泣き虫うさぎは嘘を吐く

お姉ちゃんが家を出て数ヶ月が経った。
お姉ちゃんが家に帰ってこなかった日は家中が大騒ぎだった。近所の人や嫌煙しているお祖母ちゃんにも連絡を取り、探し回った。いよいよ警察に捜索届を出そうとした時、お姉ちゃんから家を出ていくと電話がかかってきた。
お母さんは泣きながら帰ってきて欲しいと訴え、お父さんは怒りながらどこにいるのか問いただしていた。しばらくそれが続いたあと、二人とも酷く疲れたように電話を切って椅子に座りこんだ。
そこで二人がお姉ちゃんと何を話したかわからないが、それから一度もお姉ちゃんは帰ってきていない。

それから少しずつ家の中が変わっていった。
家の中はどこか静かになり、お父さんは仕事で遅くなることが多くなり、お母さんはご飯だけ作ると一緒にご飯を食べることが少なくなった。そのせいで家では私はいつも一人だった。いっちゃんやかっちゃんたちと一緒に外で遊んでるのが楽しくて、門限なんて二人にもなければいいのにと思った。
そうして少しずつ、お姉ちゃんの良くない噂を耳にすることが多くなった。


「不良姉ちゃんの妹じゃねぇか!」


いっちゃんが用事があると一緒に帰らなかった日で良かった。きっといっちゃんと一緒にいたら、嫌な思いをさせる。
最近こういう露骨にからかってくる子とコソコソと後ろ指を指す子が増えてきた。
後者は無視をすればいいが、前者はそうはいかない。聞こえないふりをして大抵やり過ごすのだが、こうやって目の前に立ち塞がれては、私も黙っていられなくなる。
馬鹿にしてくる男の子たちを睨みあげると少したじろぎを見せるが、数の多さゆえかすぐに態度を大きくする。


「家出したんだろう?不良じゃねぇか!」
「家出じゃない!一人暮らしだもん!」
「無名の事務所なんかに入って、悪いことしてんじゃねーの?」
「してない!お姉ちゃんを、馬鹿にするな!」


カッと頭に血が上ったせいで、近くのマンホールから水が勢い良く吹き上げる。未だに怒りの感情で個性が暴走してしまう私は慌てて、それを押さえ込む。
高く舞い上がったマンホールの蓋が目の前に落ちてきたのに驚いて尻餅をついた男の子達はそれを呆然と見ていた。しかし、ふと我に返り恥ずかしさを紛らわすように、生意気な奴め!と私を突き飛ばした。
突然のことに受け身も取れずにコンクリートに手足を擦り付る。傷口からじんわりと血が滲み始め、ジクジクと痛みが波打ってうっすら涙が膜を張る。


「敵のくせにいい気になるなよ!」
「そうだ!そうだ!お母さんが言ってたぞ!お前のとこは有名なヒーロー一家だから優遇されてるってな!」
「そんなこと、ない、もん…」
「敵のくせに、俺達に歯向かうからこうなるんだ!」


どうして、なんで、その疑問が浮かんでは消えていく。優しくて強いお姉ちゃんのことが大好きで尊敬しているのに、心の何処かで疑ってしまっている自分がいる。お姉ちゃんはお姉ちゃんだって信じたいのに、それが出来ない自分が情けなくてたまらない。
個性を出した彼らが一斉に襲いかかってきているのは分かったが、それに反撃する気力が起きなかった。
立たなくちゃ。でも立ってどうするの?おねえちゃんを信じきれてない私が彼らに反撃していいの?
すると、私の目の前に一人の男の子が立ちはだかった。彼は片手を彼らに向けると、派手な個性で彼らを一気に吹き飛ばした。


「邪魔だ、モブ共!」
「ヒッ!爆豪!」


爆破を起こした人物を見て、彼らは一気に顔を青ざめさせた。
かっちゃんは片手で爆発を起こしながら、男の子たちを目つきの悪い目を更に鋭くして睨みつける。とてもヒーローを目指しているとは思えない悪人面の目で睨みあげられたら、誰でも恐れ慄いてしまう。


「聞こえねぇのか?邪魔だって言ってんだよ!もう一回ヤラねぇと分かんねぇのか?」
「お、覚えとけよ!!」


お決まりの負け台詞を吐き捨てて、男の子たちは逃げるように走って行ってしまった。


「誰が覚えるかよ」
「かっちゃん…」
「テメェもいつまで座りこんでんだ」


大きく舌打ちをしたかっちゃんは未だに座り込む私を呆れたように見下ろす。
先に帰ったはずなのに何でいるのとか、相変わらず優しいんだか怖いんだか分からないねとか、頭の中がグルグルと混乱してきた。その中で最も私の頭の中を占領するのは、やはりこれしかなかった。


「ほら、立てや」
「…ねぇ、かっちゃん。お姉ちゃんは敵なんかじゃないよね?悪いこと、してないよね?」


誰かに否定をして欲しかった。
お姉ちゃんは、変わらずお姉ちゃんだよって。そう、言って欲しかった。
そうじゃなきゃ、私がおかしくなりそうだった。お父さんやお母さんにこんなこと言ったら、きっと困らせる。ただでさえ、お姉ちゃんのことで悲しんでいるのに、これ以上悲しませられない。
泣きそうになるのを必死に堪えながら、手を差し出すかっちゃんを見上げる。かっちゃんは答えに困ったように眉を顰め、そしてゆっくりと口を開いた。


「…それは」
「美空ちゃん!」
「いっちゃん?」
「チッ!今来んじゃねぇよ!クソナードが!!」
「ヒッ!かっちゃん、いつもより機嫌悪い…?」
「ウッセェ!!」


目を釣り上げたかっちゃんが爆発を起こしながら、いっちゃんを怒鳴りつける。それにビクビクしながらも、私の側に駆け寄ってきて、怪我の具合を聞いてくる。
すっかり忘れていたが、肘や膝を擦りむいていたのだ。それを思い出した途端、急に痛み出してくる。しかし少し掠ったくらいで、大した痛みはない。大したことのないのだが、


「…痛い、かな」
「痛いよね!そうだよね!早く家に帰ろう!」
「それより傷口を水で洗うのが先だろうが!」


かっちゃんに腕を引っ張られながら、公園の水場に向かう。いっちゃんは私を心配してオロオロしながら、一歩遅れてついてきてくれる。
そんな二人の優しさが私の心に痛いほど染み渡った。
二人の優しさに嘘をついた私が全て悪かったんだ。嘘つきはいけないってあんなにも言われていたのに、嘘をついた私に天罰が下ったんだ。




「お、姉ちゃん…?」
「久しぶりね、美空」
「なん、で…」
「世間に認めさせるのよ。美空より私の方が優れてるってね」



こちらを睨む目は酷く冷たく、感情の欠片も読み取れない。
遠くの方の雷鳴がやけに鮮明に聞こえた。


嘘なんて、つくんじゃなかった。