譲れないもの

その日はスクアーロが任務で帰宅予定がなく、アリーチェはスクアーロの了承のもと友人達と自宅で宅飲みをしていた。
今日来ているのは親友のブルニルダ、職場の同僚フェルモである。

「アリーチェ、今日も旦那いないのー?」
「仕事だからしょうがないのよ。」
「ちぇー。でも、本当に結婚してるかも怪しむレベルだったけど、家来てみたら確かに一緒に住んでる人はいそうね。」

ブルニルダは相変わらずスクアーロに会ってみたいようである。

「正直アリーチェが結婚したこと自体驚いたけどね。アリーチェって恋愛にのめり込むタイプじゃないから。」

そうコメントしたのはフェルモだ。
彼女は実は生物学的には男性である。
しかし、心は女性のためアリーチェ達とよくつるんでいる。

「そうかな?」
「男に結構距離取ってない?私の方がよっぽどアリーチェと距離詰めてるでしょ?」
「そりゃ、友達と恋人じゃ距離感違うでしょ。」
「普通は友達より恋人の方が距離近いのに、アリーチェの場合逆じゃない?」
「そうかなー?」

アリーチェが首を傾げていると、携帯電話が鳴った。

「あ、ごめん、スクアーロ君からだ。」

彼女は友人2人に断って電話に出た。

「もしもし」
『う゛お゛ぉい!!アリーチェ!!助けてくれぇ!!』

スクアーロの大声に慣れているアリーチェは彼が息を吸う音で大声を出すと察し、瞬時に携帯を離したことで鼓膜を守った。
その声量に驚いたブルニルダとフェルモは目が点になっている。

「どうしたの?」
『ラウレッタの奴がしつこいんだぁ!!本当に嫁がいるのか確認しなけりゃ気が済まねぇとか言い出しやがったぁ!!』

アリーチェは頭を抱えた。

「あの子まだ諦めてなかったんだ……。私が会うことで彼女がスクアーロ君を諦めてくれるなら会うけど、それっていつ?」
『今日だぁ!!』
「今日!?」

アリーチェは素っ頓狂な声を出した。

『今車で家に向かってるがアイツ後ろからついて来やがるんだぁ!!』
「うわ、怖。何その怪談。つまりはストーカーされてるってことね。」
『そういうことだぁ!』
「うーん、わかった。友達には事情を伝えて帰ってもらうから、真っ直ぐ帰っておいで。事故には気を付けてね。」
『悪いなぁ!』

そう言ってスクアーロは電話を切った。

「ブルニルダ、フェルモ、申し訳ないんだけど…」
「アリーチェ、今の何?ストーカーされてるってどういうこと?」
「私も凄い気になったんだけど」

2人は興味深々と言った様子で尋ねてきた。

「実はスクアーロ君、モテるんだけど、ちょっと厄介な女性に好かれちゃったみたいで。あしらってもあしらってもアタックされるって前々から辟易してる様子ではあったのね。違う職場だけど一緒に仕事をすることがあるから、会わない訳にはいかないみたいだったし。その子が今、帰宅中のスクアーロ君の車にピッタリついてきてるんだって。」

アリーチェは概ね事実通りに事情を説明した。

「それはマジでストーカーじゃん……」
「アリーチェ、それ結構厄介なことに巻き込まれてるんじゃないの?」
「しょうがないよ。夫婦だから一連托生でしょ?」
「そりゃそうだろうけど…」
「とりあえずせっかく遊びに来てもらったのに申し訳ないんだけど、こういうゴタゴタにブルニルダとフェルモを巻き込みたくないから今日のところは帰ってもらってもいいかな?また今度招待するよ。」

ブルニルダとフェルモは顔を見合わせた。
そして、2人は以心伝心したのか言葉もなく力強く頷く。

「アリーチェ、私達もここにいるよ。」
「えっ?」
「こういうのは人数多い方が良いって!」
「いや…」
「私達が言ってあげるよ、親友の旦那盗ろうとすんなって」
「いや、2人共待って。やめた方がいいって、そういうの。」
「「何で?」」

ブルニルダとフェルモは首を傾げる。
相手は殺し屋だからだとは言えないアリーチェは説得のために頭をフル回転させる。

「あの子と私、高校一緒だったんだけど、なんかもう理解できない生き物というか。宇宙人と話してる感じなのよ。」
「だったら尚更私達がいた方が良いわね。アリーチェって平和的に解決しようとして遠回しな言い方することあるから。」
「ブルニルダに賛成。」

却って2人の意思を強くする結果となり、アリーチェは焦る。
スクアーロの現在地を聞くことを失念したことをアリーチェは後悔した。

「私言う時ははっきり言うって。」
「本当にはっきり言う人は、説得試みる前に迷惑だから帰れって言うから。」
「そうだよ。それを言わないってことはアリーチェがはっきり言わない人間か、本当に迷惑じゃないの2択じゃない。」
「うっ…」

アリーチェが2人を説得しようと四苦八苦していると、外からスクアーロの怒鳴り声が聞こえてきた。

「…に変なことぬかしたらかっ消すぞぉ!!」

タイムアップだと気付いたアリーチェは溜め息をついた。

「2人はここで待ってて。」

そう言って玄関へ向かった。
ガチャガチャといつも以上に乱暴に鍵が開錠され、雑に扉が開けられた。

「おかえり、スクアーロ君。」
「! アリーチェ、なんでテメーここで待って…」
「友達がまだ帰ってないの。」
「うっそ〜!?スクアーロの嫁ってアリーチェ・カンメッロなのぉ!?」

スクアーロの後ろから顔を出したのはラウレッタだった。
相変わらず美人だが化粧は濃くなっている。

「久しぶり、ラウレッタ。うちには招いていないはずだけど?」
「アンタなんかに私を招く権利があるとでも?」

アリーチェは遠い目をして無視したくなったが、ここは引き下がる訳にはいかないので売り言葉に買い言葉で返すことにした。

「あなたがうちに上がる権利はないはずだけど?」
「は〜!?アンタ特別美人でもないのにいろんな男に色目使うビッチの癖に、何偉そうな口聞いてんのよ!」
「テメッ…」

スクアーロが怒鳴ろうとしたところ、アリーチェは彼の服の裾を掴んで制止した。

「今の話題は家主の許可なく家に入って来るなってことだけど?都合悪くなったら汚い悪口を言う所は変わってないのね。」
「アンタなんか汚い悪口言われて当然じゃない!むしろ悪口言ってる私の口が汚れちゃうからこれでも抑えてる方よ!」
「あなたの口が汚れた所で私は痛くも痒くもないけど?」
「アンタみたいなブスは口が汚れた所で困らないだろうけど、私みたいな美人は困るの!」
「その汚い悪口で美人を台無しにしてるけどね。」

アリーチェは言い返しつつ疲れてきた。
正直なところ、人と衝突することは苦手なのだ。

「何なの!?殺されたいわけ!?アンタなんか10秒もあれば…!!」

ラウレッタが殺せると言う前に、スクアーロから凄まじい殺気が出た。
彼はラウレッタの胸ぐらを掴む。

「いい加減にしやがれぇ!オレはテメーを3秒もあれば3枚に卸せるぞぉ!!」
「なっ……同盟ファミリーの人間に対してそれはないんじゃない?」

ラウレッタは余裕たっぷりな様子を取り繕ってそう言う。
アリーチェもスクアーロもそれがハッタリだとすぐに見抜く。

「ラウレッタ、私から言いたいことは1つ。私の夫に付き纏わないで。既婚の男性を狙うなんて趣味悪いよ。」
「趣味が悪いのはスクアーロだわ!アリーチェなんかと結婚しちゃって!」

ラウレッタはスクアーロの腕を強引に外し叫んだ。

「スクアーロ君を悪く言わないでくれる?」
「はー?本当アンタ嫁気取りなのね!イタくて見てらんないわ!」
「嫁だもの、神と法律に認められた、ね…」
「神も法律も裏社会の人間(わたしたち)には関係ないでしょ!?殺しの才能1つない癖に!!力がないのは抗争程度であっさり死んだ父親譲りかしら!?」

その瞬間、アリーチェから殺気が放たれた。
スクアーロは初めての現象に戸惑った。
そもそも彼はアリーチェが怒ったところを見たことがないのだ。
殺しの才能がないというのはその通りで、アリーチェに殺しの技なぞない。
だからこそ、この殺気は彼女に不釣り合いだった。

「………謝罪して。」
「はぁ!?」

ラウレッタは内心ビビりながらも虚勢で聞き返す。

「南に向かって土下座して。お父様のお墓はそっちにあるから。何も知らない癖に弱いと断じて申し訳ございませんって額を地面に擦り付けながら言って。」
「何で私がそんなこと…!」
「あなたが私のお父様を侮辱したのでしょう?当人が謝らなければ意味がないじゃない。そんなこともわからないの?それとも謝罪の意味がわからない?汚い悪口並べれば私がスクアーロ君を諦めるとでも思って、お父様を侮辱したの?馬鹿なの?馬鹿なのかな?そんな生半可な覚悟でスクアーロ君と結婚するわけないでしょ?あなたが謝罪しない限り、ここから生きて帰さないから。」
「アンタなんかに私が殺せるわけが…っ」
「やってみないとわからないよ?そもそも私の(テリトリー)に入った時点で罠があるとは思わないの?あなた殺し屋(プロ)よね?その程度の警戒もしないの?」
「…っ!」
「さあ、謝って。お父様は日本が好きだったから、日本式で。ちゃんと正座をして、額から血が出て、頭蓋骨が露出するまで何度も頭を下げて。あなたの心の醜さが現れるくらい額をボロボロにして。」
「な、何で私が…」

ラウレッタは後ずさる。
反対にアリーチェはラウレッタに詰め寄る。

「あら?ここまでたくさん理由を並べたのにまだ理解ができないの?顔が可愛いだけで脳みそはお飾りなの?糠味噌でも入ってるのかな?土下座しないならその頭蓋を割って、中身が詰まっているか確認するのも良いかもね。そうだ、そうしようか?脳みそがないならさっきまでの発言も仕方がないって言い訳できるもんね。ねえ、感謝して?ラウレッタ。私が言い訳の口実作ってあげる。」
「いや……嫌よ!アンタ気持ち悪いわ!!」

ラウレッタはバン!と強い音を立てて玄関から逃げて行った。

「「「「………………」」」」

ラウレッタに辟易していたはずのスクアーロも、親友の旦那のストーカーを撃退すると息巻いていたブルニルダとフェルモも、先程まで饒舌に喋っていたアリーチェも全員が黙り、何一言も発しなかった。
最初に動いたのはアリーチェで膝の力が抜けたのか、地面にへたり込み俯いた。
スクアーロはアリーチェの前に膝をつき、彼女の左頬に右手を当て視線を合わせた。

「悪かった、アリーチェ。テメーに何とかしてもらおうと考えたオレが悪かった。」

スクアーロは2度も謝罪した。
アリーチェは首を横に振った。

「スクアーロ君は悪くないよ。」

アリーチェは眉を垂れ下げて笑う。
無理に作っている笑顔が妙に痛々しかった。
しかしやがてアリーチェの目に涙が浮かび、彼女は顔を歪めた。

「お…お父様があんな風に侮辱されたの、許せない……」

スクアーロはアリーチェを抱き締めた。

「ああ、そうだなぁ」
「お父様は力無くなんかない…!お父様のおかげで助かった若手がたくさんいるの…!」
「ああ」
「ボスのために忠義を尽くしたの…!死ぬために戦った訳でもない…!私達を残して死ぬ選択をする人じゃない…!最善を尽くして…!苦しみながら最後の最後まで生きようと抗ったの…!!」
「ああ」

スクアーロはアリーチェの背中をぎこちなくもあやすように撫でる。

「オレはアリーチェの親父を知らねーが、お前がどれだけ親父を誇りに思っているか知っている。これだけは譲れねぇよなぁ。」
「うっ……うわああああああっっ」

アリーチェは父が亡くなって以来初めて泣いた。
亡くなってすぐは現実を受け入れられなくて、どこか遠い話のように聞こえて、泣かなかった。
その後しばらく無知だった己をずっと、ずっと責めるばかりで、泣く権利すらないと思い込んでいた。
最近は時間経過と共に忘れたつもりになっていた。
本当は、父の死は彼女の心に深い傷を刻んでいたのに。
アリーチェは9年分の悲しみを込めて慟哭した。

× × × × × × × × × × ×

アリーチェが泣き疲れて眠った後、スクアーロは彼女をソファに寝かせると、遊びに来ていたブルニルダとフェルモに新しいワインを出した。
3人は食卓を囲んで座っていた。

「テメーらも悪かったなぁ、楽しんでる時に巻き込んで。」
「いえ……」

ブルニルダはしばらく考え込む様子を見せた後、意を決してスクアーロに尋ねた。

「アリーチェって、もしかしてマフィア……なの?」
「ちげぇ。マフィアの娘ではあるがなぁ。さっきの話の通り、アイツの父親は抗争中にボスを守り、ファミリーの若手を逃がそうとして命を落とした。アリーチェ自身がマフィアだったことは1度もねぇ。」
「そっか……」
「良かった………」

ブルニルダとフェルモは胸を撫で下ろした。
その様子にスクアーロは一瞬不信感を抱いた。

「アリーチェがマフィアだったら友達やめてかぁ?」
「まさか。でも仮にアリーチェがマフィアで職場にそれがバレたら、辞めさせられて一緒に仕事ができなくなっちゃうじゃない。」
「ね、アリーチェって箱入りお嬢様風味な割には妙に世俗的で逞しいところあるから、マフィアの娘って聞いて納得した。」
「そうかぁ」

一安心したスクアーロはワインを一口煽った。

「あなたは何者なの?」
「それは知らねぇ方がいい。」
「そう……なの。だったら聞かないでおく。そういえばやっとお会いできましたね、スクアーロさん。」
「? ああ、お前がオレに会いたがってるっつってたブルニルダかぁ。」
「うん」
「私はフェルモです。」
「フェルモ……テメーはアリーチェの女友達って認識で良いんだよなぁ?」
「はい」
「ならいい。オレのいない間に男を上げてねぇなら。」

スクアーロはベッドで眠るアリーチェを見た。

「正直アリーチェが結婚してるのかどうかも疑ってたけど、本当に旦那いたし、愛されてて良かった。」

ブルニルダのその言葉にスクアーロは目をパチクリと瞬きさせた。

「オレが……アリーチェを愛している?」
「えっ、違うんですか?」

ブルニルダは思わず聞き返した。

「そんな風に思ったことはなかった。」

素直に答えるスクアーロにすかさずフェルモが尋ねる。

「なら、何でアリーチェと結婚しようと思ったんですか?」
「それは……アリーチェを守ってやりてぇと思ったからだぁ。」
「それってアリーチェ以外の女性に対しても思いますか?」
「まさか。アリーチェ以外にそんなこと思ったことなんか1度もねぇ。アリーチェだけだ、守りてぇと思うのも、結婚なんて煩わしいものしても良いと思うのも、同じ空間で生活していて苦じゃねぇのも。」

それを聞いてブルニルダとフェルモは顔を合わせた。
そして同じタイミングで吹き出した。

「「ぶっ」」
「う゛お゛ぉい!!テメーら何が可笑しい!?」
「あははははは!いや!アリーチェのことを深く愛してるのに、それに気付いてないのが面白いなって…!」
「あははは!スクアーロさんの気持ちが愛じゃないんなら、世の中の大半のカップル愛し合っていないね。…でも、安心した。」
「だね。アリーチェがいつも余裕そうなのは相手を深く愛してないからじゃなくて、愛されてる自信があるからだったんだね。」
「アリーチェを宜しくお願いします、スクアーロさん」
「お願いします」
「…っ!ああ…」
「それじゃ、私達は今日のところはお暇するね。」

ブルニルダはワインを飲み切ると立ち上がった。
フェルモもワインを一気に飲み干し、ブルニルダに続いた。
スクアーロは2人を玄関まで見送った。

「また来たらいい。アリーチェが喜ぶだろうからなぁ。」
「そうするよ。」
「今日はありがとう。」

こうして宅飲みはお開きとなった。

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