(あ、一ノ瀬くんだ。)
あの奇跡の出来事から2週間が経とうとしているが、私は前とさほど変わらない生活を過ごしていた。
「おまたせ。もう買った?」
「あ、待って。まだお茶買ってない」
「何してんのよ。・・・・・・ああなるほど」
アップルティーを手にしたエリーが戻ってきてはっとした私は急いで自販機にお金を入れた。まだ買っていない私に呆れたようだったがさっきまで向けていた私の視線の先を見てにやっとしたのが自販機を前にした視界の端で見えて恥ずかしさを覚えた。
人で賑わうお昼時の食堂に女の子から絶大の人気を持つ彼の姿をエリーも視界に捉えたようだとちらりと見えたその表情とその一言でわかり、ボタンを押して出てきたウーロン茶を素早く取り出して「先に行くから!」とエリーを置いて食堂の出入り口に早歩きで向かう。
食堂を出てすぐのところで追いついたエリーは後ろからニヤニヤと私の顔の色を指摘した。
顔が赤いのは百も承知さ!
「私のことなんて気にせずに話してくればよかったのに」
「無理! 話すなんて恐れ多くて!」
「同中のよしみでしょう? それに教科書を届けてくれた恩もあるじゃない。話題てんこ盛りじゃん」
飲み物を買い終えて教室に戻りながら横に並ぶエリーは暢気にそう言う。(簡単に言ってくれるなぁ。)
私はあからさまに肩を落としてため息をついたら「あっ今バカにした」とそういう訳でもないのにバシンと背中を叩かれた。とんだ痛手だ。恨みがましい視線をエリーに送るとどこ吹く風でストローの刺さったパックのアップルティーをわざとらしく音を立てて飲んでいた。
「あれから何も話してないとか振り出しに戻ってんじゃん」
振り出しも何もスタートラインにすら立った覚えないからね。そう言い返す気にはどうしてかなれず今度はこっそりとため息をこぼした。
★
あの出来事から2週間が経とうとして、私は自分の中の変化に気付いていた。
(あの言葉が、忘れられない・・・)
きっとなんでもない言葉なのだろう、けど意識してしまうには十分すぎる威力で私は完全にノックアウトされている。
あんな言葉を聞かされたのだ。当然だと思う。
知らないだろうと思っていた相手が私のことを知っていたなんて事実、誰が予想できただろうか。
だから私はこの変化を認めている。
前より見つめる時間が長くなったこと。見えなくなるまで見てしまう時もしばしばあること。また話してみたいと思うこと。
(一ノ瀬くん、)
ふいに彼を思い浮かべること。以前はなかったことばかりで戸惑いがある中、それとは違うまったく別のものも確かにあった。
← →