07:00 am / FBI NY支局 赤井秀一
午前7時。
柔らかい日差しが差し込み、街は穏やかな朝を迎えていた。
会社に向かうビジネスマン。朝食目当てで街に繰り出す観光客。公園で一汗流す住民達。各々が思い思いに穏やかな一時を過ごしていた。
人種、目的、様々な人が行き交い、次第に街は世界都市に相応しい賑わいをみせはじめる。
今日も新しい一日が始まった。
ニューヨークは本日も快晴、なんとも清々しい朝である。
ー CaseNo.001 ー
出会いは地獄の入り口にて
ワース・ストリート沿いに位置するFBIー連邦捜査局ニューヨーク支局。そのオフィスの片隅に俺のデスクがある。デスク上は資料室から持ってきたファイルと新聞で埋め尽くされていた。席につき、ファイルのひとつを手に取る。給湯室で入れてきた不味いコーヒーを飲みながら分厚い資料をめくる。資料には自分が受持つ事件の詳細が記載されていた。
一ヶ月前、オハイオの裏路地で男性の遺体が発見された。死因は多量失血。遺体の損傷は激しく、また、首を切断されていた。付近の捜査を行ったが、切り離された頭部は未だ見つかっていない。司法解剖の結果、首の切断口から生活反応が見られたため、おそらく被害者は暴行を加えられた上、生きたまま首を落とされたようだ。
そんな首なし死体が4体も挙がっていた。遺体の損傷に差異はあれど、全ての被害者が首を盗られていた。
被害者の関係を洗ったが、被害者全員がもつ繋がりは無い。また、年齢や性別もバラバラだ。
捜査当局は一連の事件を無差別連続殺人事件として犯人の行方を追っていた。
一刻も早い犯人逮捕のため、地元警察は多くの人員を動員し、捜査に全力をあげていた。だが、犯人はそんな警察を嘲笑うかのごとく、犯行を重ねていく。
先週末、新たに二人の死体がニューヨークで見つかったのだ。
どちらの遺体も損傷が激しく、首なし。同一犯による犯行とみて間違いなかった。
オハイオとニューヨーク。二つの州を跨いだ犯行。これを受け規定に則り、地元警察の管轄だったこの事件をFBIが引き継ぐことになった。
捜査を引き継いだFBIは即座に捜査チームを結成した。メンバーは経験豊富なベテラン揃いだったが、その中には、先日アカデミーの研修を終え支局に配属されたばかりの俺と、配属五年目のウィリアムも含まれていた。重大事件の早期解決と新人の育成も兼ねたメンバー構成らしい。お前のケツは俺が拭いてやるから気兼ねなくやれと、俺のOJT監督を担当するウィリアムが肩を叩きながらそう教えてくれた。
チームに配属されてからはほぼ毎日、こうして早めの時間に出勤しこれまでの事件のプロファイルを読み込んでいた。当時の現場の状況、遺体の状態、司法解剖の結果、被害者の人間関係や目撃証言、すべての情報を洗い出し、何か見落としがないか調べるためだ。事件解決への切片となればと思っての行動だった。
新米捜査官の俺が現場に出たところで、できる行動は限られてくる。ならば、それ以外の場所でできることを全力でやるだけだ。
コーヒーを一口飲み、資料に目を落とす。
時刻は7時。オフィスが喧騒に包まれるにはまだ早い。
それからしばらくして、ウィリアムが息を切らしながらオフィスに入ってきた。何やらひどく焦った様子だ。
ウィリアムは俺を見つけると、こちらに駆け寄ってきた。
「おいシュウ!大変だ!」
「何だウィリアム。何かあったのか?」
「あああったね!一大事だ!」
「まあ落ち着け」
手に持っていたコーヒーをウィリアムに渡す。彼はイッキ飲みした後ようやく落ち着いたのか、隣の席に腰かけた。
「で、どうした。事件に進展でもあったか」
彼が慌てるような情報が入ってきたのだろうか。であれば、恐らく悪い知らせだろう。
資料から顔をあげ、ウィリアムに目を向ける。
そんな俺にウィリアムはひとつ頷き、そして、
「聞いてくれよ、シュウ!何と、俺に、かーのじょが出来たっ!」
こう抜かしたのだ。
「……………」
「いやー、この間道に迷っていた子を助けたことがあってさー!その子がお礼にってことで、一緒にお茶したのがきっかけで仲良くなってなー!この間のデートでついに正式なオツキアイってやつをやることになったんだ!いやーもー彼女べらぼうに可愛くて!黄金に輝くショートボブにアイスブルーの瞳!二十歳は過ぎてるはずなのにちょっと幼い顔立ち!もー俺のタイプど真ん中!それを気にして恥ずかしがってるところも可愛くてさー!」
先程の神妙な顔はどこへやら。幸せの絶頂と言わんばかりの笑顔でまくし立ててくる。
事件に関することかと気構えた分、ひどく肩透かしを食らった気分だ。
「………おい、お前はのろけを聞かせるためだけに来たのか」
「ああ、そうだ。」
「言い切ったな。コーヒー返せ」
「やーだね。てかお前、その資料の持ち出し申請出してないだろ。事務のミランダがキレてたぞ」
「ああ、忘れてた」
「言い切ったな。今回は俺が出しといたから、次からは気をつけろよ」
「そうする。手間をかけたな」
「このくらいはやるさ」
気にするな、これが俺の仕事だ、と何でもないことのようにウィリアムは言う。
俺のOJTが始まってからはウィリアムとバディを組み、もっぱら二人で行動していた。彼と行動を共にしてまだ一週間もたたないが、彼はやや粗い口調のわりに、かなり気配り上手なところがある。
また、気さくな性格で人付き合いもよい。先程話題に出たミランダをはじめ、老若男女に人気があるようだ。
俺も彼の人柄は好ましく思っており、同時に有難いものだと思っている。
彼がバディで本当によかった。ミランダがオフィスに突撃して来たら仕事どころではなくなることは、既に配属初日に学習済みである。
しばらくは彼に足を向けて寝れなさそうだ。
カップを返したウィリアムはデスクのファイルを一つ手に取った。
「にしても、お前またこの資料読んでんのか。随分仕事熱心だな。もうこのファイルお前の手垢まみれじゃねえの?」
「そんなことはないさ。俺に出来ることは限られているからな。ただ出来ることをやっているだけさ」
「その心持は感心するがね。お前はもう少し落ち着いた方がいい。おにーさんは何時お前がぶっ倒れないか心配だよ」
お前ちゃんと朝飯食ったかと問うウィリアムに、食べてないと返す。
そう言えば今日はまだ先程のコーヒーしか口にしていない。
そう溢すとウィリアムはやっぱりなと呆れ顔でため息をついた。
「どうせ資料読むのに夢中になって朝飯すっぽかしたんだろ」
「ほー、良く解ったな」
「わからいでか。ほら」
そういってウィリアムは紙袋を寄越してきた。袋には近くのカフェのマークが描かれている。
開けると、中には美味しそうなサンドイッチが詰め込まれていた。
「あの店のサンドイッチか。旨そうだ」
「袋はな。中身は俺の手作りだよ感想ありがとう」
「え」
「おいなんだその顔は。俺だって自炊ぐらいはするわ」
「………」
「おい、引いてんじゃねえよ。さっさと食えや!」
袋の中からサンドイッチを取り出すと、遠慮なしに俺の口に突っ込んできた。
途端口の中に野菜の旨味が広がる。これは、なかなか。
「………美味いな」
「だろう、ありがたく食え」
口の中を片してから、袋からもう一切れ取り出し、口にする。
もさもさと食べだした俺を見て、コーヒーを入れてくると告げウィリアムは給湯室へ向かった。
すべて食べ終えた頃、戻ってきた彼からコーヒーを受け取る。
一息ついた後、彼は再び口を開いた。
「全くお前は……。俺達は体が資本なんだから、自己管理ぐらいしっかりしろよ」
「ああ、気を付ける」
「ほんとに解ってんのかね、こいつ」
淡々と返事をした俺にウィリアムは無音のため息をこぼした。
カップを片付けようと席を立とうとした。
その時オフィスのドアが勢いよく開かれた。
捜査チームのリーダー、ジェイムズ・ブラックが焦った様子で入ってくる。
「どうしました、ボス。何かあったんですか?」
ジェイムズの焦り様に驚いたウィリアムが声をかける。ジェイムズは俺達を見つけると、こちらに駆け寄ってきた。
この様子だと、先程とは違い、おそらく。
「今朝方通報があり、スラム街の裏路地で首のない遺体が発見されたそうだ。おそらく奴とみて間違いないだろう」
深刻な顔でそう告げられた情報に、俺達の間に緊張が走る。
「これで7人目……」
「すでに他の捜査官は現場に向かわせている。君たちも急ぎ現場に向かってほしい」
「了解。至急現場に向かいします」
ジェイムズは現場の詳細を伝え、頼んだよと一言告げると、急ぎ足でオフィスを後にした。
「シュウ、朝食の時間は終わりだ。俺達もすぐに向かうぞ」
「了解」
カップを置き、FBIのジャケットを着込む。さあ、仕事の時間だ。
愛車のキーを取り出しながら、俺達はオフィスを飛び出した。
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