ぽかぽか陽気の心地よさはまさしく日向ぼっこには打って付けと言えた。その暖かな日差しの下で髪の毛柄のネコがごろごろしているのを見つけた。渡り廊下から見えた気持ちよさそうに寝転がる姿を窓から緩んだ顔で眺めた。
いつだったか、美術の先生が「ノブナガサマ」とじゃれ合っていた現場を見て以来、私もその名前で密かに呼んでいるネコは学校内によく出没していた。生徒たちに好きなように名前を付けられて可愛がられる姿は愛嬌の良さを武器にしていると隣のエリーは言っていた。「あの子あざといよね!」少し興奮気味に見えるのは無類の猫好きに違いないのだろう。
「そういえば美術のトモちゃん先生って戦国武将ファンだったよ。聞いたらあっさり教えてくれた」
「やっぱり。この間ちらっと見えた携帯待ち受けが浅井長政だったからそうだと思った」
アザイ? はて・・・誰だったかな?
授業で出ていたようなかすかな覚えのある武将の名前にハテナを浮かべる私に大河ドラマの出演俳優さんで例えてくれた。けれど毎週見忘れている私にはちんぷんかんぷん。私の反応にやれやれと肩を落とす様子は残念そうに見えて、これはもしやエリーも武将ファン?と思わずにはいられない。ちらっと見えただけの待ち受け画像を判別できるあたり実はそうなのかも。
手足をぐんと伸ばして寝転がるノブナガの様子を見ながらスラスラと言葉が出てくるエリーの趣味が垣間見えた時、遠くから黄色い声が伝わって届く。文化祭が終わったあたりから始まったこの現象に私たちは一旦黙って聞こえた方角に目を向けた。
「一ノ瀬あっちにいるみたいね」
「・・・・・・」
あの文化祭以来、一ノ瀬くんは何かと呼ばれることが多くなった。元からああいった容姿だからもあるが、文化祭で彼が着た衣装の効果もあると隣は語る。「意外な一面が広がったのかもね」そうかもしれないと頷きたくなるのは心当たりがいくつかあるからだ。
「この青い格好の蓮くんかっこよすぎ!」
「こっちの浴衣もヤバいんだけど! 一緒にお祭り回りたいっ!」
「そういえば見たっていう子から聞いたんだけど、蓮くん笑ってたんだって!───」
クラスで繰り広がる話題はいつものように聞いていられなかった。耳を塞ぎたくなるほどの切羽詰まる焦燥を感じて明確な気持ちが過度に反応しているのがわかる。だから心持ちはとても穏やかでいられなかった。
言葉にするのは疲れてしまうこのモヤモヤした何かで埋め尽くされる心に止めを刺すようにわざと言った「こりゃあ告白する人また増えるね」。それにうっと胸を押さえる私を見て笑うエリーはどこまでもお見通しらしい。「誰かのカレシになるのも時間の問題かもね」瀕死の状態に鋭利な刃を突き立てるとは中々エグイことをする。
(いつか、言えるのかな)
伝えたいという願望から湧き上がる不安に思い起こされるのは、衝動だけではダメだと痛感したあの日のことでものすごく頭を抱えたくなる。行くまでに使い果たしてしまった恐れない気力が底をついていたからだと、絶好の瞬間に臆病風に吹かれた自分自身へ言い訳までしてしまうのも無理もないと思う。だって自分で言うのもアレだけどあの時はいい雰囲気だった。そんな気がするからチャンスを逃したと押し寄せる後悔で帰宅後の自室で眠れない夜を過ごした記憶はまだ新しい。
それらを今更だと片付けるのには時間はまだまだかかりそうで。この大きな後悔を昇華できていない私は彼の名前がほかの人から聞くだけでじわりと焦りが出てくるようになっていた。
いやだなぁ・・・見るのも聞くのも、そんなふうに思うこの気持ちも。
考えに耽っていた私は隣の存在が消えていたことに気が付かなかった。
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