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各地での天変地異、隣国との高まる緊張状態──不安定な生活環境。安息を心から望む人々の鬱憤は日に日に蓄積され、中止になっていた行事に前向きに取り組む者の中にはこんな時に祭かと聖剣祭の片隅で嘆息をこぼす者もいた。居もしない存在を求めたり無駄な祈願をしたところで自分たちの暮らしは良くなるものか。濁った瞳に更なる黒い色が混ざる。活気づく祭事に覆い隠されてしまったそんな情勢を知ってか知らずか隅っこで腕を組む少女は疲れたような顰め面をしていた。人が大勢集まっているからか空気の出入りが悪く人いきれで汗ばむのを感じた。(気持ちが悪いな)
すし詰めにならないように決められた人数が収まった聖堂内では残りわずかの挑戦者を観覧客は見守っている。そして最後の一人の挑戦が終わるとノーブルな風貌の女性がアリーシャを伴って聖剣の前に現れる。
「人々よ。レディレイクの人々よ。この数年、皆が楽しみにしていた聖剣祭も世相を鑑みて慎んできた。だが今年はアリーシャ殿下のご理解と全面的な協力により開催する運びとなった」
女性と入れ替わるように一歩前に出るとアリーシャは目の前を見渡して口を開いた。
「最近は異常気象や疫病、不作や隣国との政情不安など憂い事も多い。だが、こんな時代だからこそ伝統ある祭事を疎かにしてはならないと私は考える」
「さあ、湖の乙女よ!その力を現したまえ!」
祭壇の炉に火が灯りそこへ供物を投げ入れる。一連の儀式が執り行われたあと、聖堂の隅にいた少女は組んでいた腕を解いてフラフラと漂わせていた視線をあるところでピタリと止めた。じっと見つめながらおもむろに利き手が腰に伸びるが何も掴めないことにあっと気付く。(預けてたの忘れてた〜)しまったと額に手を当てるもすぐに切り替えて動き出そうとするが、その前にウインに肩を掴まれた。「待て」えっ。
そんな少女たちのやり取りは誰かが放ったヤジを引き金に始まった騒動に埋もれるようにかき消され、広がる騒ぎの渦中にいる湖の乙女は怯えた目を辺りに走らせた。先程再会した彼女たちはどこへ行ったのだろう。こんな時こそ彼女なら。黒い感情が伝染していくこの状況をどうにか──。切実な思いと裏腹に激しさを増す現状にたまらず誰かに届いて欲しいと声を上げた。
「いけません!敵意に身を任せては!憑魔が・・・生まれてしまう!」

不可思議な炎が燃え出して聖堂内はにわかに火事が起こり、何かに取り憑かれたかのように正気を失くした人が危害を加え始めた。そう見える状況を、湖の乙女に駆け寄る青年の目には違って見えていた。黒色の靄に覆われた二足歩行の狼──憑魔が暴れている。
とある理由から辺境の故郷から世界に飛び出した青年スレイは頭を抱えて嘆くライラを必死に呼びかけた。
「なんとかできないのか!?」
「あなたは『浄化の力』をもってるんだろう!?」
「天族?それにあなたは私が・・・?」
人間のスレイと、彼の幼馴染である天族のミクリオが奮闘しているそれらを横目に確認しながら少女は怪我人の手当てにあたっていた。彼女の同行者ウインは消火活動に走っている。(あの子は、)怪我の箇所を触りながら聖剣を握る彼を見た時すこし気持ちがざわついた。差し迫った状況下で、運命を受け入れろなんて。酷くないか。厳しい選択を迫られて思わず憐れんだ視線を向けるけれど青年は迷いのない晴れやかな表情をしていた。驚き見開いた目を徐々に緩める少女は小さく笑んだ。
一方で穢れた炎の鎮火にあたっていたウインは言い知れない違和感を覚えていた。どうしてか自身の手が半分扱いづらい。握って開いてを何度か繰り返しても麻痺のような感覚は残ったままだ。それに。
(何故“彼”を予見出来た・・・?)
顔見知りとの再会を果たしたあと、突如頭に流れ込んできた場景はぼやけていたものの今いる場所と似ていて──その中心にはっきりと浮かび上がる一人の青年がいた。耳に小さな羽根の装飾を付けて濃い青のシャツを着た・・・・・・・・・。今、ライラを見たか?
ハッとして後ろを振り返ると見覚えのある青年が友人を連れ立って現れるところだった。

引き抜かれた聖剣を振るい、新たなる導師が誕生する瞬間を唖然たる面持ちで見届ける人々の中に、緩やかな笑みを浮かべる女と難しく顰めている男──この場でまるで異質のように正反対の表情をする二人をまだ誰も気付いていないようである。彼女と彼もまた、待ち焦がれた存在だということを。