01
「ウケッウケッウケッケケケケケケ─────ッ」


 人形──否、エボニーデビルと名乗ったスタンドが、ビュンビュンと何かを回しながらけたたましい哄笑を上げた。どうにかしてコードを切断してベッドの下から出なければ、おれに勝機はないだろう。 しかし攻撃の手を緩め
コードを切ろうとすれば、噛みつきや刃物で攻撃されてしまう。
 考えろ。出れないのならこの場であいつを倒せる方法をだ。
 とりあえずは見えなくても、めちゃくちゃにでも攻撃しなければならない。見えなければ当たるものも当たらないが、それでもやるしかない。ああ、ここから見えれば! そこで不意にこの部屋のどこかに鏡がついていたことを思い出す。ベッドの下からなら、どこに鏡が割れて下に落ちても、角度によってはベッドの上が見えるだろう。見えなければそれまでだが、やらなきゃこのままなぶり殺される。やるしかないのだ。


「おめえ勘がッ! ドっにぶィゼィイイッ!」


 ガブゥと肉に食い込む音がして、ニードルのようなもので刺された痛みが首に走った。そのまま抉られる感覚と共に皮膚が裂け、血が吹き出す。エボニーデビルを引き剥がそうと暴れると、チャリオッツの剣先が鏡に当たったようで、ガシャーンッと真正面に割れた鏡が散らばった。角度も大きさも申し分なく、ベッドの上がよく見える。しかし、見えていることを悟られれば、確実に鏡を割りに来るだろう。
 まずはコードの切断と、エボニーデビルの動きを止めることが先決だ。シーツでエボニーデビルを包むが、剃刀で切られてしまい、あまり時間は稼げなかった。 それでもコードを切ることには成功したため、あとはタイミングを見計らって、ということなのだが……エボニーデビルは何故か見えるところでステップを踏むように走りながら、行ったり来たりを繰り返していた。


「な…なにしてやがるッ!?」

「ククク」


 開けっ放しになっていた冷蔵庫の前に立ち、不気味な笑い声をこぼす。しばらく動きを止めていたが、グルルンと首だけが百八十度回転し、その口からビール瓶の破片が飛び散っている。素直に気持ちが悪いと思った。


「ヘイ! ポルナレフッ! 今からてめーのタマキンかみ切ってやるぜーッ! メ──ン!」

「なんて………ひわいな……ヤローだ」


 ぶばはははははあ、と下品に笑いながらグルルングルルンと勢いよく首だけが回り続ける。チャリオッツをけしかけるが、綺麗に避けられた。しかしベッドの上に移動されたが鏡のおかげで、エボニーデビルのぶら下がっている鎖まではっきり見える。
 そこでまさかの事態が発生した。鏡越しに目が合い、ニィイイイと口が裂けるのではないかと思うくらいの笑みを向けられたのだ。チャリオッツの攻撃よりも一瞬早く投げられた剃刀により鏡が砕け、何も見えなくなる。


「危ねー危ねーッ! まさかてめーが鏡で見えるよおにしてるとはなァア?」


 ああ、やっちまった。最後の最後まで気を配れなかったおれが悪いのかよッ! クソッ! 誰でも良い──助けてくれッ!
 そんなおれの願いが叶うなんて、まあ当然思っていたわけではないのだが、何かがドスン、とベッドの上に落ちてきたのがわかった。エボニーデビルの攻撃だろうか、とチャリオッツを向けるよりも早く、叫び。


「ハァアアァァアァーッ!?」

「え゛、わぁぁッ! な、なんで、どうしてっ!?」


 片方は間違いなく聞き慣れてしまったエボニーデビルの声なのだが、もう一方は知らない女の子のものだった。女の子は動揺し、震えているようだ。今まで女の子なんか居なかったのに、どういうことだ!? 驚いていることからエボニーデビルの味方ではないようだが、だからと言っておれの味方なのかはわからない。とにかく彼女は状況がわかっていないようだった。


「てめーポルナレフの味方かァッ!」

「ポ、ポルナレフ?」

「ああもうそんなことはどーだって良いッ! 邪魔しやがってクソがァアアッてめーも殺してやるッ!」

「そこの子ッ! 逃げるんだ! 殺されるぞッーっ」


 そう叫ぶが、ベッドの上から動く気配はしない。女の子があんなものを見たら動けなくなるのかもしれないが、逃げなければ殺されてしまう。女の子がおれのせいで殺されてしまうだなんて、堪えられねーっ!
 途端、声がした。いや、声と表現するよりは、音と言った方が近いようなものが、突然聞こえてきたのだ。気味の悪い笑い声のようで、しかし人間に発することが不可能な、難解過ぎる音声が耳にぬるりと入り込んできて、気分が悪い。


「ヴィト! やめてッ!」


 バチィ、と音がして、辺りは静かになった。何がどうなったのか、ベッドの下にいるおれには何がなんだか全くわからない。女の子が無事であることだけを祈っていたら、トン、と床に女の子の足が降りてきたのが見えた。素足。屈んでベッドの下を覗いてくる。東洋人らしい綺麗な黒の目が、心配そうにおれを見ている。


「……あの、大丈夫、ですか?」

mae ato

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