最悪なタイミング

絵美と綱吉が踊りながら他愛もない会話をする。

「どう?ツナ?慣れてきた?」
「うん、ちょっとだけ…」
「良かった。楽しい?」
「うん、楽しいよ。」

綱吉がそう答えたその瞬間、会場を一瞬だけ鋭い殺気が襲った。
絵美も綱吉もその殺気をよく知っていた。
意外なゲストに周囲が一気に騒つく。
背筋が凍る思いで2人共殺気の発生源を見た。
   ザンザスがいた。
それも大人の美しい美女と腕を組んでいた。

「ボス……」

絵美の表情が先程までとは打って変わり悲痛なものになる。
絵美はそれを見られまいと、ザンザスに背中を向けるようにターンをした。
綱吉が不安げに絵美を見る。

「絵美ちゃん、大丈夫…?」
「大丈夫。わかってたことだから。……ここに来たのは意外だったけれど。」

絵美は無理やり笑顔を作った。

「せっかくなんだからダンス楽しも。」
「う、うん…」

綱吉は頷く。
しかし、自分を睨んでくるザンザスへの緊張と警戒、絵美への心配が、やっと慣れてきた綱吉の動きを鈍らせた。
曲が終わる瞬間に気を抜いた綱吉は右足を滑らせ、後ろに倒れるように転けた。
絵美もいつもなら対処できたが、動揺していた彼女は綱吉に引っ張られて一緒に転けてしまった。

「わあっ!?」
「ツナッ!?」

綱吉が絵美を庇うように転んだため、絵美は綱吉の上に跨がる形で地面に手をついた。
ある意味絵美が綱吉を襲っているような態勢になった。

「ご、ごめん、絵美ちゃん!」
「大丈夫。怪我はない?」
「そ、その、先に退いてくれると嬉しいんだけど…」

綱吉は顔を赤らめながらそう言った。

「そうだね。」

絵美は立ち上がって綱吉に手を差し出す。
綱吉はその手を取って立ち上がった。

「せっかく上手く踊れるようになったのに最後の最後で決まらなかったね。」
「うん。でも絵美ちゃんのおかげで楽しかったよ。ダメツナの俺がここまで踊れたのもびっくりだし。」
「ツナの人の動きを読める能力をダンスに応用しただけだよ。楽しかったのなら良かった。」

絵美は綱吉に笑顔を向けた。
先程とは違い、心からの笑顔を。

「戻ろうか。」

絵美は綱吉の手を繋いだまま、隼人達の元へと向かった。

その様子を離れた所から不機嫌そうに見ている男がいた。
言うまでもなくザンザスである。

「ザンザス様、どうかなさいましたか?」
「……どうもしねぇ。」

ザンザスの腕に絡みついている美女からの質問にザンザスはそう答えたが、不機嫌なのは明らかだった。
美女はザンザスの視線の先を見た。

「(沢田綱吉がいるから不機嫌なのね。)」

幸いにして彼女はそう捉えた。
実際、それは半分正解だ。

「もし宜しければ次踊りませんか?」

ザンザスは黙って頷いた。
誘っておきながら内心美女は驚いていた。

「(てっきり断られるかと思ったのに……。それぐらい私のことを尊重してくれているのかしら?)」

ザンザスはやっと沢田綱吉達から視線を外し、ヴァリアーの幹部達を見た。
レヴィがそれに気付いて会場を出て行った。
美女はそれを横目に見ていたが、特に不審には思わず、ザンザスと踊れる喜びに内心浮き足立っていた。
1曲が終わり、ザンザスは黙って美女に手を差し出した。
美女はその手を取って、ザンザスと共にホール中央へと向かった。

絵美は遠目から美女と踊るザンザスを見ていた。
流石9代目の息子として育ったザンザスは戦闘時の荒々しさとは対照的な洗練された動きで女性をリードしていた。
絵美はこんな時でもザンザスがかっこいいと思う自分に呆れつつ、自分以外の女性とザンザスが思っている事実に胸がズキズキと痛み、目を逸らしたい気持ちに駆られた。
一方でザンザスから目を離せない自分がいて、彼女は葛藤していた。

「む?絵美、膝から血が出ているではないか!」

ビュッフェ形式の食事に釣られて頬一杯に食べ物を詰めていた了平が絵美の膝の擦り傷に気付いた。

「本当だ!ごめん、絵美ちゃん、俺のせいで。」
「ツナのせいじゃないよ。それに治療用の晴コテを持ってきて……あれ?忘れた?」

絵美はドレスのスカートの上から外腿を(まさぐ)って、忘れ物に気付いた。

「晴コテなら極限に俺が持っているぞ!」

そう言って了平は胸ポケットから晴コテを取り出し、炎を灯した。
そして早速絵美の前に膝をついて、問答無用で膝の傷口に晴コテを当てる。

「あ………ありがとうございます。」

下手したらペチコートが見えるのではと絵美は思ったが、100%善意で治療してくれている了平にそれを指摘するのもどうかと思い、お礼を伝えた。

「礼には及ばん」

絵美の膝の傷が治ると了平はそう言って立ち上がった。
その瞬間、絵美はまたザンザスの殺気を感じた。
背中に悪寒が走る。

「(やっぱりボスは私を遠ざけているけど、自分のものだという認識は変わってない…?だから怒っている…?)」

そんな考えが頭を()ぎる。
しかし、確証もなく信じたくもなかった。

「(期待しちゃダメ。傷付くだけ。私はただのボスの忠実な(しもべ)。ボスの命令のままに行動すれば良いだけ。)」

絵美はそう自分に言い聞かせた。

「ザンザスと踊っているのはアルベロ・ディ・ジューダファミリーのボス、ヴェスパジアーノ・アルベロの娘、ベンヴェヌータ嬢だな。」

唐突にリボーンが話しかける。
絵美は頭の中の記憶を辿った。

「そうなの?ジューダファミリーは4代続いていて、2万人くらいの構成員からなるファミリーで、傘下の組織は300くらい、主な拠点はシチリア、確か第二次世界大戦後の混乱で台頭してきたのよね?」
「ああ、そのジューダファミリーで間違いないぞ。」
「ボスのヴェスパジアーノ・アルベロは中立派と言えば聞こえは良いけど日和見傾向があって、ゆりかご以前はボスを支持していて、以降はコロコロと支持する相手を変えているよね?」
「よく調べてるな。そうだ、今はツナを支持することを表明している。」
「一応ツナ派の娘……とはいえツナの支持を削ぐには思ったよりもファミリーの規模が小さい…。」
「ザンザスの狙いがわからねぇな。絵美はわかるか?」
「全く……もう少し規模の大きいファミリーか規模は小さくとも武闘派のファミリーの女性と付き合っているものかと思った。」

絵美はそう返して、ハッと気付く。

「(スクアーロさんは権力強化に『使える』とは言っていたけど、ボスが『使う』と言った訳じゃない…。もしかしてボスの狙いは全然別の所にある…?)」
「何か気付いたか?」
「…憶測で物事は語らないよ?私を遠ざけた以上、手を出すなってことだろうし。」
「そうか。」

リボーンはそれ以上は追及しなかった。

「絵美ちゃん」

次に話しかけてきたのはクロームだった。
彼女は左手にはマルゲリータピザとカルボナーラをのせた1皿を、右手には2本のフォークを持っていた。

「一緒に食べる?」
「うん、食べる。」

絵美はクロームからフォークを1本受け取り、カルボナーラを口にした。

「絵美ちゃんはスパゲッティ、何が好き?後で持ってくる。」
「ミートソースかな。でもこのドレスを汚したら大変だから、今日は大丈夫。ありがとう、気を遣ってくれて。」
「うん」

クロームは嬉しそうに頷いた。

「クロームちゃん、会場の中に霧の幻覚の気配を感じたりする?」

クロームは一旦食事の手を止めて、瞼を閉じる。
しばしその状態になった後、目を開けると首を横に振った。

「感じない。」
「そっか。私も今のところは不審な音は聞こえてない。このまま何もないと良いけど…」
「うん…」

絵美とクロームはしばらく談笑しながら、クロームが持ってきたピザを食べていた。

「そこのお嬢様方」

見覚えのない男性が絵美とクロームに話しかけてきた。

「私と1杯どうですか?」

片手に2本のグラスを持った男性はキザにウインクする。
イケメンの(たぐい)の顔ではあるので、様にはなっている。
クロームは困惑した表情を見せる。
それを見た絵美は1歩前に出た。

「失礼ですが、どちらのファミリーの方で?」
「失礼しました。名乗るのが先でしたね。トラメッズィーノファミリーの幹部、オノフリオと申します。」

絵美は内心舌打ちした。
規模は小さいがボンゴレの傘下のファミリーであるため、無碍にする訳にもいかないからだ。

「それはお酒ですか?」
「いいえ、ただのブドウジュースですよ。」
「いただきましょう。彼女は食べ物の好き嫌いが激しいので、まず私がいただいて彼女が好きそうか判断しますね。」

絵美はグラスを受け取り、一口だけ口をつける。

「さっぱりした味わいのブドウジュースですね。クロームちゃん、飲む?」

絵美が尋ねるとクロームは首を振った。

「彼女の好みではなさそうです。」
「ははっ、それは残念。そちらの女性は10代目の霧の守護者、クローム髑髏さんですよね?」

クロームは絵美の後ろに隠れたまま頷いた。

「あなたは?」
「私は獄寺絵美と申します。嵐の守護者、獄寺隼人の双子の妹です。」
「どうりで似ていると思いました。絵美さん、パーティー後の予定はありますか?デートなんていかがでしょう?」
「残念ながら私達は明日の午前中には日本へ発ちますので。」
「そうですか、それは残念です。では…」

男は絵美の手を取り、その甲に口付けした。

「麗しきレディーに幸があらんことを。」

そう言い残して去って行った。
絵美はまた鋭い殺気を感じた。
発生源の方を見るとやはりいたのはザンザスだった。
彼女は知らない振りをした。

「あれは……ナンパ?」

クロームが絵美に尋ねる。
絵美は頷いた。

「うん。あの手の人達は全部私があしらうから安心して、クロームちゃん。」
「ありがとう」

クロームは少し安心したように表情を緩めて頷いた。

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