誕生日の贈り物

毎年アリーチェの誕生日は実家で祝っていた。
アリーチェとアリーチェの母、ディーノ、時々ロマーリオやアリーチェの友人達で。
今年は様々なことが例年と状況が違った。
母が再婚し実家が隣町になったこと然り、アリーチェがスクアーロと結婚したこと然り。
何より違ったのはディーノとの関係と地元での噂。
地元ではアリーチェがディーノとキャバッローネを裏切ったという噂で持ちきりらしい。
アリーチェの地元での友達が結婚報告をしてくれた時に彼女はその噂を知った。
曰く、ディーノは8月に押しかけて来たあの日、地元に帰った後いつもの食堂でヤケ酒をし、アリーチェがスクアーロと結婚したことをその場にいた町民に愚痴ったのだそう。
それが曲解されてアリーチェがキャバッローネを裏切ったという話になった。
友人はアリーチェを結婚式に誘いたかったが、今帰ってくれば冷たい視線に晒され、なじられ、貶され、傷付くに違いないので、結婚式には招待しない、生活が落ち着いたら旦那とローマに遊びに来ると連絡を入れてくれたのだ。
今年の誕生日パーティーはアリーチェとスクアーロの家で2人だけで行うことになった。
アリーチェの母と義父は参加したがっていたが、都合が合わなかった。
2人は何も言わなかったがアリーチェは恐らく自分の噂が2人を苦しめているのだろうと察していた。
2人は地元の隣町に住んでいるが地元にも経営しているレストランがある。
風評被害は経営にも2人の精神にも悪影響を及ぼしているだろう。
アリーチェは生まれ変わって初めて、誕生日が憂鬱になった。
そんな彼女を気遣ってか、スクアーロは2人きりならばとアリーチェを1泊2日のデートに誘うことにした。

来るアリーチェの誕生日の朝、アリーチェは衝撃の事実を知った。
ここ最近の体調に違和感を覚え、どうにも不安になって念の為検査をしたら、あらびっくり。

「(ど、どうしよう………お泊まりデートやめた方がいいのかな?でもせっかく準備してくれたし……)」
「う゛お゛ぉい!アリーチェー、そろそろ出るぞぉ」

アリーチェは検査結果の件を言い出せないまま、2人は近場の映画館に向かった。

× × × × × × × × × × ×

映画館ではアメリカのスパイものアドベンチャー映画を鑑賞して、スクアーロは退屈していたがアリーチェは純粋に楽しんだ。
アリーチェが濃厚なラブシーンや激しいアクションシーンを好む傾向にあることをスクアーロは知っていてこの映画を選んだが、彼自身は職業柄あり得ないだろうと思う所が多過ぎてアリーチェのように感情移入できないのだ。
しかし、スクリーンを見つめるアリーチェの表情がコロコロ変わるのを見て彼はしてやったりと満足していた。

「連れてきてくれてありがとう、スクアーロ君。凄く楽しかった!」

映画が終わって移動のために車に乗り込むと、アリーチェはすぐにお礼を言った。

「なら連れてきた甲斐があるぜぇ。」
「いつの間に私の映画の好みを把握してたの?スクアーロ君の前では全然見てなかったのに。」
「別にアリーチェのDVDコレクション確認しただけだ。いちいち内容まで見てる時間はねぇから、ネットでストーリーの要約とか見て、だいたいの傾向を把握しただけだぁ。」
「さすが殺し屋(プロ)は情報収集能力も高いね。」
「当たり前だぁ。」

スクアーロは運転しながら鼻高々に答える。

「だが、少し意外だったなぁ。お前の生まれ育った環境じゃ、あーいうのは現実味に欠けていて面白くねぇと感じるかと思ったが。」
「現実味に欠けているからこそかな。」
「ラブシーンもか?」
「うん。一目惚れとか感覚がついていかないし、ああいう極限状態でキスしたり体を重ねたりするのは理解が追いつかなくて、つい笑っちゃうのよね。」
「そういう楽しみ方してんのか。オレも今度はそういう視点で見てみるか。」
「つまらなかった?」
「感情移入はできねぇなぁ。」
「やっぱり。私のためにスクアーロ君的には面白くない映画に付き合ってくれてありがとう。」
「ああ。」
「次はどこ行くの?」
「それは着いてのお楽しみだ。2時間ぐらいかかるから、寝ててもいいぜぇ。」
「運転してもらってるのに申し訳ないよ。」
「気にすんなぁ。」
「(うーん………あんまり遠くには行きたくないけれど…………いつ切り出したら良いかな?もうちょっと体調の違和感に早く気付くべきだった……)」

アリーチェはしばらくして考え事をしている内に寝た。
高速道路をひたすら真っ直ぐ南下していて、景色に変わり映えがなかったことも原因の一因かもしれない。
だが、1番は考え事の内容を言うタイミングを図っている内に急激な眠気に襲われたせいだろう。
アリーチェが起きた時にはナポリの街に入っていた。

「も、もしかして…」

アリーチェは目を輝かせてスクアーロを見た。

「ああ、今夜はカプリ島に泊まる。」
「やったー!」

アリーチェは年甲斐もなくはしゃぐ。
中身はアラフィフなど感じさせないぐらいに。
遠出はしたくないなんて気持ちの一切が吹っ飛んでいった。

「カプリ島の宿泊費を出してまでガイド付けたがる人がいねぇってぼやいてただろぉ?」
「えっ、そんなの聞き取ってたの?え、それでカプリ島?めっちゃ嬉しい。ちょっと待って、スクアーロ君がかっこいいのはもちろん知ってたけど、イケメン度が限界突破してない?ムリ、カッコ良すぎる。好き。」
「お前情緒不安定になってねーかぁ?」

スクアーロは頬を赤く染めながらアリーチェをからかう。

「そんなことは……ちょっとあるかも。スクアーロ君のサプライズが嬉し過ぎて。」
「まあ、そんだけ喜んでもらえりゃ上々だ。入れるかはわからねぇが、明日は朝から青の洞窟行くぞぉ。」

アリーチェはより一層目を輝かせた。

「嬉し過ぎ…!ずっと行きたかったの!もはや泣きそう。」

スクアーロは左手でハンドルを握ったまま、右手でアリーチェの頭を撫でた。

「そんなに喜ぶんなら、もっと早く連れて来りゃ良かったなぁ。」

× × × × × × × × × × ×

フェリーでカプリ島まで移動し、今夜泊まるホテルにチェックインをした頃にはちょうど夕食時になっていた。
2人は早速ホテルのレストランに向かい、個室で食事を摂った。
アリーチェが好き嫌いをしていることにスクアーロは内心珍しがっていたが、誕生日なのだから好きなものだけ食べればいいと考えた。

「(うーん……生物(なまもの)食べれないの辛いな………生野菜は外で食べるな、しっかり洗えってネットには書いてあったけど………高級レストランだから多分セーフだよね………チーズ食べたいなぁ………)」

デザートを食べながら、アリーチェはずっと気になっていたことを尋ねた。

「ここ、カプリ島で1番高いホテルだよね?」
「らしいなぁ。」
「私がしてあげたことに対して何倍返しするつもりなの?」
「特に考えてねぇ。この2日間にアリーチェの喜びそうなことを詰めれるだけ詰めただけだぁ。」
「やっぱり私の夫がイケメン過ぎる……」

アリーチェは両手で顔を覆った。
スクアーロはどう反応して良いかわからなさそうだ。

「…………アリーチェ、オレと結婚して幸せか?」

突然、スクアーロは真剣な表情で尋ねた。

「え?もちろんだよ。」

アリーチェは唐突な質問に戸惑いつつも、迷いなく首肯した。

「最近、憂鬱そうだったろぉ?地元で誕生日パーティーしねぇって決めたあたりから。」
「あー………それは、うん。ちょっと嫌なことがあって。スクアーロ君のせいじゃないよ。」
「本当か?あの娘思いな母親と自分の娘とアリーチェを重ねて溺愛してる父親がアリーチェの誕生日に都合が合わねぇってのはどうも納得できねぇ。何かあったんじゃねーのかぁ?」
「うーん…………」

アリーチェはどう答えるか少しだけ迷ったが、スクアーロに変に嘘をついてもバレるだけだと観念した。

「そんな大したことじゃないし、覚悟はしてたことなんだけど…………地元で私がキャバッローネの裏切り者って噂が流れてるみたいで………友人の結婚式も行けなかったし、お母様達も何も言わないけれど私のせいで苦労しているんだと思う。」
「そういうことかぁ……」
「まあ、人の噂も七十五日、しばらくしたら落ち着くよ。」
「ああ………」

スクアーロはしばらく黙り、デザートを食べ切ると立ち上がり突然アリーチェの前に膝をついた。

「いい加減、テメーに贈るべきだと思ってたものがある。」
「贈るべき?」

どこか義務感を感じさせる言い回しがスクアーロらしくなく、アリーチェは首を傾げた。
スクアーロは背中に回していた手を前に回し、リングケースを開けて見せた。
そこにはダイヤが1つだけ埋め込まれたシンプルなプラチナの指輪が入っていた。
アリーチェは突然のことに驚きつつも、嬉しさから目頭が熱くなるのを感じた。

「結婚指輪…?」
「ああ。あの時アリーチェを助けてやりてぇと思って入籍はしたが、正直テメーを女として見ててそうしようと思った訳じゃねーし、この結婚自体体裁のためのものだっつー認識だった。一生アリーチェを縛り付けるつもりはなかったからこんなもんいらねぇと思ってた。」
「スクアーロ君……」
「悪ぃな、アリーチェ。オレはテメーを一生手放せそうにない。」

スクアーロはそう言ってアリーチェの左手の薬指に指輪をはめた。
今更ながらのプロポーズに心の底から温かい感情が溢れて、それがそのまま涙となって溢れ落ちた。
彼女は左手の薬指の指輪を見つめつつそれを右手で拭って、スクアーロと目を合わせて微笑んだ。

「手放されちゃ困るよ。……でも、今日はスクアーロ君から贈り物を貰ってばかりだな。」

アリーチェは眉を垂れ下げた。

「オレは指輪以外に贈り物はしてねーぞぉ?」

立ち上がって不思議そうにそう言うスクアーロにアリーチェは一際穏やかな笑みを浮かべて腹をさすりながら告げた。

「正確に言うなら、神様とスクアーロ君に贈ってもらったのかな?」
「まさか……」
「うん、お腹に赤ちゃんいるみたい。」

スクアーロは目を見開いて固まった。
しばしその状態だったが、やがてアリーチェに抱き付いた。

「自分に子供(ガキ)ができるのがこんなに嬉しいことだとは思わなかったぜぇ…」
「うん、私も。初めてのことで嬉しさ半分、戸惑い半分って感じ。」

スクアーロはアリーチェの唇を自らの唇で軽く掠めながら離れる。

「体調は大丈夫かぁ?」
「うん、今のところは。」
「明日洞窟に行くのはやめておくか?場合によっちゃ船の上で何時間も待たされるらしいが…」
「えー、うーん………そりゃ母としては行かないのが正解なんだろうけど、プロのガイドとしては絶対行ってみたいよ。」
「そうか、なら行くか。体調悪くなったらすぐ言え。」
「ありがとう、スクアーロ君。」
「何か羽織るものは持って来てるか?体が冷えちゃいけねぇ。」
「うん、持って来てる。」
「なら準備は問題ねーなぁ。」

スクアーロは席に戻り、グラスに少しだけ残っていたワインを飲み干した。

「明日の朝は早ぇ。早いとこ部屋に戻って休むぞぉ。」
「うん、そうしよう。」

アリーチェは頷いて、残っていたデザートに手をつけた。

翌日、結局青の洞窟には行けなかった。
波が荒く、天候も晴れではあるが雲が多いため、期待した景色が見れる可能性が低く、そんな状況で長時間小舟に揺られるという体調のリスクに繋がるようなことを、アリーチェと子供にさせることをスクアーロが良しとしなかったためだ。
アリーチェは珍しくごねたが、結局スクアーロの言い分に納得し肩を落としながら青の洞窟を諦めた。
しかし彼女はプロの観光ガイド。
青の洞窟以外にもカプリ島の名所を知っており、スクアーロと共に回って満足したのであった。

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