花が、きれいだなと思って……」
帰るついでに、眺めていこうかと。
そう答える頃には、大瀬の目線は自信なげに足元へと落ちている。
「ふーん」
ふみやは頷きつつ、そのとき初めて紫陽花へと目を向けた。道沿いだけでなく、川へと下っていく斜面でも咲きそめるそれらは、青、白、紫と、その色の違いが何で決まるんだか、ふみやはさっぱり知らない。けれども、言われてみれば確かに、きれいだと思った。
「俺も帰ろ」
「えっ……ご用事はいいんですか」
「うん。特にないし」
「……?」
そう言って、ふみやはのんびりと歩き出した。首を傾げつつ、大瀬もその半歩後ろをついていく。
それからしばらく行ったところ。
「……ん?」
ふと、ふみやが足を止めた。「何だろ、これ」そしてその場で、徐にしゃがみこむ。
「どうかしましたか……?」
追いついた大瀬は、不思議そうにその背を覗きこんだ。
「青い……虫?」
「え。わ……」
ふみやの視線の先。それを目にして、大瀬は思わず感嘆の息を漏らしていた。
それはふみやの言ったとおり、青い虫だった。
体長は二センチほど。全体的に丸いフォルム。甲虫の特徴である硬い前翅、メタリックな輝きからカナブンだろうと大瀬は推測したが、しかし目を引くのはその色だ。それこそ、頭のてっぺんから鉤のような肢先まで、身を包む固い外皮のすべてが瑠璃色に光り輝いている。角度によっては青から紫、翡翠にも色を変えて見えるそれは、さながら宝石のように美しかった。
大瀬はふみやに倣い隣へしゃがみこみ、つくづくとその姿を眺める。
「カナブン、ですかね……」
「へえ。カナブン」
「でも、こんな色、初めて見ました。きれい……」
「だな。死んでるみたいだけど」
「え」
言われて、そこで初めて大瀬は気がつく。
「……本当だ、死んでる……」
後ろの二本肢を伸ばしたまま、ぴくりとも動かない。その小さな躰からは、確かに命の重みらしきものが消え去っている。
死んでるけど、こんなに綺麗なんだ。
羨望にも似た思いが、ふと大瀬の胸を過った。
「……自分も、死んでこんなに、綺麗だったら」
その思いのまま、そんなことを口走っていた。
川の上を、ぬるい風が吹きわたった。水面が逆巻き、下草がそよぎ、紫陽花の枝がざわめいた。空っぽの虫の躰が、吹かれた拍子にアスファルトを幽かに引っかく。
「綺麗なんじゃないか」
声がして、大瀬は隣を振り向いた。
星のない夜空の目が、大瀬を見つめ静かに笑っていた。
「……あっ、や、今のは、その」
「ところでさ」
ふみやがまた足元に目を落とす。
「これってレアなのかな」
「え? あ……じ、自分はそういうことは、あんまり」
「そっか。いや、売ったら買うやついるかなって。調べてみよ」
「えぇ……それは、ちょっと……自然に還しませんか……?」
大瀬がおずおずと言う。ふみやはスマホをいじり始める。
結果、カナブンは売れないとわかったが、夕食時に二人はその話をし、テラに嫌がられた。
prev /
main / top