02
 まさかのまさか。人生二度目のトリップ。しかもわたしはパジャマで、エボニーデビル戦のホテルって。わたしはベッドで寝ていたはずなのに、どうしてこんなところにいるんだろうか。せめて同じ話の中だったことを喜ぶべきなのかもしれない、絶対に喜べないけど。こんな奇特な経験をした人がわたしの他にもいるのなら是非お友達になって苦労を分かち合いたい。……そんなふうに現実逃避したい今日この頃。
 でも目の前にいるのは、おそらくポルナレフだ。ベッドの下から出てきて、足を怪我していて、呪いのデーボのエボニーデビルにやられていて、よくわからない髪型のイケメン……ポルナレフに似てるなぁ? いやポルナレフでしょこれは。
 ……これはどう見たって三部真っ只中! どうしてこうなった!
 心の中では嘆きに満ち溢れているが、嘆いても考えても、原因がわからないことはよく知っている。三ヶ月近く露伴ちゃんの家にいても、結局その理由はわからなかったのだ。おそらく、転移の原因が今すぐわかるということもないだろう。もしかしたら、一生わからないかもしれない。
 だからそんなことは後回しにするとして、とりあえず今はこちらを見ているポルナレフに苦笑いしておく。ひとまずは変なこと、言ってない……と思う。紹介されてもいない名前を呼んでしまった場合、色々と面倒だ。


「……え、と、その、大丈夫、ですか?」

「メルシーボークー、お嬢さん。君のおかげで助かった」


 二人で床に座って、変な空気になってしまう。ポルナレフは突然現れたわたしに、どう会話を進めていいものか、探りを入れるタイミングを窺っているのだろう。わたしはそれに気付きながらも、自分からどう話したらいいのかわからないので、視線をさまよわせてポルナレフの足元を見た。怪我だ。


「あの、それ、」

「ん? ……ああ、ちょっと怪我しちまってな!」

「手当てをし直した方が、いいのではないでしょうか?」


 たしかそれ、使用済みパンツだったような……。ポルナレフもそのことを思い出したのか、少しだけ顔色を悪くさせた。そりゃあ、やだよねぇ。使用済みパンツなんて傷口に巻いたら、雑菌とかうじゃうじゃ入りそうだ。ただでさえトイレキャラなのに、そんな細かいネタまで使用済みパンツを入れられちゃって……そのへんは同情しかない。
 ポルナレフはやや悪い顔色のまま、転がっている鞄を指差した。


「悪いんだが、あそこにある鞄を取ってもらえねーか?」

「あ、はい」


 あちらこちらに散らばるガラス片を避けながら、警官にごみ扱いされていた袋のような鞄を取りに行く。たしかこの中には消毒液の類いは入っていなくて、ルームサービスを頼んだんじゃなかっただろうか。そしてそのルームサービスを運んで来たボーイさんは……

 わたしの少し後ろに、死体が転がっている。

 背筋がぞわりとした。絶対に後ろを振り向けない。死体なんて見れるわけがない。無理だ、そんなの。これは画面越しでもなければ、二次元でもなく、リアルな出来事なのだから。
 乱れそうになる呼吸を落ち着かせて、ポルナレフの鞄を拾った。何事もなかったかのように鞄を渡す。


「……あっ、消毒出来るもんは何にもねーんだった…」


 鞄をひっくり返し、ものを全部出してみたものの、消毒液に類するものはたしかに入っていなかった。これまで一人旅をしてきたのに、ポルナレフはそんなことで大丈夫だったのだろうか。 現実にいるとこんなに心配しがいのある子になってしまうとは……。
 落ち込んだようにうなだれていたポルナレフが、ふと視線を上げてわたしを見てきた。言いにくそうな表情から一転、決心したような顔付きになる。


「まず、名前、聞いてもいいかい?」

「……あ、申し遅れました。すみません、わたしはミョウジナマエと申します」

「ナマエちゃんか。おれはポルナレフ、J・P・ポルナレフだ」


 気が付いていたけど、目の前の彼は当然のようにポルナレフだった。差し出された手を、恐る恐る握る。それからポルナレフは少しも笑ったりせず、至極真面目な表情で、シルバー・チャリオッツを出現させた。わたしは、驚いて目を見開いた。ポルナレフにスタンドを向けられるだなんて、考えてもみなかったことだったからだ。
 よくよく考えてみれば、敵だと思われても仕方なかったのかもしれない。けれど生憎わたしの中ではポルナレフはお人好しのイメージが強かった。しかも女の子には甘い。ポルナレフはシルバー・チャリオッツの剣先を向けたまま、視線を外そうとはしない。


「やっぱ、チャリオッツが見えてるみてーだな。ナマエちゃん、あんた一体何者だ?」

mae ato

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