そうは言ってくれたものの。自分で会いたいなって思ったものの。いざ行こうとなると足が思うように進まない。一緒に来てもらおうと思ったエリーには「ひとりで行け骨は拾ってやる」とばっさり見捨てられるから余計に。
何か勘違いしているセリフに涙目になりかける私はムキになって足を進める。
(告白じゃないし! ・・・・・・そんなんじゃないし)
自分で思っただけのことが途端に意識してしまう。告白なんてしないし!と首をぶんぶん振って頭から追い払う。はっとして周りを見れば何とも言えない目がこちらに向いていて俯いた。傍から見たら変な人だ。
7組の教室から離れたところで端に寄って立ち止まる。少し落ち着こう。じゃないと会えない。
深呼吸を一つして教えてくれた一ノ瀬くんがいる方向に目をやる。もっと先のほうにいるのかまだ姿は見えないけど人で行き交う廊下のこの先に一人でいるという。
たぶん、一ノ瀬くんただひとりで誰もいない。邪魔もない。これから私はそんな彼のもとへ行こうとしてて・・・。
「・・・!!」
まただ。考えが回り込むように先にいって気持ちがぐらぐらと落ち着かない。・・・とてつもなく帰りたくなってきた。
(でも会いたい)
深呼吸をもう一度したらさっきの気持ちを思い出した。遠くからじゃなくて、表情の変化がわかるぐらいの距離で、一ノ瀬くんを見たい。
決意を改めてまた歩き出す。後悔も、反省も、あれこれ考えるのは後にしよう。
人が列になっていたおばけ屋敷をやっているクラスを通り過ぎると人の波はわりと穏やかだった。「こわかったねー」そんな声が聞こえて評判の良さがよくわかる。
やっぱり定番は強いなーと暗い教室の行列を振り返って見てそんなことを思い先に進んでいると、人の頭より高いところでカンバンを見つけた。
よろよろと定まらずに動くカンバンに『1−7』と書いてあるのがわかった瞬間、歩く速度を無意識に落したようで後ろを歩いてた人がぶつかって我に返る。「ごめんなさい」ぶつかった相手も申し訳なさそうにして私を追い越して行った。そしてあのカンバンに視線を戻すと見えなくなっていて、あれっと焦るけど一度下ろしていたようだ。見えなくなっていたカンバンがまた上に戻っていた。
この進むのも窮屈な廊下を悪戦苦闘しているカンバンは私がいる方向を進んでいるようで、だんだんと距離が近づいていた。けどこの距離がもどかしくて、追いかけるように少し急いだ。
道を塞ぐような緩慢速度のグループにやきもきしながらも、人を掻き分けてあのカンバンを見失わないように。
そして、人の隙間を縫うように進んだ先で。額が広く白い顔が目に入り込んだ。
(・・・お祭りで売ってそうなかわいいお面だなぁ・・・)
三好くんの言っていたとおりのその姿は、良くも悪くも目立っていた。スラリとした浴衣姿を見た女の子の光った目が上に移るとうわー・・・と引いている場面をその時目撃したからそれなりの目立ち方のよう。けれどカンバンが示すクラスを見て「あのクラスに・・・」と話が始まるのが聞こえてばっちり宣伝もできているのだから確実に客足を増やしている。すごい。
(みんな知らないんだ)
不思議な感覚だった。おかしなお面が台無しにしていたけど、誰もそのお面の下を知らないんだと思うと、本当に一ノ瀬くんなのか私までわからなくなってくる。女の子が無関心でその人を通り過ぎていくのを見たら尚更に。
そんな思いからじっと見ることに集中してしまって、足が完全に止まったことに自分でも気づかず、さっきと同じ軽い衝撃を背中に受けた。「っすみません」舌打ちが聞こえてきそうな相手の顔を見れずに窓側のほうにずれる。その移動中に今度は左肩に誰かとぶつかった。うわっまただ。本日3度目の謝罪を反射的に口にした。
「ごめんなさいすみません」
「飴谷さん」
言って終わらせるつもりでいたから相手を見ずに逃げる気でいた私はその声に一拍遅れて振り向いた。それは一ノ瀬くんだった。ぶつかった相手が一ノ瀬くんだとは思ってもみなくて驚きで穴が開くように見つめてしまう。
白いお面でくぐもった声はたしかに彼のものとわかってはいたが、呆気にとられている私の様子を自分がわからないんじゃないかと思ったらしくお面に手をかけて外そうとしている。その動作にはっとして右手を伸ばした。
「あ! 外したら・・・!」
みんなにバレる。そう続く言葉が、無意識に動いた右手がお面を外した顔の口の近くに触れてしまったことで出なかった。
「ごめん!」慌てて右手を自分の元に引き戻して俯いたまま謝った。とてつもない恥ずかしさで居た堪れないが、変に思われる前に気持ちを切り替えて顔を上げる。(あれ?)外していたお面が付いたままで少し不思議だった。
「ホントにごめんね。三好くんからナイショだって聞かされてたから取ったらまずいんじゃないかって慌てちゃって・・・あはは」
「あー・・・そっか。・・・・・・俺は大丈夫だから」
(私はまだ大丈夫じゃないなー)
後ろに隠した右手の指先に残った感覚を意識しないように窓の外に目を向けて話題を探す。(あっそうだ。さっきのこと)三好くんが手を振ってくれたあの時の話をしようと思った矢先、そばを通りかかる人たちがしていた一ノ瀬くんの話に耳が集中した。一ノ瀬くんが持つカンバンが見えたらしい。おっまた集客か、と思ったのも一転。またしても同じような内容に嫌悪感を覚える。
「7組っていえばさっき覗いたけど女の子ばっかりで笑ったわ」
ふられんぼの人が混じっている女の子たちは一ノ瀬くんの悪口を言い始めた。さっきの感情がよみがえるようにふつふつと湧いてくる怒りが嫌悪感と混ざり合う。
我慢できなくておもしろおかしく話している彼女たちを遮るように「一ノ瀬くんっっ」とわざと大きめの声で話しかけた。私の声に案の定驚いている反応がすぐそばで感じたが構わず話を続けた。「ねぇ今のもしかして」「うそっあのダサいお面って本人?」聞こえてますよ!
「午前は回ったの? どこかおもしろいところはあった?」
「え・・・」
「あっそうだ! コスプレ写真館どうだった? 私も気になっててあとで行こうと思ってたんだけど」
「あ・・・おもしろかったよ。いろいろ服があって」
聞こえるように話しながら横目で彼女たちを見るとUターンしていく後ろ姿に少し胸がスッとする。けどほかの人たちまで気にし始めたのもわかって、とりあえず気にしたら負けだという根性で何事もないように声の音量を下げて仕切り直し。
一ノ瀬くんは私の質問攻めに困ることなく、新選組の衣装を着たと楽しそうに教えてくれる。その様子に私は穏やかな気持ちを抱くすぐあとで切なくなった。
私が聞こえていたんだ。だから一ノ瀬くんにも聞こえていただろう。自分の悪口を聞かされていい気分でいられるはずないから、きっと傷付いているんじゃないか。そう思ったら中学の頃を思い出してぎゅっと締め付けられる思いがした。良い噂がある一方で悪い噂も絶えなかったあの頃の一ノ瀬くんを考えたら悲しい気持ちになった。
「ありがとう」
お面越しからの声が澄み切っていて、知らず知らず落としていた目を一ノ瀬くんに向ける。周りの空気が一変するのも気にしていられないくらい、目に飛び込んでくるその表情に息をのんだ。
「飴谷さんが気にすることないけど、うれしかったから」
「・・・・・・」
「ありがとう」
無理なく笑ってくれている、そう見えて勝手に沈んだ心が軽くなる。そしてじんわり広がる熱に浮かれて声がでかかった。言えない。臆病風に吹かれて口ごもる私を不思議そうにきょとんとする一ノ瀬くんに何でもないと照れ笑いを返す。笑いながら言いかけそうになった言葉を左の胸の奥に押し込めた。
クラスに一度戻ると言う彼の背中について行く、けれど私の歩調に合わせていつの間にか隣にいる。そんな一ノ瀬くんの優しさを近距離で感じ取りながら、熱が抜けない右手をぎゅっと握りしめた。
そうやって時折り向けられる眼差しに、もっと・・・と強く願う自分がいることに気付かされて。また熱が上がる。
すき、・・・好き。すきだよ。
04.心臓の裏でこころが告げた
14.0211
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