Trappola
9代目が特に重要な賓客をもてなした後、リボーンは綱吉に挨拶に行くよう促した。
「9代目、お誕生日おめでとうございます。」
「やあ、綱吉君。来てくれて嬉しいよ。せっかくイタリアに来てくれたのに案内もできずすまない。この通り私は忙しくて。」
「いえ!こんな凄いパーティーに呼んでいただけただけでありがたいです!」
「パーティーは楽しめているかな?」
「はい」
綱吉は頷く。
実際社交辞令でも何でもなく、綱吉は純粋にこのパーティーを楽しんでいた。
「それは良かった。」
そう言って9代目は隼人、山本、了平、クロームと話していく。
クロームと話し終えた9代目は絵美に視線を移した。
「絵美ちゃんも来てくれてありがとう。」
「いえ。お誕生日おめでとうございます。9代目にとってこの1年が素敵なものとなりますよう、お祈り申し上げます。」
絵美は失礼のない程度に硬い態度でそう言った。
「ありがとう。スクアーロ君から君を綱吉君達の元へ出向させたいと聞いた時は驚いたよ。ザンザスは一体何を考えているんだい?」
「私にはわかりません。私はただボスの仰せのままに動くのみです。」
「そうか。珍しく参加しているし、後で本人に聞いてみるとするかのう。」
「「「「「(絶対答えないだろうな)」」」」」
誰も口にはしないが、満場一致で9代目以外の皆がそう思った。
「絵美ちゃん、学校は楽しいかい?」
「そうですね……学校は何をやらされているのかいまいちわからない場所ですが、日本での生活は思いの外楽しいです。」
「そうか、それは良かった。兄弟で過ごせる時間を大事にしてくれると嬉しいよ。」
「はい」
絵美は頷いた。
「あの、9代目、実は9代目にプレゼントがあるんです。」
「それは嬉しいのう」
綱吉は背中に隠していた可愛くラッピングされた箱を渡した。
「ここで開けて大丈夫かい?」
「はい!」
9代目は早速リボンを外し、箱の蓋を開けた。
中に入っていたのはマフィンだった。
クリーム、ブラウン、グリーン、ピンクの4種類の色のマフィンがそれぞれ1個ずつ入っている。
「俺達で手作りしたマフィンです。何度も試食したので変な味ではないと思います…!」
綱吉達がわざわざ手作りをしたのには理由がある。
学生でお金のない綱吉達は他の客が贈るプレゼントには金額的に到底及ばない。
だから敢えて手間のかかる手作りの食品を選択した。
また、この場で9代目が疑うことなく食べてくれれば、9代目が如何に綱吉達を信頼しているかのアピールにもなる。
この発案は絵美だった。
「ありがとう、早速一口いただくね。」
9代目は箱から1個チョコマフィンを取り出して齧った。
「! これは結構ビターで濃厚なチョコの味がするね。」
「甘い物ばかりだと飽きるんじゃねーかと思って、色々味は変えてみたっす!」
味変の発案者である山本が自慢げに解説した。
9代目はそれを嬉しそうに聞いて頷いている。
絵美は和気あいあいとした9代目と綱吉達を見て、手作りのお菓子を提案したことを内心誇った。
「お嬢様方、宜しければ1杯いかがでしょうか?」
本日何度目かわからない文句に絵美は溜め息を吐きたかったが、グッと堪えた。
「(クロームちゃんでも私でもどっちでも良いから引っかかって欲しいという願望が透けて見え………あれ?この人……)」
絵美は話しかけてきた男性の顔をじっと見ながら、記憶を辿った。
何かの資料で見たはずだ。
「(ああ、ジューダファミリーのボスだ。娘がボスと懇意にしているなら、ツナから鞍替えするかと思ってたけど………ちょっと探ってみるか……)」
絵美のこの判断は大いに間違っていた。
いや、ザンザスからすれば正解だったのかもしれない。
「あなたはアルベロ・ディ・ジューダファミリーのボス、ヴェスパジアーノ・アルベロさんですね。」
絵美は今まで相手の名を知っていようがいまいが、相手に先に名乗らせていたが、今回ばかりは先に言い当てた。
「ご存じでしたか。あなたのような美女に覚えていただけているなんて光栄ですね。」
ヴェスパジアーノは柔和な笑みを見せる。
絵美はそれがわざとらしく見えた。
「そちらのお嬢様は10代目の霧の守護者ですから、名前を存じ上げているのですが、あなたは初めてお会いした認識です。お名前を伺っても?」
絵美は“10代目の霧の守護者”という言葉が引っかかった。
娘をザンザスと近付けておきながら、ザンザスではなく綱吉を10代目と呼ぶことには違和感があった。
ザンザスを支持している面々は綱吉のことを10代目とは呼ばないのだから。
「獄寺絵美です。」
「絵美さんというのですね。名前からして日本人ですか?容姿はイタリアっぽいですが…」
「父はイタリア人で母がイタリアと日本のハーフなんです。」
「なるほど、そういうことでしたか。ブドウジュースはお好きですか?」
絵美はまたブドウジュースを勧められることに内心辟易していた。
先程の9代目との会話でわかったことだが、どうやら9代目は綱吉達のためにソフトドリンクをたくさん用意してくれたようなのだが、ランボが来た時のためにブドウジュースは特に多く用意したようなのだ。
やたらブドウジュースが勧められるのはある意味ここにいないランボのせいだろう。
「嫌いではないですが、今日はやたらブドウジュースを勧められて流石に飽きてきました…」
「そうですか、ではオレンジジュースはいかがですか?このオレンジジュースは我が故郷シチリア産のオレンジが使われているそうですよ。」
ヴェスパジアーノは手に持っていた3本のグラスの内、オレンジジュースが入っているグラスを絵美に差し出した。
絵美は少しだけグラスをじっと見た後、そのグラスを受け取った。
「クロームさんもいかがですか?残るはブドウジュースかリンゴジュースですが。」
クロームはヴェスパジアーノからのその質問に対し、首を横に振った。
「そうですか、残念です。では絵美さん、Salute(乾杯)。」
ヴェスパジアーノは絵美のグラスに自分が持っているブドウジュースのグラスを軽くぶつけた。
「Salute(乾杯)」
絵美は一口だけオレンジジュースを飲んだ。
そして違和感に気付く。
「(匂いは普通だし、アルコールもないけど、普通のオレンジジュースより苦味が強い…?柑橘系特有の苦味じゃない。)」
少しずつ心拍数が上がるのを感じた。
ドクドクと強く速く心臓が波打って自分の心音が聞こえそうだ。
下半身から急に熱が広がって、迫り上がってくる強いもどかしさを感じて、ある薬品の名前が絵美の頭を過 ぎった。
ヴェスパジアーノを見ると彼はニヤニヤと絵美を見ている。
「おや、絵美さん。顔が赤いですよ?体調が悪いのでしょうか?」
ヴェスパジアーノは体温を確かめようと絵美の額に触れようとする。
絵美はその手を叩 いた。
絵美はクロームに自分が飲んだオレンジジュースのグラスを渡そうとした。
「クロームちゃん、これ9代目に渡して。」
「!?」
ヴェスパジアーノは目を見開いて驚嘆する。
「堕天使」
「…っ!」
ヴェスパジアーノがそれを聞いて一瞬動揺したのを絵美は見逃さなかった。
一方クロームは絵美の指示には従わず、槍を取り出しヴェスパジアーノへと向けた。
「絵美ちゃんに何を飲ませたの!?」
思いの外大きな声で叫んだクロームに周囲の視線が一気に集まった。
「い、嫌だなぁ。ただのオレンジジュースですよ。」
「いいえ。あなたは間違いなく私に媚薬を盛った。きっと最近9代目の頭を悩ませているというルチーフェロでしょうね。ルチーフェロは無臭だけれど、僅かに独特の苦味があり、色も薄ら黄味がかっているという特徴から、ファジーネーブルやハイボールに混ぜて使う手口が多いと聞いています。」
「言いがかりはやめろ!」
さっきまでの柔和な態度とは打って変わって低い声でヴェスパジアーノは威嚇した。
「絵美ちゃんは無闇やたらに言いがかりなんかしない!」
クロームは強気な姿勢を崩さない。
このタイミングで騒ぎを聞きつけた9代目がやってきた。
「どうしたんだい、絵美ちゃん。」
「9代目!何か誤解があるようです!彼女達はろくに調べもせず、私がジュースに媚薬を盛っただなどと決めつけてくるのです!」
絵美が言葉を発するよりも先にヴェスパジアーノが畳み掛ける。
9代目は真剣な表情でそれを聞いた。
絵美はグラスを9代目に突き出した。
「だったら調べれば良いのです。」
9代目は困惑しつつもグラスを受け取る。
「9代目!私を疑うのですか!?」
「言いがかりだと言うなら、調べれば君の潔白はすぐに証明されるはずだ。」
9代目はグラスを部下に渡し、受け取った部下は足早に会場を去って行った。
「9代目!お考え直しください!ジューダはボンゴレの同盟です!私をボスとして尊重いただけなければ、同盟から離反するファミリーが出てくるかもしれませんよ!?」
ちゃっかり脅してくるヴェスパジアーノに絵美はあっさり墓穴を掘ったなと思った。
真っ直ぐ立ってヴェスパジアーノに対峙している絵美だが、実際頭の中はザンザスにどうにかされたい気持ちでいっぱいだ。
「そもそも媚薬を盛ったというなら、なぜ彼女は平気そうなのです!?」
「それは私の毒耐性が高いだけ。」
「そんなの口では何とでも言える!」
「あなたが媚薬を盛ったのか、盛っていないのかも口では何とでも言える。だから結果を待ちましょう。私が間違っていたのなら、正式に謝罪します。」
絵美は結果も聞いていないのに勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
9代目の部下の1人の携帯が鳴る。
彼はすぐさま出て、電話口の相手と何かを話した。
そしてその電話で聞いた内容を報告する。
「9代目!ルチーフェロが含まれているか確認する試験薬に反応したようです!詳細な成分分析は時間がかかるようですが、ほぼ黒で間違いないそうです!」
「まっ、待ってください!」
絵美の前に躍り出てきたのはヴェスパジアーノの娘ベンヴェヌータだった。
絵美は一瞬嫉妬で前が見えなくなりそうだったが、自分の腕をつねって理性を取り戻した。
でも言葉を発する余裕はなかった。
「この短時間なら簡易検査のはず!擬陽性という可能性もあります!そもそも父がこんな子供に媚薬を盛るメリットがありません!動機がないはずです!」
「何言ってやがる。テメーの父親は銀髪の未成年が好みの正真正銘のロリコンだぁ。」
口を挟んだのはスクアーロだった。
絵美は意外な人物の登場に目を見張った。
「絵美の容姿はこいつの好みにドンピシャだとは思ってたが、やっぱりやりやがったな。なあ、ボスさんよお?」
絵美はザンザスが近付いてくる気配を感じたが、彼の姿は見れなかった。
見たら理性を飛ばしてしまいそうで怖かったからだ。
「ヴェスパジアーノ、テメェは俺の部下に手を出した。相応の報いをくれてやる。」
「あなたの部下…!?彼女が!?ならなぜ10代目ファミリーと一緒にいる!?」
「そんなことは重要じゃねぇ。少なくともこの半年でテメェがやったことは俺が把握している。」
ザンザスは彼の後ろに控えるレヴィに視線をやった。
レヴィはA4サイズの分厚い封筒を9代目に渡す。
9代目はそれを受け取り、中身を見た。
「これは…!」
「俺からの誕生日プレゼントだ。」
9代目が見ている資料にはジューダファミリーの悪事の証拠が書き並べられていた。
「テメェが禁薬にした薬をジューダが生産し、捌いていた証拠だ。部下が勝手にやったとかトカゲの尻尾切りされちゃ堪まんねぇから、ボス自ら使ってる現場を抑えるために絵美を使った。コイツを処分することに依存はねぇな?」
「……ああ。ヴェスパジアーノ君、残念だよ。いくら寛容な私でも多くの女性の尊厳を奪ったこの薬を、禁薬として指定してからも捌いていたのであれば到底許すことはできない。」
「9代目!そんな…!」
ザンザスは絶望した表情を浮かべるヴェスパジアーノの頭を掴み、テーブルに叩きつけた。
彼は側頭部から流血した状態で地面に倒れた。
ベンヴェヌータが悲鳴を上げる。
「きゃあああああ!!お父様!!なぜ!?なぜザンザス様がお父様にこんな仕打ちをなさるのですか!?」
「うっせぇ。テメェも用済みだ。」
ザンザスはベンヴェヌータのお腹を蹴った。
「ガッ…!!」
彼女の美しさに似つかわしくない声を発しながら、細くしなやかなな彼女の体は宙を切り、会場の壁にぶつかった。
9代目は裏切り者の身内とはいえ、この件に関与しているかどうかまだわからない彼女に暴力を振ったことについてザンザスを責め立てる。
一方絵美は限界が近かった。
そんな絵美のもとに隼人が駆け寄ってくる。
「絵美!大丈夫か!?」
「ひゃっ…!」
隼人が絵美の肩を触ろうとすると、絵美は小さく悲鳴をあげてその手を払いのけた。
「触らないで…」
絵美は俯いた状態で、か細い声でそう言った。
「どけ」
そんな隼人を押し退けてザンザスが絵美に近付く。
「なっ!テメェ…!」
抗議する隼人には目もくれず、ザンザスは絵美の顎を掴んだ。
絵美の顔は上気していて、目には涙が浮かんでいた。
「ボス………」
絵美はトロンとした目でザンザスを見つめる。
ずっと我慢していた衝動が、絵美を駆り立てた。
絵美はザンザスの首に腕を巻き付けた。
「ボス、愛しています……」
そう言って彼女はザンザスの唇に口付けをした。
「「「「「(あの子終わった…!!)」」」」」
ザンザスが絵美を気に入っていることを知らない皆がそう思った。
ザンザスに許可なく触れるどころか、キスをしたのだから。
しかし彼らの予想を裏切り、ザンザスは無表情でそれを受け入れつつ、彼女の首に手刀を入れた。
意識を失った絵美の体ががくりと崩れ落ちそうになり、ザンザスは彼女の体を支え、そのまま横抱きにした。
「ザンザス!!テメェ、絵美に何しやがる!?」
隼人がダイナマイトを持った状態で抗議する。
「あ?テメェは妹に醜態を晒させたいのか?」
「それは…!」
隼人は言葉に詰まった。
「ご、獄寺君。ここはザンザスに任そう?」
綱吉が隼人の肩に手を添え、そう言う。
「じゅ、10代目がそうおっしゃるのなら…」
不満そうに隼人は頷いた。
「後始末はカスザメ達が手を貸す。」
ザンザスは9代目を見てそう言った。
9代目はその言葉に頷く。
ザンザスは殺気をばら撒き散らしながら、絵美を抱えたままパーティー会場を後にした。
「9代目、お誕生日おめでとうございます。」
「やあ、綱吉君。来てくれて嬉しいよ。せっかくイタリアに来てくれたのに案内もできずすまない。この通り私は忙しくて。」
「いえ!こんな凄いパーティーに呼んでいただけただけでありがたいです!」
「パーティーは楽しめているかな?」
「はい」
綱吉は頷く。
実際社交辞令でも何でもなく、綱吉は純粋にこのパーティーを楽しんでいた。
「それは良かった。」
そう言って9代目は隼人、山本、了平、クロームと話していく。
クロームと話し終えた9代目は絵美に視線を移した。
「絵美ちゃんも来てくれてありがとう。」
「いえ。お誕生日おめでとうございます。9代目にとってこの1年が素敵なものとなりますよう、お祈り申し上げます。」
絵美は失礼のない程度に硬い態度でそう言った。
「ありがとう。スクアーロ君から君を綱吉君達の元へ出向させたいと聞いた時は驚いたよ。ザンザスは一体何を考えているんだい?」
「私にはわかりません。私はただボスの仰せのままに動くのみです。」
「そうか。珍しく参加しているし、後で本人に聞いてみるとするかのう。」
「「「「「(絶対答えないだろうな)」」」」」
誰も口にはしないが、満場一致で9代目以外の皆がそう思った。
「絵美ちゃん、学校は楽しいかい?」
「そうですね……学校は何をやらされているのかいまいちわからない場所ですが、日本での生活は思いの外楽しいです。」
「そうか、それは良かった。兄弟で過ごせる時間を大事にしてくれると嬉しいよ。」
「はい」
絵美は頷いた。
「あの、9代目、実は9代目にプレゼントがあるんです。」
「それは嬉しいのう」
綱吉は背中に隠していた可愛くラッピングされた箱を渡した。
「ここで開けて大丈夫かい?」
「はい!」
9代目は早速リボンを外し、箱の蓋を開けた。
中に入っていたのはマフィンだった。
クリーム、ブラウン、グリーン、ピンクの4種類の色のマフィンがそれぞれ1個ずつ入っている。
「俺達で手作りしたマフィンです。何度も試食したので変な味ではないと思います…!」
綱吉達がわざわざ手作りをしたのには理由がある。
学生でお金のない綱吉達は他の客が贈るプレゼントには金額的に到底及ばない。
だから敢えて手間のかかる手作りの食品を選択した。
また、この場で9代目が疑うことなく食べてくれれば、9代目が如何に綱吉達を信頼しているかのアピールにもなる。
この発案は絵美だった。
「ありがとう、早速一口いただくね。」
9代目は箱から1個チョコマフィンを取り出して齧った。
「! これは結構ビターで濃厚なチョコの味がするね。」
「甘い物ばかりだと飽きるんじゃねーかと思って、色々味は変えてみたっす!」
味変の発案者である山本が自慢げに解説した。
9代目はそれを嬉しそうに聞いて頷いている。
絵美は和気あいあいとした9代目と綱吉達を見て、手作りのお菓子を提案したことを内心誇った。
× × × × × × × × × × ×
「お嬢様方、宜しければ1杯いかがでしょうか?」
本日何度目かわからない文句に絵美は溜め息を吐きたかったが、グッと堪えた。
「(クロームちゃんでも私でもどっちでも良いから引っかかって欲しいという願望が透けて見え………あれ?この人……)」
絵美は話しかけてきた男性の顔をじっと見ながら、記憶を辿った。
何かの資料で見たはずだ。
「(ああ、ジューダファミリーのボスだ。娘がボスと懇意にしているなら、ツナから鞍替えするかと思ってたけど………ちょっと探ってみるか……)」
絵美のこの判断は大いに間違っていた。
いや、ザンザスからすれば正解だったのかもしれない。
「あなたはアルベロ・ディ・ジューダファミリーのボス、ヴェスパジアーノ・アルベロさんですね。」
絵美は今まで相手の名を知っていようがいまいが、相手に先に名乗らせていたが、今回ばかりは先に言い当てた。
「ご存じでしたか。あなたのような美女に覚えていただけているなんて光栄ですね。」
ヴェスパジアーノは柔和な笑みを見せる。
絵美はそれがわざとらしく見えた。
「そちらのお嬢様は10代目の霧の守護者ですから、名前を存じ上げているのですが、あなたは初めてお会いした認識です。お名前を伺っても?」
絵美は“10代目の霧の守護者”という言葉が引っかかった。
娘をザンザスと近付けておきながら、ザンザスではなく綱吉を10代目と呼ぶことには違和感があった。
ザンザスを支持している面々は綱吉のことを10代目とは呼ばないのだから。
「獄寺絵美です。」
「絵美さんというのですね。名前からして日本人ですか?容姿はイタリアっぽいですが…」
「父はイタリア人で母がイタリアと日本のハーフなんです。」
「なるほど、そういうことでしたか。ブドウジュースはお好きですか?」
絵美はまたブドウジュースを勧められることに内心辟易していた。
先程の9代目との会話でわかったことだが、どうやら9代目は綱吉達のためにソフトドリンクをたくさん用意してくれたようなのだが、ランボが来た時のためにブドウジュースは特に多く用意したようなのだ。
やたらブドウジュースが勧められるのはある意味ここにいないランボのせいだろう。
「嫌いではないですが、今日はやたらブドウジュースを勧められて流石に飽きてきました…」
「そうですか、ではオレンジジュースはいかがですか?このオレンジジュースは我が故郷シチリア産のオレンジが使われているそうですよ。」
ヴェスパジアーノは手に持っていた3本のグラスの内、オレンジジュースが入っているグラスを絵美に差し出した。
絵美は少しだけグラスをじっと見た後、そのグラスを受け取った。
「クロームさんもいかがですか?残るはブドウジュースかリンゴジュースですが。」
クロームはヴェスパジアーノからのその質問に対し、首を横に振った。
「そうですか、残念です。では絵美さん、Salute(乾杯)。」
ヴェスパジアーノは絵美のグラスに自分が持っているブドウジュースのグラスを軽くぶつけた。
「Salute(乾杯)」
絵美は一口だけオレンジジュースを飲んだ。
そして違和感に気付く。
「(匂いは普通だし、アルコールもないけど、普通のオレンジジュースより苦味が強い…?柑橘系特有の苦味じゃない。)」
少しずつ心拍数が上がるのを感じた。
ドクドクと強く速く心臓が波打って自分の心音が聞こえそうだ。
下半身から急に熱が広がって、迫り上がってくる強いもどかしさを感じて、ある薬品の名前が絵美の頭を
ヴェスパジアーノを見ると彼はニヤニヤと絵美を見ている。
「おや、絵美さん。顔が赤いですよ?体調が悪いのでしょうか?」
ヴェスパジアーノは体温を確かめようと絵美の額に触れようとする。
絵美はその手を
絵美はクロームに自分が飲んだオレンジジュースのグラスを渡そうとした。
「クロームちゃん、これ9代目に渡して。」
「!?」
ヴェスパジアーノは目を見開いて驚嘆する。
「堕天使」
「…っ!」
ヴェスパジアーノがそれを聞いて一瞬動揺したのを絵美は見逃さなかった。
一方クロームは絵美の指示には従わず、槍を取り出しヴェスパジアーノへと向けた。
「絵美ちゃんに何を飲ませたの!?」
思いの外大きな声で叫んだクロームに周囲の視線が一気に集まった。
「い、嫌だなぁ。ただのオレンジジュースですよ。」
「いいえ。あなたは間違いなく私に媚薬を盛った。きっと最近9代目の頭を悩ませているというルチーフェロでしょうね。ルチーフェロは無臭だけれど、僅かに独特の苦味があり、色も薄ら黄味がかっているという特徴から、ファジーネーブルやハイボールに混ぜて使う手口が多いと聞いています。」
「言いがかりはやめろ!」
さっきまでの柔和な態度とは打って変わって低い声でヴェスパジアーノは威嚇した。
「絵美ちゃんは無闇やたらに言いがかりなんかしない!」
クロームは強気な姿勢を崩さない。
このタイミングで騒ぎを聞きつけた9代目がやってきた。
「どうしたんだい、絵美ちゃん。」
「9代目!何か誤解があるようです!彼女達はろくに調べもせず、私がジュースに媚薬を盛っただなどと決めつけてくるのです!」
絵美が言葉を発するよりも先にヴェスパジアーノが畳み掛ける。
9代目は真剣な表情でそれを聞いた。
絵美はグラスを9代目に突き出した。
「だったら調べれば良いのです。」
9代目は困惑しつつもグラスを受け取る。
「9代目!私を疑うのですか!?」
「言いがかりだと言うなら、調べれば君の潔白はすぐに証明されるはずだ。」
9代目はグラスを部下に渡し、受け取った部下は足早に会場を去って行った。
「9代目!お考え直しください!ジューダはボンゴレの同盟です!私をボスとして尊重いただけなければ、同盟から離反するファミリーが出てくるかもしれませんよ!?」
ちゃっかり脅してくるヴェスパジアーノに絵美はあっさり墓穴を掘ったなと思った。
真っ直ぐ立ってヴェスパジアーノに対峙している絵美だが、実際頭の中はザンザスにどうにかされたい気持ちでいっぱいだ。
「そもそも媚薬を盛ったというなら、なぜ彼女は平気そうなのです!?」
「それは私の毒耐性が高いだけ。」
「そんなの口では何とでも言える!」
「あなたが媚薬を盛ったのか、盛っていないのかも口では何とでも言える。だから結果を待ちましょう。私が間違っていたのなら、正式に謝罪します。」
絵美は結果も聞いていないのに勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
9代目の部下の1人の携帯が鳴る。
彼はすぐさま出て、電話口の相手と何かを話した。
そしてその電話で聞いた内容を報告する。
「9代目!ルチーフェロが含まれているか確認する試験薬に反応したようです!詳細な成分分析は時間がかかるようですが、ほぼ黒で間違いないそうです!」
「まっ、待ってください!」
絵美の前に躍り出てきたのはヴェスパジアーノの娘ベンヴェヌータだった。
絵美は一瞬嫉妬で前が見えなくなりそうだったが、自分の腕をつねって理性を取り戻した。
でも言葉を発する余裕はなかった。
「この短時間なら簡易検査のはず!擬陽性という可能性もあります!そもそも父がこんな子供に媚薬を盛るメリットがありません!動機がないはずです!」
「何言ってやがる。テメーの父親は銀髪の未成年が好みの正真正銘のロリコンだぁ。」
口を挟んだのはスクアーロだった。
絵美は意外な人物の登場に目を見張った。
「絵美の容姿はこいつの好みにドンピシャだとは思ってたが、やっぱりやりやがったな。なあ、ボスさんよお?」
絵美はザンザスが近付いてくる気配を感じたが、彼の姿は見れなかった。
見たら理性を飛ばしてしまいそうで怖かったからだ。
「ヴェスパジアーノ、テメェは俺の部下に手を出した。相応の報いをくれてやる。」
「あなたの部下…!?彼女が!?ならなぜ10代目ファミリーと一緒にいる!?」
「そんなことは重要じゃねぇ。少なくともこの半年でテメェがやったことは俺が把握している。」
ザンザスは彼の後ろに控えるレヴィに視線をやった。
レヴィはA4サイズの分厚い封筒を9代目に渡す。
9代目はそれを受け取り、中身を見た。
「これは…!」
「俺からの誕生日プレゼントだ。」
9代目が見ている資料にはジューダファミリーの悪事の証拠が書き並べられていた。
「テメェが禁薬にした薬をジューダが生産し、捌いていた証拠だ。部下が勝手にやったとかトカゲの尻尾切りされちゃ堪まんねぇから、ボス自ら使ってる現場を抑えるために絵美を使った。コイツを処分することに依存はねぇな?」
「……ああ。ヴェスパジアーノ君、残念だよ。いくら寛容な私でも多くの女性の尊厳を奪ったこの薬を、禁薬として指定してからも捌いていたのであれば到底許すことはできない。」
「9代目!そんな…!」
ザンザスは絶望した表情を浮かべるヴェスパジアーノの頭を掴み、テーブルに叩きつけた。
彼は側頭部から流血した状態で地面に倒れた。
ベンヴェヌータが悲鳴を上げる。
「きゃあああああ!!お父様!!なぜ!?なぜザンザス様がお父様にこんな仕打ちをなさるのですか!?」
「うっせぇ。テメェも用済みだ。」
ザンザスはベンヴェヌータのお腹を蹴った。
「ガッ…!!」
彼女の美しさに似つかわしくない声を発しながら、細くしなやかなな彼女の体は宙を切り、会場の壁にぶつかった。
9代目は裏切り者の身内とはいえ、この件に関与しているかどうかまだわからない彼女に暴力を振ったことについてザンザスを責め立てる。
一方絵美は限界が近かった。
そんな絵美のもとに隼人が駆け寄ってくる。
「絵美!大丈夫か!?」
「ひゃっ…!」
隼人が絵美の肩を触ろうとすると、絵美は小さく悲鳴をあげてその手を払いのけた。
「触らないで…」
絵美は俯いた状態で、か細い声でそう言った。
「どけ」
そんな隼人を押し退けてザンザスが絵美に近付く。
「なっ!テメェ…!」
抗議する隼人には目もくれず、ザンザスは絵美の顎を掴んだ。
絵美の顔は上気していて、目には涙が浮かんでいた。
「ボス………」
絵美はトロンとした目でザンザスを見つめる。
ずっと我慢していた衝動が、絵美を駆り立てた。
絵美はザンザスの首に腕を巻き付けた。
「ボス、愛しています……」
そう言って彼女はザンザスの唇に口付けをした。
「「「「「(あの子終わった…!!)」」」」」
ザンザスが絵美を気に入っていることを知らない皆がそう思った。
ザンザスに許可なく触れるどころか、キスをしたのだから。
しかし彼らの予想を裏切り、ザンザスは無表情でそれを受け入れつつ、彼女の首に手刀を入れた。
意識を失った絵美の体ががくりと崩れ落ちそうになり、ザンザスは彼女の体を支え、そのまま横抱きにした。
「ザンザス!!テメェ、絵美に何しやがる!?」
隼人がダイナマイトを持った状態で抗議する。
「あ?テメェは妹に醜態を晒させたいのか?」
「それは…!」
隼人は言葉に詰まった。
「ご、獄寺君。ここはザンザスに任そう?」
綱吉が隼人の肩に手を添え、そう言う。
「じゅ、10代目がそうおっしゃるのなら…」
不満そうに隼人は頷いた。
「後始末はカスザメ達が手を貸す。」
ザンザスは9代目を見てそう言った。
9代目はその言葉に頷く。
ザンザスは殺気をばら撒き散らしながら、絵美を抱えたままパーティー会場を後にした。
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