「ツバキおねえちゃん」が中心にいて、今や耄碌しているおじいちゃんも自分たちのことをしっかり認識していて、双子の2人もおねえちゃんにくっついて無邪気に笑ってる。だけど、花礫と名前は決してその輪に入ることは無くて。
否、入ることが出来なくて。
やがてツバキに手招きされて、渋渋の姿勢ながらも近寄っていく花礫に、名前は続こうとした。でも、あれ? 足が思うように動かない。動かせない。もたついている間にも、花礫たちと名前の距離はどんどん離れてゆく。
苛立ちと焦り。両方がごちゃ混ぜになった焦燥を感じていると、足首にヒヤリとした冷たい感触が触れた。下を見ると足に纏わりついていたのは、黒い触手。それは目を見張る速さで名前を呑み込もうと、上へ上へと這い上がってくる。
悲鳴をあげようとした。遠くなってゆく背中に気付いてもらえるよう、笑っている家族に取り残されないよう、ちっちゃな手を伸ばそうとした。しかし身体を動かすことも声を出すことも叶わず、全身はまるで金縛りに遭ったかのようにビクともしない。自分の身体なのに、自分の意思で動かせないなんて、これでは人形と同じだ。そう歯噛みしつつも、理屈でどうにかなるものでは無かった。
いよいよ首元まで這いずり上がってきた触手に恐怖はいっそう増す。けど何より花礫を混ぜた“家族”の光景に、自身が混ざっていない事実が無性に悲しくて、苦しくて、名前は涙を一筋流した。
(わたしをおいていかないで、おじいちゃん、おねえちゃん、……おにいちゃん)
ゴポ、と耳に水が入る音がする。彼らは振り向かない。気付かない。闇に呑まれた、少女の存在に。
▽
ふっと意識が浮上する。どうやら無意識のうちに息を詰めていたようだ。取り込んだ空気が喉を通った際、喉はカラカラに乾いていた。
名前はおもむろに顔を上げた。周囲に人の気配はしない。それどころか見渡した景色は故郷のように寂れた家や路地でなく、オフホワイトの壁が四角い箱一面に敷き詰められ、中央部に分厚い硬質ガラスが設置されているなんとも怪しげな部屋ではないか。……加えて、自分が居るのはその瓶のような形をした硬質ガラスの中、だ。両足は自由だが、両腕は重厚な手錠によって捕縛されている。ガラスの中から出られるような出口は──見つからない。
悪夢から覚めて早々、まだ夢の続きを見ているのでは無いかと疑いたくもなる状況。
名前が困惑するのも無理はなかった。
なぜ、自分はこんなところに収容されている? 挙げ句こんな格好、まるで囚人のようだ。失神する直前のことは曖昧にしか覚えていないが、犯罪を犯した記憶はいっさい無い。無い、はずだ。断言できないのは自信が無いから。
(……おもい、ださないと)
出来うる限り落ち着いて、冷静に現状を整理しようと手首にかけられた手錠に視線を落とす。
出かける前は、確か雨が降りそうで、仕事で不在だったツバメとヨタカが濡れてはいけないと傘を持って迎えに行ったんだ。だけど先に姉の仕事先に行ったら「勤務時間が延びている」と教えられて少し時間が空いたから、2人にプレゼントしようと林檎を買って、来た道を戻るすがら雨が降ってきて──そう、雨宿りしようと路地裏に入ったんだ。
(……そこで? わたしはなにをした、なにをみた、の……?)
痛む頭を堪えつつ、自問自答を繰り返す。記憶の糸をひとつひとつ、丁寧に手繰り寄せる。
──記憶の中の自分は傘を差そうと、林檎の入った紙袋をいったん雨の当たっていない地面に置いて身体を屈めた。姉兄に持ってきた2本の傘を肘にかけて、自分の傘を差して、紙袋を手に取った。言わずもがな両手が塞がってしまって、名前は重みにふらつきながらも目的地へ急ごうとしたのだ。なのに、
「────!!」
凄惨な光景が瞼の裏に蘇り、咄嗟に口元を抑えようとした。が、両腕の自由は奪われているために出来なかった。