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情報屋Amber。情報屋の中では名の知れた人物であるが、その正体は塵ほどの痕跡もなく未だにこの人物と直接会った人間はいないという。これはあくまでも噂だが、あのジンですら逃げられてしまったとか。そういう訳もあってジンに彼女とコンタクトを取っているか確認された時、つい自分も連絡が取れないと報告をしてしまった。何故なら彼女はバーボンとしても、そして公安警察である降谷零としても重宝している存在だからだ。情報の確実性もさることながら、なにより依頼完了までの時間が早い。バーボンとして依頼していたものが、名前さんとお酒を飲んだ翌日PCを確認したときには既に返信が来ていた。自分は1週間ほど粘っても特定できなかったというのに、彼女はおよそ3日で結果を出して見せた。忙しいときなんかはとても助かる存在であるが如何せん料金が高いので、彼女に頼るのは最終手段となる。出来れば彼女を協力者として迎えたいというのが公安としての意見であるが、情報屋とは正直犯罪にギリギリ近いグレーな存在だ。それに下手に勧誘してこちらの情報を裏の組織に売られてしまっては、自分が積み重ねてきたものが台無しとなってしまう可能性もあった。以前も部下である風見との間にこの件が議題にあがったが、今はまだ依頼人と情報屋という立ち位置をキープしようというところで落ち着いた。ちなみに経費で落ちないという最大の難点があるため、これにかかる費用はバーボンとして得たこれまた黒に近いグレーの金を使っている。どのみち私用で使う予定はないからとくに問題はない。

先日彼女に依頼をしたばかりであるが、今度は公安の方で依頼をしなければならなくなった。
取り急ぎの案件であるうえに、公安で追っていたS級のターゲットだ。S級とはなにも強さや残虐さ、犯罪件数などではなく、今回のターゲットはとにかく情報が全くつかめない人物だった。実はこの人物というのは例の”黒の組織”に金を援助している可能性が上がっており、事実この男が動けば莫大な金が動いていた。それなのに驚くほど痕跡を残さないことでまったく捜査が前に進まないのだ。現行犯逮捕を試みるにもまさに神出鬼没で、どこにいつ現れるかもわからない。偶然鉢合わせることが出来ても何も用意がない状況では逮捕もままならなかった。一番重要な証拠が揃っていないからだ.

これ以上野放しにもできないことはもちろんであるが、偶然聞いてしまった先日の「近々でかい金が入る。例の研究の資金の足しに、少しはなるだろう。」というジンの発言。これは自分の予想でしかないが、例のターゲットが動く気がする。おおよその場所さえつかめれば、組織の人間とやり取りをしている現場を取り押さえられるかもしれない。これが組織の上層――いわゆる幹部クラスの人間であれば難しいが、例のターゲットは組織の幹部を嫌っているとの噂もある。下っ端を使えばこちらとしても取り押さえやすいため、この機会を逃すわけにはいかなかった。


「ああ、降谷さん。やはり依頼されるんですね?」

「ん?ああ…おそらく俺たちで調べるだけ時間の無駄だろうからな。」


Amberとやり取りをしているメッセージアプリを起動させたままPC画面とにらめっこしているところに現れた部下はそれがどういうことなのかを理解したらしい。
実は、Amberと知り合う前にも彼を捕まえようと公安で動いたことがあった。
情報網をフルに使い調べ上げたつもりだったのに、フタを開けてみれば握っていた情報はガセ7割に残りの3割はこちらの調べている痕跡をつかんだターゲットによって操作された情報だったのだ。サイバー課だろうが個人的にPCに強い人間だろうが、所詮はアマチュアなのだと痛感したのは今となっても容易に思い出せるくらい、当時は悔しい思いをした。そしてそういったPCに強く有力な情報を持っているツテがなかったためこれまで大々的に動いていなかったわけだが、今回は違う。舞い込んできたチャンスをものにするための駒はそろっていた。

とりあえず、依頼内容を書いたメッセージを彼女へ送信する。何故会ったこともない情報屋Amberが女性ということを知っているかというと、これもまたジンから得た情報だった。なんでもジンは彼女を組織に引き込むために直接会いに行ったのだとか。顔は見ていないがおそらく女だったと言っていた。これは彼女について唯一漏洩している情報ともいえる。


「この依頼、受けてくれるでしょうか…。」

「どうだろうな。まあ、男についての調査と近日のスケジュールを探るぐらいであればやってくれそうな気もするが…。まあこれまでも犯罪じみたもの以外はOKの返事をもらっているからおそらくは大丈夫だろう。」

「しかし、情報屋といえどこの男のことを調べるのは困難だというのは裏の世界では有名な話のようですから――」


そう会話をしているとPCからメッセージを受信した通知が鳴る。十中八九彼女からの返信だろうとメッセージを開けばそこには案の定、依頼に対しての返信が届いていた。自分としては快諾とまではいかずともOKの返事だと思っていたその返信は、『依頼の内容にもよる』というものだった。ちなみにこちらから送ったメッセ―ジは「荻野恵一について調べてほしい」というものだ。おそらく、何を調べるかによってはできないということなのだろう。
正直、驚いた。これまでどんなに困難と思える依頼も即OKの返事を寄こしてきた彼女が、ここにきて初めて”しない”ではなく”できない”という意味で渋るような返事をしたからだ。あまりにも情報屋として完璧すぎる彼女を過信していた自分も否めなかったが、なんだか初めて人間らしいところを垣間見たような気がして、同時にAmberという下手するとAIのように感じていた機械のような相手がきちんと人間であったのだなと改めて思った。


「風見の言う通り、やはりこの荻野の情報は得るのが難しいらしいな。」

「えっ。ではやはり断られたのですか?」

「いや。内容によっては断られる可能性もある…と言ったところかな。」


そう告げてPC画面を部下の方に向けると「なるほど…。」と呟いて眼鏡を指で押し上げていた。最近下を向くと眼鏡がずれるのかこの仕草をよく見る気がする。「なにか支障が出る前に眼鏡を修理したらどうだ?」と言えば、「じゃあ休みをください。」と返されてしまった。正論だ。


「とりあえずは荻野が組織の人間と取引をする日時と場所がわかればそれでいい。組織の人間でなくとも、裏の人間と違法な取引をする現場であればそれを理由に取り押さえて、組織については後日追及するのもアリだと思うんだが…どうだ?」

「異存ありません。欲を言えばその取引の方法や、あと物証となるデータなどがあれば事前に逮捕状を請求できるのですが…。」

「じゃあ、彼女に取れるだけの情報を取ってもらって、逆に得ることのできない情報が何なのか聞いたらいいんじゃないか。」


それもそうですねという同意の言葉を聞きながら、その旨を彼女に返信した。今度はPCの前に張り付いていたかのように数秒で彼女からの返信が届く。


『荻野の情報は仲間内でも得ることが難しいとされるレベルで、PCでのハッキング及び調査が不可能。直接情報を盗み取る必要があり、日数と報酬がいつもの3倍はかかります。それでも良ければ。』とのことだった。いやはや、情報屋とはいい仕事だな。まあ直接の接触があるとなれば当然の額だろう。それでいいことと、成功失敗に問わず前金として金を振り込む旨を伝えたがすげなく断られてしまった。なんとかしてこちらが取り入ろうとしているのが彼女にもわかっているのだろう。なかなかガードの堅い人だ。


「そうだ風見、今日は仕事の進捗はどうだ?」

「今日は先日の案件の後処理が残っているくらいで、特に急ぎの仕事はありません。何かお調べすることでも?」

「いや、このあと名前さんのところにどうかと思って。ここからは近いからな。」

「ああなるほど。そうですね、じゃあ聞いてみましょうか。」


スッとポケットから取り出されたプライベート用のスマホをタップして、風見が彼女に電話をかける。今は夕刻だ。こんな時間から連絡をとって店を開けてくれるのかは定かではないが、風見が遠慮していないところを見るとおそらくは問題ないのだろう。


「もしもし。今電話大丈夫か?」


繋がったらしい電話の向こうの声は明確にはこちらには届かないが、微かに女性特有の高い声が漏れ聞こえてくる。


「…どうした?無理ならまた今度にするが。…ああ、今日は降谷さんと一緒に行こうかと思っている。――いいのか?わかった。じゃあまた店に向かうときメールするよ。」


話し終わったのかスマホをポケットに戻す風見に「どうかしたのか?」と尋ねれば「ああ、いえ。」と歯切れの悪い返事が返ってくる。


「――いえ、その…渋っていたわけではないのですがいつもより返事が遅かったので。疲れているか忙しいのかと思って確認したのですが…まあ本人が良いと言うので問題ないかと。」

「そうか?なんか悪いことしたな。」

「まあ売り上げに貢献するわけですから、大丈夫ですよ。」


そういえば前回の2回は支払いをしていない。こっそりカウンターの中に隠していたはずの諭吉たちはコーヒーを買おうと財布の中を覗いた際にお札を入れる部分から発見された。きっと先に起きた彼女がバーを見に行って、その際見つけ出し戻したのだろう。人の財布を無断で開けるところが変なところで遠慮のない彼女らしいなと思った。ならば今回はきっちりと払わせてもらおう。財布の中にしっかり現金が入っていることを確認して、夜に備えた。







とてつもなく面倒なことになった。
今までのバーボンからの依頼はPCを使って強固なセキュリティを破り情報を得たり、特殊なハッキングプログラムが必要であったりと時間がかかったり難しい依頼こそあったが、すべてPCを使って解決できるものばかりだった。しかし今回の依頼は、情報屋のなかでも比較的情報を取ることが難しいとされる人物で、やっていることも裏の世界では規模が大きく下手に関わることが危険な人物であった。オンライン上で形跡を残さないことはもちろん、データというデータを紙面もしくはオフラインの機器でのみ保管しておりお抱えのサイバーセキュリティチームも優秀だ。もちろんこういった人間は彼だけではないため特別視しているわけではないが、面倒と言えば面倒だった。直接接触したところで確実に情報を得られる保証はない。そう伝えることでけん制したつもりであったがそれでもいいという回答だった。

本人の情報管理が徹底しているためまずは外側から崩すこととし、会社のHPやPCからは社員情報を見ることが出来ないようになっているため、彼の表向きの顔として経営している会社の求人募集の記事を掲載している求人サイトに潜り込み、そこに応募した人物で面接後退会もしくはメルマガなどを停止した人物に絞ってみるといとも簡単にある人物が特定される。DMを覗けばあっさりとそのやり取りを見ることが出来た。都合のいいことに秘書の募集であることに内心ガッツポーズをし、いったんは彼のことを調べ上げることに決める。入ったばかりの新人となれば個人のセキュリティまで徹底できておらず探るのは比較的簡単だった。
そして幸いなことに荻野のもとに新しく就いたこの秘書が、SNSは本名で写真付き、そこから端末を特定し潜り込めばプライベート用のスマホがガバガバで位置情報すらつけっぱなしという、情報屋からすればチョロすぎる人物であった。SNSに掲載されていた顔写真と求人サイトに登録していた履歴書の写真が同一人物であるため間違いないだろう。このガバガバな秘書からきっかけを作ればなんとかターゲットには近づけそうだった。


ここまでわずか数分であるが、逆に数分あればガバガバのセキュリティは簡単に突破することができる。なんだかスイッチが入り、バーボンからの依頼に本格的にとりかかろうとしていたまさにこの瞬間、けたたましく鳴る自身のスマホにビクッと体が震えてしまった。画面に表示されているのは幼馴染の名前だ。


「……もしもし、裕也?」

「もしもし。今電話大丈夫か?」

「大丈夫だけど…。」


せっかくやる気になっていた気持ちがどんどん萎んでいくのがわかる。いつもは嬉しいはずの幼馴染からの連絡であるのに、情報屋としてのツイッチが入った途端邪魔が入ったという事実は間違いなくここにあり、嘘がつけない私の反応はいささか愛想がなく彼に聞こえてしまっただろう。心配そうに「どうした?無理ならまた今度にするが。」という彼の発言から察するに、今日店に行くといった連絡なのだろう。慌てて無理やりテンションを上げて、「だっ、大丈夫!お店来るの!?」と聞けば、「ああ、今日は降谷さんと一緒に行こうかと思っている。」と彼は言った。


「分かった。じゃあ準備してるね。」

「いいのか?」

「うん、全然、なにも問題なし!」

「わかった。じゃあまた店に向かうときメールするよ。」

「はーい。じゃあまた。」


ぶつっと通話を切れば、ツーツーという虚しい機械音と中途半端に手の付けられたハッキング画面。ノっているときに邪魔が入るとどうしてこうもやる気がなくなってしまうんだろう。――そんな私の捻くれた性格がいけなかった。それについて反省するのはまだまだ先になるのだが、私はとりあえずと送信してしまったのだ。情報ガバガバの秘書を探って得た荻野との接触を行う日時と場所を。


『To.バーボン
今週末××ホテルにて開催されるパーティーに荻野が表の会社の付き合いで参加するからそこで接触し情報が得られるか試します。うまくいけば当日もしくは翌日にその旨をこのメッセージにて報告するので情報を買うかはその時に判断してください。では。 From.Amber』


メッセージを送った画面の向こうで、依頼主である男が目を見開いていることなど知る由もなく、そのメッセージを送った私はPCの電源を落としBarに今から来る幼馴染とその上司を迎える準備に取り掛かるのだった。

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