アクアヒーロー、セイレーン。
水にまつわる個性の中でも最強と言われ、長きに渡りヒーロー一家としてその名を轟かせていた。
事件解決、人命救助とありとあらゆる任務をこなし、どんなに難解で困難な任務でも頼まれたものは断ることはないとして、そのヒーローらしい姿に人気は常に上位をキープしていた。
「美空を次期セイレーンに任命する」
有名なヒーロー一家といえばと問われると必ず名が出てくる現在のセイレーンは、青蓮院縹(はなだ)、美空の祖母である。一度は引退し、その名を美空の母である瑠璃に譲り渡したのだが、色々あり瑠璃は美空の妊娠を機にその名を返上したため、後任が決まるまで縹がセイレーンの任を務めていた。
突然家に押しかけてきた縹を瑠璃が警戒していると、今日は話だけだと抑揚のない声で牽制した。
その言葉にも瑠璃は警戒心を緩めず、我が物顔で椅子に座り茶を要求する縹に日本茶を差し出した。茶柱が立った茶を一口飲み、縹は何の前触れもなく先程の言葉を瑠璃に投げかけた。
「な、なんて言いました?」
「私の後任は美空に決まったと言っているんだ。高校のインターンは私の元で育てる。以上だ」
「ちょっ、ちょっと待ってください!セイレーンは青藍ではなかったのですか!?」
セイレーンの名は代々引き継がれており、かつて瑠璃もその名を引継ぎヒーローとして活躍していた。実の母は気にいらないが、セイレーンのヒーロー像は瑠璃にとっても心地良いものだった。だからこそ、青藍が雄英に入ってインターンでセイレーン事務所に行くことに許可をしたのだ。セイレーンの名がなければ決して母の元に行かせるわけがなかった。
母の性格上、見込みの無いものをインターンに呼ぶほどお人好しでもないため、セイレーンは青藍が継ぐものだと誰もが思っていた。それなのにこの母親ときたら、4歳になるまで個性は発動せず、感情の起伏で個性を暴発させている美空をセイレーンにするとハッキリ言ったのだ。
確かに母から正式に次期セイレーンは誰か言われていなかったが、それでも昔から個性の扱いに長けている青藍がセイレーンを継ぐのだろうと思っていた。
「初めは青藍にしようと思っていた。だが美空の個性を見て、美空の方が青藍より優れていると分かった。優れている者こそセイレーンに相応しい」
「でも、まだあの子は6歳ですよ!青藍は今年雄英を卒業して、セイレーンとしてヒーローになると意気込んでいるんです!それを今更…!」
「今のセイレーンは私だ。セイレーンの名を返上したお前に決定権はない。青藍は予定通り私の事務所のサイドキックとして働いてもらう」
「そんな…!あの子が!あの子がどれだけ貴方のもとで頑張ってきたか!貴方が1番知ってるはずです!」
「青藍は強い。将来は私やお前を超えるだろう。だが、美空はそれを簡単に超えていく。あの子の個性は歴代最強だよ」
信じられなかった。
美空も可愛い自分の娘の一人だが、昔の自分よりも個性をうまく扱えていない美空が、同年代では早い段階で個性を発現させ、成長と共にその力を我がものにして雄英では常に上位に居る青藍よりも優れていると母は言った。
自分の母親だからこそ、一度母が断言すれば、意見を変えることは無いことは嫌というほど分かっている。私も昔はそれに何の疑いもなく従ってきた。しかし、自分も二児の母となり、愛する娘達を守るためには強くならないと家もヒーロー名も捨てたのだ。
誰もが優れているのは青藍だと思うからこそ、私は母に何度も進言をしたが、全く聞き入れてもらえなかった。
「え?セイレーンは美空なの?」
卒業が近くなって周りもどこのサイドキックに入るか決まり始めている。少し前はどこに入れるか、だったのに今ではヒーローになって何をするかという話で盛り上がっていた。
私は初めからおばあちゃんのところで修行をし、セイレーンになると思っていた。そう、言われたことはないがそうだと思っていた。
だからこそ、母の改まった態度からいよいよ言葉にされるのだと高揚した気持ちが一気に地の底まで落ちた。自信がなかったといえば嘘になる。それでも言葉にはされなかったが、私が次期セイレーンになるとどこかで確信をしていたからこそ、母の言葉に酷く動揺してしまった。
「もう一度お母さんから言ってみるわ!だから、」
「そ、そっかー!凄いじゃん!さすが私の妹!」
お母さんが酷く慌てて言葉を紡ぐのを遮り、無理やり口角を上げる。私が勝手に勘違いして舞い上がっていただけ。お祖母ちゃんが決めたことは何があっても揺るがないことを私は知っている。私の妹はまだ小さいが、美空もお祖母ちゃんの孫なのだ。
「青藍…」
「大丈夫!ヒーローになれないわけじゃないし!それより新しいヒーロー名考えなくちゃ!それとスーツも変えた方がいいよねー!これから忙しくなるぞー!」
正式にセイレーンが決まった。でも私は選ばれなかった。
歴代のセイレーンのヒーロースーツを模したヒーロースーツももう使えない。いずれはセイレーンになるからと名前でヒーロー活動をしていたが、改めて考え直さなくてはいけない。クラスメイトや先生にもセイレーンは妹になったって言わないといけない。やることはたくさんだ。
「下…向いてる暇はないぞ、セイラン」
明かりをつけていない自分の部屋に戻ると、俯いた瞳からポタリポタリと涙が溢れてきた。
悔しい、悲しい、辛い、苦しい…一人になった途端に込み上げてくる感情が自分でも制御出来なくなっていた。声を押し殺して、ベットの上で泣き続けた。
どうして自分ではないのか、その疑問は次第にどうして妹なんかが選ばれたんだと姿を変えていた。
「お姉ちゃん!一緒に遊ぼー!」
「…」
あれから無我夢中で訓練を続けていたせいで、先生たちから今日の居残り練習を禁止されてしまった。いつも美空が眠る頃に帰ってきていたため、明るい道を帰るのはかなり久しぶりだった。
重たい気持ちのまま帰ると、美空が無邪気な笑顔で駆け寄ってくる。台所からお母さんの悲鳴が聞こえてきたのを察するに、多分美空の個性がまた暴走したのだろう。
両親は何も言わないが、私は美空を故意に避けていた。自分の中で未だに消化しきれずにいたからだ。自分でも自分がこんなにも醜い感情があったのかと驚くほど、ドス黒い感情が私の中に溢れた。
こんな個性もうまく制御出来ない美空が私より優れてるなんて間違ってる。私の方が優れてるに決まっている。認めさせてやる。見せつけてやる、絶対に。
「ひっ!お、お姉ちゃん?」
「あ、あぁ、ごめん。今日疲れてるから、また今度ね」
「う、うん。ごめんなさい」
それから二度と、美空と青藍は一緒に遊ぶことはなかった。
数ヶ月後、青藍は雄英を卒業後、祖母の事務所には入らず、大した功績もないほぼ無名の事務所のサイドキックとなった。
そして、青藍は家に帰ってこなくなった。