抱きしめた絵空事

「おはよう!いっちゃん!」
「おはよう、美空ちゃん」


幼稚園に行くと、先に来ていたいっちゃんはお気に入りのオールマイトの絵本を読んでいた。いっちゃんへ一目散に駆け寄り、挨拶もそこそこにお互いを真剣な目で見つめ合う。
そして意を決して私は口を開いた。


「いっちゃん!個性はー…せーの!」
「「出てない!」」


力強く答えた答えはキレイに重なった。
あぁ、良かったと思う反面、まだお互いに個性が出ないことにガックリと肩を落とした。


「まだ出てないかー」
「出ないね」


4歳までには何かしらの個性が出ると言われる中で、私達は未だに個性が発現していなかった。幼稚園でもほとんどの子が個性を発現していて、私達のクラスでは私といっちゃん以外みんな個性が発現していた。
二人ぼっちの私達は顔を合わせる度に個性の発現の有無を確認するのが日課となっていた。


「いいな…」


手を伸ばしたり、背中から羽を生やしたりと様々な個性を教室で見せる皆を見ながら、いっちゃんがポロリと漏らす。
家が近所でいつも一緒に遊んでいたいっちゃんは誰よりもオールマイトに憧れていた。いっちゃんの家に遊びに行く度に見せられるオールマイトのデビュー動画を興奮しながら語るいっちゃんを知っているからこそ、その言葉が心の底から漏れ出た言葉だと分かる。
将来の夢はお互いにヒーロー。そんな夢を抱いていると、自然とどんな個性が出てくるのか、いつ出るのか気になってくる。


「…大丈夫だよ!きっといっちゃんにも私にももうすぐ、すっごい個性が出るよ!」
「出るわけねぇだろ!」


私の言葉をかき消すように被せられた声に振り返ると、かっちゃんが手のひらを上にして個性を発動させていた。
かっちゃんもいっちゃんと同じ幼馴染で家が近所だったから、いつも一緒に遊んでいた。昔から勝ち気な性格だったが、個性が発現してからそれが更に悪い方向に悪化した気がする。
かっちゃんは爆破というヒーロー向きの派手な個性を発現させていた。その個性はクラスの中でも目立つ個性で、先生までもすごいねと持て囃していた。


「うわー!かっちゃんすごいね!」
「当たり前だろう!」
「私にもかっちゃんみたいな個性出るかな?」
「出るわけねぇだろう!俺は特別なんだ!お前らモブとは違うんだよ!」


かっちゃんの手から生み出される小さな爆発は、まだ個性が出ていない私にとってはとても羨ましく見えた。それを羨望の眼差しで見ると、フンと鼻を鳴らして腕組みをしながら意地悪なことを言う。
根が優しい子だと知っていても、かっちゃんの意地悪な態度にムッとしまう。
しかしこの態度に自尊心の塊のかっちゃんは眉間にグッとシワを寄せて一気に不機嫌になる。


「あっ?なんだよ?無個性のくせに俺に盾突くのか?」
「無個性じゃないよ!まだ出てないだけだもん!」
「4歳になってもまだ出てねぇんだから、無個性に決まってんだろう!」
「まだ3歳だもん!」
「テメェはもうすぐ4歳だろうが!」
「そ、そうだけど…」
「それに出来損ないのデクのくせに俺より優れた個性が出るわけねぇだろう!」
「ムッ!いっちゃんのことバカにしないで!デクって呼ぶの止めて!」
「そんなの俺の勝手だろ!デクをデクって呼んで何が悪ィんだよ!」
「かかかかっちゃんも美空ちゃんも喧嘩はダメだよ!」


かっちゃんは片手を爆発させながら、釣り上がった目で鋭く睨みつける。ここで怯んで引き下がれば少し可愛げがあるのだろうが、ここで1歩前に踏み出してしまうのが私だ。
お互いに一歩も引かずに睨み合い、今にも掴み合いの喧嘩を始めてしまいそうなところをいっちゃんが、慌てて割って入る。


「美空ちゃん!新しいオールマイトの絵本買ってもらったんだ!一緒に読もう!」
「後で…」
「いま!今読みたいんだ!行こう!」
「逃げんのかよ!やっぱりデクだな!」
「っ、絶対にかっちゃんを見返してやるんだから!」
「一生無理だな!無個性同士傷の舐め合いでもしてろよ!」


いっちゃんに腕をグイグイ引っ張られながらも、私はかっちゃんと睨み合いを続けた。美空ちゃん、といういっちゃんの諌めるような困ったような声に私はようやくかっちゃんから目線を逸した。
大きな舌打ちが聞こえて反射的に振り向きそうになったのをいっちゃんに止められた。
かっちゃんは行き場のない怒りを外で遊んていた子たちにぶつけていた。あの性格さえ直ればもう少し仲良くできるだろうに。


「美空ちゃん!かっちゃんと喧嘩するなんて危ないよ!かっちゃんの個性すっごく痛いんだよ!」
「だってかっちゃんがいっちゃんのこと馬鹿にするから!」
「…美空ちゃんは優しいね。でも僕のせいで美空ちゃんが怪我するのは嫌だから、かっちゃんと喧嘩しちゃ駄目だよ」


いっちゃんが目の前で大きな目を困ったように下げる。その姿についついムキになってしまった自分が恥ずかしくなり肩を落とす。
個性が発現する前は3人で毎日遊んでいて、その時に先頭に立つのはいつもかっちゃんだった。何をするのもかっちゃんが全部決めていたが、私達二人はそれに不満は無かった。
でも、かっちゃんの個性が発現してからは個性で脅して従わせるようになった。元々喧嘩が強かったかっちゃんだけど、個性で脅すかっちゃんには負けちゃいけないとそう思った。それでもかっちゃんの個性は個性が発現してる子にとっても怖いから、恐怖で付き従う子の姿になんだかモヤモヤした。
それでもかっちゃんだって私の大切な幼馴染の一人だ。喧嘩は良くない。


「ごめんね、いっちゃん…私、かっちゃんとも仲良くしたいんだけど…」
「そんな落ち込まないでよ!僕は嬉しいよ!僕の為に本気で怒ってくれる友達いないし…出来損ないのデクって呼ばれるし…」


語尾を小さくしながら俯くいっちゃんの両手をギュッと握って、力強く否定をする。


「いっちゃんは出来損ないのデクなんかじゃない!私よりたくさんヒーローのこと知ってるし、かっちゃんより優しいし!絶対、将来はオールマイトみたいなヒーローになれるよ!」


オールマイトに憧れて、皆を助けるヒーローになりたいと夢を話してくれるいっちゃんが私にはとても眩しく見えた。私も将来はヒーローになりたいけど、いっちゃんみたいに強い気持ちを持ててる自信はない。同い年でまだ個性が出てないのに将来なりたいものへひた走る姿は私の憧れだった。
いっちゃんは丸い目を丸くしたあと、恥ずかしそうに、でもどこか嬉しそうに笑った。


「ありがとう、美空ちゃん。僕、オールマイトみたいなヒーローになれるように頑張るよ」
「うん!いっちゃんがヒーローになる日を楽しみにしてるね!」


それから数日後、いっちゃんが無個性だと診断された。