無防備な幸福論

中国で光る赤ん坊が見つかったのを皮切りに個性は瞬く間に世界中に広がっていった。今や総人口の8割は何かしらの個性を発現し、その個性を活かしたヒーローという職業ができるまで生活に浸透している。
しかし反対に言えば、ヒーローが対峙する敵も同じくらい増えてきたということだった。


「私の個性ってなんだと思う!?」


台所に立つお母さんのエプロンの端を握りながら、今日も今日とて同じ質問をする。お母さんはそんな私を横目に夕飯の支度をテキパキとこなしながら、うーんと悩み声を漏らす。


「そうねー…やっぱりお母さんと同じじゃないかしら?」
「お母さんと同じっ!美空嬉しい!」


お母さんは個性をあまり見せてはくれないけど、何回か見たその個性はお母さんみたいに優しくて温かかった。そんな個性が私にも発現すると言われた日には喜ばずにいられない。


「えー!美空はお父さんと一緒の方が嬉しいよな?」


珍しく早く帰ってきたお父さんはリビングで新聞を読んでいたと思ったら、こっちの話をしっかり聞いていたらしく、少し不服そうにこちらに顔を覗かせている。


「美空、お父さんとも同じがいい!」
「そうか、そうか!美空は俺の個性がいいか!」


ソファーに座るお父さんの膝に飛びつくと、背中に手を回されてギュウと抱きしめられる。
お父さんは強くてカッコイイ個性を活かしてヒーローをしている。お母さんも前はヒーローをしていたらしいけど、今はしてないそうだ。
ヒーローのお父さんの個性が出たら、お父さんみたいに皆を守るヒーローになりたいと胸が踊る。


「あなた、美空は私と同じが一番嬉しいんですってよ」
「違うよなー!美空は俺と一緒が一番嬉しいんだよなー?」


お母さんはおたま片手に口を尖らせて、リビングに顔を覗かせる。お父さんはお母さんの言葉に私を上に掲げながら一蹴する。
ピシリと空気に亀裂が入った音に幼心でマズイと察した。
両親はとても仲がいいが、たまにこうして一触即発の雰囲気になる。こんな時に頼りになるのは一人しか居ない。


「ただいまー」


玄関が開く音ともに少し疲れ気味の声の一回り上の姉が帰った来た。
このタイミングを逃すまいとお父さんの腕から飛び降りて、一目散にお姉ちゃんの背中に飛びつく。


「お姉ちゃん!おかえりなさい!」
「わっ!ただいま。熱烈なお出迎えだねー。さてはお父さんとお母さんが喧嘩したな?」


ローファーを脱ぎ終わったお姉ちゃんは、私をおぶりながらニヤリと笑う。さすがお姉ちゃん。何も言わずとも分かるらしい。
仕方ないなーなんて言いながら、私を背中に抱えたままリビングに入る。


「ただいまー」
「おかえりなさい、お姉ちゃん」
「おかえり、青藍(せいらん)」
「もー、二人ともまた喧嘩?どうせ美空の個性はどっちのが発現するかってのでモメてるんでしょう?ほんとうに親馬鹿だねー」
「っ、親馬鹿で何が悪い!青藍は母さんの個性を発現したんだ!美空は父さんの個性だろ!」
「あら、青藍も美空も私にそっくりなのよ。私の個性を受け継ぐに決まってるじゃない!」


再び勃発した夫婦喧嘩にお姉ちゃんの制服を握りしめる。私は個性が知りたかっただけで、二人に喧嘩してほしかったわけじゃない。私のせいでお父さんとお母さんが喧嘩するのは嫌だ!


「…ったく。二人とも親馬鹿の度が過ぎると子供は困るよ。ほら、美空泣きそう」
「はっ!ごめんね、美空!」
「もう喧嘩しないから泣くな!な?」
「うぅ…おとーさんもおかーさんも仲良し?」
「「仲良し!!」」


二人で肩を組んでニッコリ笑う両親にパァと口元が緩む。そんな私の姿を見て二人もホッと安堵の息を漏らした。


「もー、二人ともヒーローのくせに子供泣かせないでよー」
「ごめんなさい」
「返す言葉もありません」


仁王立ちのお姉ちゃんの前に正座して頭を下げる両親。お姉ちゃんは困ったようにため息をつきながら、二人を見下ろす。
それに私はオロオロとしてしまう。お父さんとお母さんは喧嘩して悪いことをしたけど、ちゃんとごめんなさいできた。それでもお姉ちゃんが怒っているのは私のためだとなんとなく分かった。


「大体、いつも…」
「お姉ちゃん!」


悪いことは悪いと怒られなくちゃいけない。でも、お父さんもお母さんも悲しそうな顔をして反省している。
お姉ちゃんの足に抱きついて、なんとか止められないか考える。


「…ふぅ、美空には敵わないな」
「わぁ!」


お姉ちゃんは困ったように笑いながら私を抱きかかえる。


「美空にそんなにお願いされちゃ怒れないよ」
「ありがとう、お姉ちゃん!大好き!」
「お父さん、お父さん!うちの娘がこんなにも可愛いわ!」
「俺は知ってた!」
「あら、私だってこの子達が生まれたときから知ってたわ!」
「俺なんてお腹の中にいた頃から!」
「二人とも、反省しなさい!」
「しなさい!」
「「はい、ごめんなさい」」

そして今日も絶え間ない笑い声が家に響きわたった。