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 エンペラーを出した途端、ぞわりと何か良くないものを背中に感じた。だめ、とナマエが声をかけてようやく、自分の首を絞めようとしていた存在に気が付いた。
 なんだ、こいつは、──生まれてこの方感じたこともないような怖気と寒気がした。それだけじゃない、吐き気のするようなおぞましさがそこにはあった。ナマエの膝に乗ったそれは、彼女のスタンドであろうことは理解できる。ナマエの意思に反して動いたと言うことも、推測できた。そしてそのスタンドが見た目として、そこまで恐ろしいものでもないのに、圧倒されてしまった。
 存在が、レベルが違う。
 はっきりとわかる。スタンドの従順さがなければ、おれは今、間違いなく、殺されたことにも気付かず死んでいただろう。一重にそれは、ナマエがおれを殺したくないと意識したからに他ならない。
 スタンドを抱き締めたナマエは、震えていた。スタンドが使えたとしても、この子はただのか弱い女の子だ。だから、どんな手を使っても、ナマエを戦いから遠ざけてやりたい。そう、素直に思えた。


「勝負をしようぜ」

「……勝負?」

「ああ、この状態からナマエには手を出さねー。勿論心配だってんならそっちに渡そう。それからサシで勝負しようじゃねぇか」


 近くにいた乞食に金貨を渡し、ポルナレフのところまでナマエの車椅子を押してもらう。ごめんなさい、ナマエが言う。この言葉をこんなにも嫌な気持ちで聞くのは初めてだ。過去に何があったかは知らないが、何かがあったことだけは否定のしようがなかった。
 傍まで押されると、少しもこちらを気にせずポルナレフが慌ててナマエに駆け寄った。ナマエはスタンドを抱き締めたまま、震え続けている。背中を擦り、何かを話しかけると、ナマエを少しだけ離れた位置に動かし、シルバーチャリオッツを構えた。その目におどけていると言った色は全く見えない。


「勝負、乗ったぜ。てめーを倒して、J・ガイルの野郎の居場所を聞き出してやる!」

「そうこなくちゃな、ッ!」


 ポルナレフがスタンドを動かす前に、エンペラーで狙いを定め、頭に向けて撃ち放った。はん、とポルナレフが鼻で笑う。甲冑を脱ぎ捨てたチャリオッツが綺麗に構え、おれのエンペラーの弾を切ろうとしているようだ。
 馬鹿なやつだ。斬りかかってきたチャリオッツを弾が余裕を持って避ける。ポルナレフは予想通り弾もスタンドだとは全く考えていなかったようだ。殺せる、と確信しかけたところに、人影が飛び込んでくる。


「ポルナレフ!」

「ア…アヴドゥル」


 アヴドゥルがポルナレフを倒すようにして入ってくる。走り方からして、どうやら今来たところというわけではなさそうだ。大方、見守っていたがどう見てもポルナレフが危ないから助けに入ってきた、と言うところだろう。ひゅん、と弾を旋回させる。ポルナレフがアヴドゥルを呆然と見上げていたのだが、気付いたようにキッと睨みあげた。


「アヴドゥル! おれは今、サシで勝負してるんだ!」

「馬鹿言ってる場合か! ポルナレフ、お前は今、殺される一歩手前だったんだぞッ!」

「そうだぜ、ポルナレフ」


 揉め始めた敵たちに声をかける。ポルナレフってのは、本当に己を過信し、浅慮で単純な野郎だ。それをアヴドゥルはよーく理解してやがるが、如何せん相性は良くねえ。言葉が足りねえ、口調が合わねえ。だからこそこちらにも勝機が見えてくると言うものだ。ひとまず近寄らずにアヴドゥルの火をなんとかしなくちゃならねえ。旋回させていた銃弾を段々スピードアップさせておく。こちらを訝しげな表情で見てくる二人に、唇の端をゆっくりとあげる。


「ヒヒ、端っから悪役がサシで勝負できるだなんて思っちゃあいねーよ」


 ほら、二人とも相手してやるぜ。
mae ato

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