母は何でもお見通し
車内で仮眠を取り終えたスクアーロはアリーチェの実家の前に来ていた。
時刻は朝の7時。
こんな時間に尋ねるのは迷惑かもしれないが、もうどうして良いかわからないスクアーロは結婚してから1度しか会ったことのないアリーチェの母親に解決策を求めた。
「ス、スクアーロ君?」
当然、彼の突然の訪問にアリーチェの母、ルチアは戸惑ったがすぐに落ち着いた様子を見せて彼を家に招き入れた。
「アリーチェと何かあったの?」
ダイニングに彼を通し、エスプレッソを出した彼女は単刀直入に尋ねた。
スクアーロはポツリポツリとアリーチェの妊娠の報せと彼女の現状、昨日何が起きて家を飛び出してきたのか、正直に話した。
なぜここまで素直に言葉が出てくるのかと思えば、彼女の人の話を聞く態度はアリーチェと似ているのだと気付いた。
「オレはもうアイツに何をしてやったらいいかわからねぇし、アリーチェって女がわからねぇ……」
今の心境を吐露すると、ルチアはどこか彼をあやすような柔らかい笑みを浮かべた。
「アリーチェのこと支えてくれてありがとう。スクアーロ君も辛かったわね。」
そう言われてスクアーロは少しだけ胸のつかえが取れた気がした。
ルチアはエスプレッソに砂糖を入れて一口飲む。
「あの子が八つ当たりで怒るなんて一体いつ以来かしら……。昔から手のかからない子だったのよね。」
「今のアリーチェが異常だと…?」
「ええ、そうね。私も妊娠したことがあるからわかるけれど、悪阻の時って感情のコントロールが上手く効かないのよね。安定期入ったら治るって言われても、個人差があるせいであと何週間耐えるべきなのかわからないのがまた絶望的でね……。」
「そう、だな…」
「でも少しだけ安心したわ。あの子、余りにも負の感情を表に出さない子だから、辛いことを辛いって言える相手なんていないものかと思ってたもの。」
「アンタにも言わねぇのかぁ?」
「ええ、言わないわ。あの子の父が亡くなった時だって、連絡が遅れたことを責めもしなければ、葬儀で泣くこともなかったのよ?」
スクアーロはポカンと口を開けて呆けた。
ルチアは口元を抑えてクスクスと笑う。
「その様子だとスクアーロ君の前じゃ感情に任せた言動を取ることがあるのね。ねえ、スクアーロ君、お願いがあるのだけれど 」
アリーチェはただ吐くだけの本人にとっては何の生産性も感じられない1日を過ごしていた。
水分補給をしてもそのうち吐いて出してしまうせいか、目眩が酷く立つことさえしんどかった。
しかし横たわったら横たわったで、目眩のせいで乗り物酔いをしているような気分になり、余計に気持ち悪くなる。
結局洗面器の前でブランケットを羽織りながら座り込むのが彼女のデフォルトになっていた。
しかしそんな彼女も八つ当たりしてしまった夫の帰宅の音には思わず反応し立ち上がって玄関へとかけた。
「アリーチェ…」
いつもの自信をどこか吹き飛ばしてしまったらかのように顔を歪めているスクアーロがそこにはいた。
アリーチェはすぐさま彼に抱きついた。
「ごめん、ごめん……スクアーロ君、ごめんね……」
アリーチェはポロポロと涙を流す。
スクアーロはアリーチェを抱き締め返して、彼女の後頭部を撫でた。
「オレも悪かった……」
「もう帰って来ないかと思って……怖かった……」
「何言ってんだぁ……オレが帰って来る場所はおまえのもとってもう決まってんだ。」
「うん………」
アリーチェはスクアーロの胸に顔を埋めたまま微笑んだ。
「ふふ、お熱いところごめんね。アリーチェ、体調はどう?」
アリーチェの母ルチアがスクアーロの後ろから顔を覗かせたことで、アリーチェは大袈裟に肩を震わせてスクアーロから離れ、彼女の姿を改めて視認して目をぱちくりと瞬かせた。
涙は強制的にストップした。
そんな娘の様子に母は微笑ましそうに目を細める。
「…お母様?」
「ええ、あなたのお母様よ。スクアーロ君からアリーチェの悪阻が酷いって聞いて飛んできたの。」
「その…悪いな、アリーチェ。本当は安定期に入ってから自分の口で伝えたいって言ってたのに……オレもどうしていいかわからなかったんだぁ。」
スクアーロはバツが悪そうにそう言った。
だいたいの経緯を察したアリーチェは首を横に振った。
「気にしないで。お母様、来てくれてありがとう。仕事は大丈夫なの?」
「フランコが何とかしてくれるわ。娘のピンチに駆けつけないわけにはいかないでしょう?」
その言葉にアリーチェは酷く安心した。
「その様子だと何日食べれていないの?水分補給はできてる?」
ルチアはアリーチェの両頬に手を添え、彼女の顔をまじまじと観察する。
「4日ぐらいまともに食べれてない……。お水は飲んでるけど、その後吐いちゃったりしてるから……」
「なら吐き気以外の症状が出ているんじゃない?」
「頭痛や目眩が…」
「そう。だいぶ痩せたわね。何kgくらい落ちてるの?」
「5kgくらい……」
「まあ、それは良くないわね。」
ルチアは腕時計をチラッと見た。
時刻は13時。
午後の診察には間に合う時間だ。
「アリーチェ、病院行く支度をしなさい。着替えるのが辛ければそのままでも良いけど。」
「病院?」
「そのままじゃ脱水症状や栄養失調で子供を育てるどころじゃなくなるわ。病院で点滴打ってもらいましょう。」
アリーチェはその言葉に頷き、寝室に戻って着替えを始めた。
そして母とスクアーロに付き添われてかかりつけの産婦人科へと向かった。
病院から戻った後、アリーチェは寝室で横たわって眠った。
点滴を打ってもらったからか、頭痛と目眩が収まり、吐き気も少しだけマシになったので、今がチャンスとばかりに眠りこけた。
スクアーロはそんなアリーチェの様子をベッドに腰掛け見守っていた。
アリーチェの母はというと、スクアーロが任務中ろくにアリーチェができなかった家事を片付けた。
スクアーロが放置したペスカトーレも処分し、アリーチェが寝ている内にスクアーロ用の作り置きご飯を用意してくれた。
その晩、スクアーロはルチアをローマ・テルミニ駅まで送って、帰りの電車の手配をして切符を渡した。
切符は終電のものだ。
ルチアはギリギリまで2人のためにできることをしてくれていた。
駅は治安が良くないため、スクアーロは改札までルチアを送った。
「何から何まですまねぇなぁ。」
「いいのよ、これぐらい。むしろあの子、今まで私に手をかけさせまいと頑固だったんだから。こうやって母親らしいことができて嬉しいわ。」
「ああ、そういうところあるな、アリーチェは。」
母の笑顔に吊られて少しだけスクアーロも口元を緩めた。
「ルチア、1つ聞きてぇ。何でアンタはアリーチェの父親と結婚したんだ?」
「あら、なあに?藪から棒に。もしかして何で自分がアリーチェに選ばれたのか気になるの?」
図星でスクアーロは気まずそうに視線を逸らした。
「ふふ、大した理由はないわ。私が家出した時に匿ってくれたのが彼だったの。世間知らずな小娘が恋に落ちるには充分だったわ。マフィアの妻になるのがどういうことかなんてちゃんと考えずに結婚したの。」
「それは……アリーチェと真逆だなぁ。」
「ええ、真逆よ。あの子はマフィアの妻になることがどういうことか長いことちゃんと向き合って考えて続けていたもの。だから自信を持って、スクアーロ君。」
「?」
「あの子はいくら私を守るためとはいえ、考えなしに勢いだけで結婚する子じゃない。スクアーロ君だからしたいと思った理由がちゃんとあるはずよ。もしかしたら本人に自覚はないかもしれないけれど。」
スクアーロは鳩が豆鉄砲を食らったかのような顔で固まった。
「は?いや……アンタ、偽装結婚だと気付いて…」
「私は元マフィアの妻で、あの子の母親よ。どんな理由であなたと結婚したかなんて容易に想像つくわ。」
「………」
「大事なのは形はどうあれこの結婚がアリーチェに新しい幸せをもたらしたってこと。アリーチェと連絡を取るといつもね、あの子言うの。スクアーロ君と暮らすのは楽しい、スクアーロ君には感謝してもしきれないって。」
アリーチェの母はスクアーロに向かって軽く頭を下げた。
「アリーチェと結婚してくれてありがとう。子供を授かった以上、これからがもっと大変になると思うけれど、きっと2人なら乗り越えられると思うから、あの子と孫をよろしくね。」
「…っ!ああ。」
「じゃあ、私はもう行くわね。また何かあったら連絡して。」
「ああ」
スクアーロはじんわり胸が温かくなりつつも少しだけ驚愕した余韻も残った状態で、改札を通り抜けホームに向かうアリーチェの母の背を見送った。
時刻は朝の7時。
こんな時間に尋ねるのは迷惑かもしれないが、もうどうして良いかわからないスクアーロは結婚してから1度しか会ったことのないアリーチェの母親に解決策を求めた。
「ス、スクアーロ君?」
当然、彼の突然の訪問にアリーチェの母、ルチアは戸惑ったがすぐに落ち着いた様子を見せて彼を家に招き入れた。
「アリーチェと何かあったの?」
ダイニングに彼を通し、エスプレッソを出した彼女は単刀直入に尋ねた。
スクアーロはポツリポツリとアリーチェの妊娠の報せと彼女の現状、昨日何が起きて家を飛び出してきたのか、正直に話した。
なぜここまで素直に言葉が出てくるのかと思えば、彼女の人の話を聞く態度はアリーチェと似ているのだと気付いた。
「オレはもうアイツに何をしてやったらいいかわからねぇし、アリーチェって女がわからねぇ……」
今の心境を吐露すると、ルチアはどこか彼をあやすような柔らかい笑みを浮かべた。
「アリーチェのこと支えてくれてありがとう。スクアーロ君も辛かったわね。」
そう言われてスクアーロは少しだけ胸のつかえが取れた気がした。
ルチアはエスプレッソに砂糖を入れて一口飲む。
「あの子が八つ当たりで怒るなんて一体いつ以来かしら……。昔から手のかからない子だったのよね。」
「今のアリーチェが異常だと…?」
「ええ、そうね。私も妊娠したことがあるからわかるけれど、悪阻の時って感情のコントロールが上手く効かないのよね。安定期入ったら治るって言われても、個人差があるせいであと何週間耐えるべきなのかわからないのがまた絶望的でね……。」
「そう、だな…」
「でも少しだけ安心したわ。あの子、余りにも負の感情を表に出さない子だから、辛いことを辛いって言える相手なんていないものかと思ってたもの。」
「アンタにも言わねぇのかぁ?」
「ええ、言わないわ。あの子の父が亡くなった時だって、連絡が遅れたことを責めもしなければ、葬儀で泣くこともなかったのよ?」
スクアーロはポカンと口を開けて呆けた。
ルチアは口元を抑えてクスクスと笑う。
「その様子だとスクアーロ君の前じゃ感情に任せた言動を取ることがあるのね。ねえ、スクアーロ君、お願いがあるのだけれど
× × × × × × × × × × ×
アリーチェはただ吐くだけの本人にとっては何の生産性も感じられない1日を過ごしていた。
水分補給をしてもそのうち吐いて出してしまうせいか、目眩が酷く立つことさえしんどかった。
しかし横たわったら横たわったで、目眩のせいで乗り物酔いをしているような気分になり、余計に気持ち悪くなる。
結局洗面器の前でブランケットを羽織りながら座り込むのが彼女のデフォルトになっていた。
しかしそんな彼女も八つ当たりしてしまった夫の帰宅の音には思わず反応し立ち上がって玄関へとかけた。
「アリーチェ…」
いつもの自信をどこか吹き飛ばしてしまったらかのように顔を歪めているスクアーロがそこにはいた。
アリーチェはすぐさま彼に抱きついた。
「ごめん、ごめん……スクアーロ君、ごめんね……」
アリーチェはポロポロと涙を流す。
スクアーロはアリーチェを抱き締め返して、彼女の後頭部を撫でた。
「オレも悪かった……」
「もう帰って来ないかと思って……怖かった……」
「何言ってんだぁ……オレが帰って来る場所はおまえのもとってもう決まってんだ。」
「うん………」
アリーチェはスクアーロの胸に顔を埋めたまま微笑んだ。
「ふふ、お熱いところごめんね。アリーチェ、体調はどう?」
アリーチェの母ルチアがスクアーロの後ろから顔を覗かせたことで、アリーチェは大袈裟に肩を震わせてスクアーロから離れ、彼女の姿を改めて視認して目をぱちくりと瞬かせた。
涙は強制的にストップした。
そんな娘の様子に母は微笑ましそうに目を細める。
「…お母様?」
「ええ、あなたのお母様よ。スクアーロ君からアリーチェの悪阻が酷いって聞いて飛んできたの。」
「その…悪いな、アリーチェ。本当は安定期に入ってから自分の口で伝えたいって言ってたのに……オレもどうしていいかわからなかったんだぁ。」
スクアーロはバツが悪そうにそう言った。
だいたいの経緯を察したアリーチェは首を横に振った。
「気にしないで。お母様、来てくれてありがとう。仕事は大丈夫なの?」
「フランコが何とかしてくれるわ。娘のピンチに駆けつけないわけにはいかないでしょう?」
その言葉にアリーチェは酷く安心した。
「その様子だと何日食べれていないの?水分補給はできてる?」
ルチアはアリーチェの両頬に手を添え、彼女の顔をまじまじと観察する。
「4日ぐらいまともに食べれてない……。お水は飲んでるけど、その後吐いちゃったりしてるから……」
「なら吐き気以外の症状が出ているんじゃない?」
「頭痛や目眩が…」
「そう。だいぶ痩せたわね。何kgくらい落ちてるの?」
「5kgくらい……」
「まあ、それは良くないわね。」
ルチアは腕時計をチラッと見た。
時刻は13時。
午後の診察には間に合う時間だ。
「アリーチェ、病院行く支度をしなさい。着替えるのが辛ければそのままでも良いけど。」
「病院?」
「そのままじゃ脱水症状や栄養失調で子供を育てるどころじゃなくなるわ。病院で点滴打ってもらいましょう。」
アリーチェはその言葉に頷き、寝室に戻って着替えを始めた。
そして母とスクアーロに付き添われてかかりつけの産婦人科へと向かった。
× × × × × × × × × × ×
病院から戻った後、アリーチェは寝室で横たわって眠った。
点滴を打ってもらったからか、頭痛と目眩が収まり、吐き気も少しだけマシになったので、今がチャンスとばかりに眠りこけた。
スクアーロはそんなアリーチェの様子をベッドに腰掛け見守っていた。
アリーチェの母はというと、スクアーロが任務中ろくにアリーチェができなかった家事を片付けた。
スクアーロが放置したペスカトーレも処分し、アリーチェが寝ている内にスクアーロ用の作り置きご飯を用意してくれた。
その晩、スクアーロはルチアをローマ・テルミニ駅まで送って、帰りの電車の手配をして切符を渡した。
切符は終電のものだ。
ルチアはギリギリまで2人のためにできることをしてくれていた。
駅は治安が良くないため、スクアーロは改札までルチアを送った。
「何から何まですまねぇなぁ。」
「いいのよ、これぐらい。むしろあの子、今まで私に手をかけさせまいと頑固だったんだから。こうやって母親らしいことができて嬉しいわ。」
「ああ、そういうところあるな、アリーチェは。」
母の笑顔に吊られて少しだけスクアーロも口元を緩めた。
「ルチア、1つ聞きてぇ。何でアンタはアリーチェの父親と結婚したんだ?」
「あら、なあに?藪から棒に。もしかして何で自分がアリーチェに選ばれたのか気になるの?」
図星でスクアーロは気まずそうに視線を逸らした。
「ふふ、大した理由はないわ。私が家出した時に匿ってくれたのが彼だったの。世間知らずな小娘が恋に落ちるには充分だったわ。マフィアの妻になるのがどういうことかなんてちゃんと考えずに結婚したの。」
「それは……アリーチェと真逆だなぁ。」
「ええ、真逆よ。あの子はマフィアの妻になることがどういうことか長いことちゃんと向き合って考えて続けていたもの。だから自信を持って、スクアーロ君。」
「?」
「あの子はいくら私を守るためとはいえ、考えなしに勢いだけで結婚する子じゃない。スクアーロ君だからしたいと思った理由がちゃんとあるはずよ。もしかしたら本人に自覚はないかもしれないけれど。」
スクアーロは鳩が豆鉄砲を食らったかのような顔で固まった。
「は?いや……アンタ、偽装結婚だと気付いて…」
「私は元マフィアの妻で、あの子の母親よ。どんな理由であなたと結婚したかなんて容易に想像つくわ。」
「………」
「大事なのは形はどうあれこの結婚がアリーチェに新しい幸せをもたらしたってこと。アリーチェと連絡を取るといつもね、あの子言うの。スクアーロ君と暮らすのは楽しい、スクアーロ君には感謝してもしきれないって。」
アリーチェの母はスクアーロに向かって軽く頭を下げた。
「アリーチェと結婚してくれてありがとう。子供を授かった以上、これからがもっと大変になると思うけれど、きっと2人なら乗り越えられると思うから、あの子と孫をよろしくね。」
「…っ!ああ。」
「じゃあ、私はもう行くわね。また何かあったら連絡して。」
「ああ」
スクアーロはじんわり胸が温かくなりつつも少しだけ驚愕した余韻も残った状態で、改札を通り抜けホームに向かうアリーチェの母の背を見送った。
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