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祭事に賑わう街の活気に呼吸を激しくさせながら呟いた。「ここ何処」と。
空から紙吹雪が舞い、人々の楽しげな声が溢れ返るここは湖上の街レディレイク。数年ぶりに開かれるとあって地方から人がどっと押し寄せ、最近の鬱屈な気分を忘れ住人たちはこぞって祭りに力を入れ盛り上げていた。そんな中に外からの珍客が一人、冒頭の呟きを落とした。
それは人によっては街並みに圧倒され興奮したように聞こえただろう。事実その呟きを偶然拾った者は生まれ故郷を褒められたような気分になり少々誇らしげに鼻を鳴らした。しかしそうではないとわかるのは呟き声の本人と、その隣に並び立つ青鈍色に染まった瞳をした長身痩躯の男。思わずこぼれる声に込められた感情が手に取るようにわかる男は隣を気遣わしげに見る。肩で息をして大きく見開いた目をあちこちに動かし視覚から得る様々な情報をまとめようとしているようだ。とっくにキャパシティを超えているはずだがと呆気に取られる男の背中に衝撃が起こる。振り向くと行商人が商品リストを確認しながら歩いていたのかぶつかってきたらしい。目を白黒させて首を傾げる行商人は「危ないよお嬢ちゃん」と怒った声を上げた。一拍二拍・・・・・・何の応答もないので苛立ちが増した行商人は細い肩を掴み振り向かせる。埋もれていた思考から無理矢理引っ張りだされてわっと驚く目の前に怒った顔があって訳がわからず眉を寄せた。「こんな往来のど真ん中で立ち止まってたら危ない」そんな注意を受けた少女は慌てて謝罪しそそくさとその場を離れた。「すまない」一緒になって走る男がそう言うので気にしてないと笑う。そこに孫と露店を眺めていた老婦人が騒ぎに気付き何かしらと振り返ると走り去る少女が目に留まりあらと感嘆の声をこぼしていた。「導師様の真似事かしら」
小路に逃げ込み息を整えて空気中に漂うホコリを見るような目つきで辺りを見やる。「人が集まりすぎてるから?」その問い掛けに隣の男がかぶりを振った。
「そうだろうがそうじゃない。やはり加護がない」
「ここも?どうなってるの?」
「わからない。・・・どういう訳か我々の知らぬ間に事が大きく動きすぎているようだ」
「やっぱりあの遺跡のせいとしか思えない」
大きなため息を吐きながら思い出すのは仕事で訪れたある遺跡のことだった。村で起きる不可思議な現象をどうにかしてほしいと頼まれ、色々と調査した結果近くにある遺跡が原因だとわかり内部に侵入。原因を取り除き無事解決して終わったのだが何故か遺跡の中を彷徨う羽目となりようやく出れたと思ったら。少女の目に映ったのは。
「とにかく聖堂に行こうか。剣を抜いたら導師になれるとか興味あるし」
「そうだな。今は現状を知る他ないだろう」
目的の場所を尋ねた商店の主人は気さくに答えそして少女の服装を改めて見ると大口を開けて笑った。「嬢ちゃんは形から入る導師か?」自分の胸元を指差して問う主人に少女は目を泳がせて肯定してみせた。どうやらこの身形はおかしいらしい。なぜだ。
「ここの人たちには珍しい服なのかな?」
「先ほどからチラチラ見られているからもしかするとそうかもしれないな」
「よくわからないけどこの街では脱いでおいたほうがよさそうだね。動きにくいし」
「人の関心を無駄に集めてしまうならそれがいいだろう」
丁寧に畳んで背中の荷物に仕舞うと教えてもらった道順通りに行き、祭りの目玉だと謳う剣の試練に挑む人々が多く集う聖堂に着いたのだった。
人と人の隙間から突き刺さった剣が見えた。なんとなく見覚えのあるような剣だが、この先が祭壇なのだろう。そして我こそは導師と宣言しながら剣を引き抜こうと奮闘してはうんともすんとも抜けず肩を落とす人も見える。腕自慢を競うような屈強な男ばかりが目立ちどうにも趣旨がズレているように見えて思わず首を傾げる。そもそも剣を抜くだけで導師になれるのだろうか。聖剣祭の概要を耳にしてからずっと怪訝な気持ちを持っていてその場でジャンプをしたりとどうにかして全貌を窺おうとするが山のような人の数が邪魔をして全く見えなかった。
(やっと中に入れた)
聖堂の扉を潜り抜けて一息つく。長蛇の列の終わりはもうすぐだと体感すれば疲れもすこしは薄れた気がした。間近で見たいとこの列に並び立ち、自分の番が回ってくるまであとわずかに迫ったところで見えてきた祭壇にたまらず目を瞠った。そばで息を呑む音も聞こえてくる。石の台座に刺さった剣――そしてその前に人目を憚らず横たわる物言う花。それらを見てこれまでの疑念はカチッと合点に嵌まるようだった。けれど、同時になぜ?どうして彼女が?と尽きない疑問に思考が埋まる。
そんな彼女を不思議そうに見つめるのは騎士を思わせる鎧を身に纏った年若い女性――アリーシャだった。開催責任者の内の一人であるアリーシャはほかの参加者と違う様子の彼女に気付きじっと見つめていた。自分とあまり変わらない背格好で、見かけない刺青が施された左頬がやけに目立ち・・・・・・。そこであれ?と既視感を抱いた。見かけないと思ったがどこかで見た覚えのある文様だ。どこでだったかと考えに浸りそうなところ少女の歩みにやきもきしているのか後ろの顔が苛立ち気に見えた。問題が起こる前にとアリーシャは彼女に近づき声をかける。「大丈夫だろうか?」合わない視線は聖剣に固定されていたが触れた肩がハッとするように震えてこちらを向いた。「えっ?」声掛けに気付いていなかったのかまばたきが増えるほど動揺しているようで思わず眉を寄せる。
「大丈夫かと問い掛けたのだが・・・?」
「えっあ、大丈夫です!ちょっと考え事してて」
「そうか。無理がなければあまり列を乱さないで欲しい」
そう注意して離れる時にふいに思い出して、振り返り彼女の顔を確認する。ああそうだ。読み漁った書物の内容がよみがえりストンと腑に落ちた。その文様の意味は。(あれは、祝福)現在は廃れて誰も使わない文様を思い出し尚更不思議な子だと印象付けたのだった。
やがて少女の番が回ってくる。どういうことだと問い詰めたい激情を抑え込みながらゆっくりと祭壇に歩み寄る。この人の数に関心さなそうに項垂れる姿は見た目に変化があるものの紛うことなき――ライラである。知らないばかりで埋め尽くされる世界で唯一知っている存在は駆け寄りたい衝動もあった。冷静でいられないそれもぐっと抑え込み、聖剣の前に立つ。ライラ。・・・ライラ。「ライラ」ざわめきの隙間を縫うように呼びかければピクリと反応があった。俯いた顔が緩慢に持ち上がり、そして。「ええっウソ!そんな・・・まさかっ!?」これでもかというくらいに驚愕された。なにそのリアクションと戸惑い気味になる少女に信じられないと叫びながらライラが飛びついた。
「どういうことですか!?なぜあなた様がここに!?というか本物です!?」
ぺたぺたと触るライラを受け止め切れない背中を支える同行者に目配せした。「ライラ。我々がいない間に何があったか知りたい。教えてくれないか?」「っあなた様もご無事でしたかウイン様・・・!」同行者の男――ウインを見上げる涙目のライラは何かに気付くようにハッとさせた。周りを見渡す表情は悲しげに眉が下がっていた。
「お話したいのは山々なのですが後でもよろしいでしょうか?」
「?」
「わたくしたちのやり取りを人々が不審がっています。なのでこのまま続けるのは難しいかと・・・」
申し訳なく言われて同じように周りを見れば「何してんだ」「もたもたすんな」と不平不満の声が矢継ぎ早に飛んできて思わず後ずさる。ああ確かに難しそうだ。淀んだ空気に逸る気持ちは萎んでいき、ライラにまた後でと伝えて祭壇を下りた。そこに先ほどの女騎士が駆け寄ってくる。「あのっ挑まなくてもいいのか?」剣の柄も握らずに下りて行く行動はライラの言うとおり不審に見えているようだ。ビクッと驚きながら足を止めて見やれば何か見たことある人だと彼女にぼんやりした認識しかなく小首を傾げる。隣で「さっきの」とウインから指摘されて思い出した。さっき注意された人だ。
「えっ!あああ〜・・・、難しそうなんでやめときます。場を乱してしまってどうもすみませんでした」
怪訝な顔つきの彼女に頭を下げて立ち去ろうとするが「待ってくれ」咄嗟に引き止められる。振り返りもう一度首を傾げる。
「君は・・・導師になりたくてここに来たのではないのか?」
その問いかけに隣を仰ぎ見てチラリと祭壇を見てから「違います」ときっぱり答えた。それを聞いてどこかショックを受けたように何故と返ってくる。「自分にはもう必要ないからです」さらりと答える少女と更に愕然とする女騎士の彼女を傍から見たウインは恐ろしく噛み合っていないなと思っていた。
そこに後方からアリーシャと名前が呼ばれる。騎士の彼女が反応を示した。しかし目の前の彼女はまだ言いたそうな顔でこちらを見ていて困ったなと視線が泳ぐ。「呼ばれてますよ?」機嫌を窺うように言えば顔を赤らめて背筋を伸ばした。
「すまない!無遠慮に聞き込んで失礼した!」
「いえ気にしてませ・・・・・・行っちゃった」
ビシッと隙のない動きで頭を下げて踵を返すその動作に少々面を食らう。自分とは大違いだなと引き止められる前の行動を薄ら笑いウインに向けて一つ頷いてから歩き出した。
奇妙な少女が祭壇を離れたちょうどその頃。割って入れない表の混雑を避けるように裏口から青年二人が聖堂に入って来た。