何人か残っていた教室も時間が経つにつれて私だけとなり夏休みに出された課題に向き合っていた。それはもう真剣に。
しかしもう投げ出しくてたまらなかった。

(なにこの問題・・・!)そんな気持ちをそのまま同じようにして残っているエリーに送ると、返ってきたメールには一ノ瀬くんも文化祭実行委員だったという羨ましい内容があって今の自分とエリーを比べると私はなんてツイていないんだろうと心底思った。
最後のページを書き忘れていただけでもツイてないのに問題に詰まっている今を思うと本当にツイていない。
見てきていないけれど星占いではきっと最下位だろう。

(あーもう! こんなことなら残ってたミッちゃんたちに教えてもらうんだった!)

机の上で組んだ腕に乗せた顔を窓の外に向けるとさっき見た時より色の薄れた空が広がっていた。
早く帰りたい。もうこの際、適当に書いてしまおうか。

ぼんやりと空を見ているうちに投げやりに考え始めてそうしてしまおうと思い立つ。もうマルはもらえなくてもいいや。姿勢を元に戻して再び課題に向き合った。

(あとすこし・・・)

先程よりペースの速いシャーペンの動きはさながら秀才のようだが書かれた答えはデタラメだ。秀才の気分を一時味わいながら残す問題はあとひとつ。
カリカリと消しゴムを使うことなく書き進め、ゴールが見えた。

「終わ・・・った!」

「飴谷さん」

長い道のりの先にあったゴールテープをやっと切ることができて達成感で満ち足りたマラソンランナーのように腕をぐっと上に伸ばした時、急に呼ばれてその格好のまま声がしたほうへ顔を向けた。
(・・・え?)突然のことに驚き声を出せずに固まる私をよそに、顔を向けた先にいたその人は教室に入ってきて私のいるところまで歩み寄ってきた。
現状に追いつけなくて上げていた腕を力なく落として近くに来たその人をぽかんと見上げると彼は微かな笑みを浮かべていた。

「よかった・・・まだいて。・・・」
「一ノ瀬、くん・・・? どうして・・・」
「・・・残ってるって聞いたんだ」
「え?」

私が残って課題をやり直していることを文化祭実行委員で一緒になったエリーから聞いたらしい。そう答える一ノ瀬くんの言葉は未だに状況の整理がつかない私の頭には残らなくてどうしてここにいるのだろうという疑問だけが頭の中を埋めていた。

わざわざ来てくれた? それにしてもなんだかうまくできすぎている気がするけど、エリーが何か・・・? それとも、本当は・・・・・・

「やり直しは終わった?」
「え・・・あっうん! ついさっき終わったところ!」
「そっか。なら良かった」

そう言って優しい目つきでふんわり笑うものだからカッと熱くなるのを感じて顔を下げた私は不自然に思われないように机の上に広げたままの課題や筆記用具を片づけ始めた。
「集まりはどうだった?」激しく打つ鼓動を静める為の時間稼ぎにゆっくりと手を動かしそんな話を振る。
それに何でもいいから何かを話して口を動かしていないと余計なことを考えてしまって頭がパンクしそうだった。

(ちがう・・・そーいうんじゃない。)一瞬ちらついた逆上せた考えを心の中でかぶりを振って消した。

「委員長と副委員長を決めたり、実行委員の仕事内容とか、そんな話ばかりだったよ」
「あーそうだよね。初めの集まりはやっぱそんな感じだよね。それにしても夏休み明けですぐに集まるなんて最悪だったね。今日早く帰れるのに」
「・・・・・・」
「私なんてクラスで唯一の居残りだから恥ずかしくてほんと最悪だったよ〜」

そう話をしていくうちに鼓動は正常に戻りそれと同時進行でやっていた片付けはカバンに教科書や筆記用具などをすべて入れて終わっていた。「・・・・・・・・・。」
有り得ない考えを消す為に繋いでいた話も落ち着きを取り戻す為にしていたことも終了してしまい間が持てなくて望まない沈黙が生まれてしまった。
まずい。何か話さないと。あーでもない。こーでもない。
あたふたと考えて悩んで、テンパった勢いで顔を上げた私は自分でも思いがけないことを勢い余って口に出していた。

「一緒に帰らないッ?!」

玉砕するとわかっていて自ら突っ込むとはなんて無謀なことをしたのだろう。
鳩が豆鉄砲を食らったような表情をする一ノ瀬くんを目の前にしてテンパった勢いで高ぶっていた気持ちがサーッと冷めていくのがわかった。
何言っちゃってんだよバカ! 時間を戻したいと後悔しても後の祭り。(私のバカバカ! 困らせてどうする!)
夏休み前に一ノ瀬くんに告白したあの女の子の勇気に知らず知らず感化でもされてしまっていたのだろうか。だとしたらとんだ勇気の無駄遣いだ。
自分の気持ちだけを押し付けて困らせてしまった一ノ瀬くんに今の言葉をなかったことにしてもらおう。

腹を括ってそう言おうとした、直後。

「うん。一緒に帰ろう」

取り留めのない私の誘いを受け入れた言葉がすっと耳に入り込んで言いかけていた言葉と一緒に呼吸も飲み込んだ。思わず面を食らう。
・・・・・・、きっと一ノ瀬くんは優しいから断りづらくて仕方なくそう言ってしまったんだ。
そうに決まっている。危ない危ない。一ノ瀬くんの優しさに甘えてしまうところだった。

我に返った私は慌てて椅子から立ち上がり先程言いかけていた言葉を改めて口にした。

「ごめんッ! 変なこと言って! しかも困らせて! なかったことでいいから!」
「え・・・?」
「優しいから断りたくてもそう言うしかなかったんだよね! ほんとごめんね!」
「違うよ」
「だからっ・・・・・・え?」
「そうじゃないよ」
「え? 違うって・・・え?」

違うって、何が?「だけどそーいうんだったら、」
一ノ瀬くんの言っていることに戸惑いを覚えていると、一ノ瀬くんはそっぽに向けていた視線を私に合わせて話を続けた。

また心臓の音が速くなったのを感じた。

「次は俺から誘う」
「・・・ッ」
「一緒に帰らない?」
「!」

私が言ったのと同じセリフだけれど、彼の声で形成されたそれは響きから何から全然違っていて恍惚として聴き入っていた私は自分でも気付かないほど口の開き切ったマヌケ顔をしていたようだ。ぶっ。おかしくてつい噴き出した音が聞こえて私は自分がマヌケ顔になっていることに気が付いて、咄嗟に手で口を覆い隠したがもはや遅い行動。
(どんな醜態晒しちゃったんだろう! ・・・)恥ずかしさで消えたい気分だったが次第にそれはなくなった。笑う一ノ瀬くんを前にしてマヌケな顔をしてしまった恥ずかしさもあったけど珍しい一面を見れたことの喜びもあったから。
だから、まっいっか、なんて思ってしまって。

「うん。一緒に帰ろう!」

いつからだろう。一ノ瀬くんを見るたびに起きるこの心地良い胸のざわつきは。



03 居残り勇者の旅路
12.0813