チョコチップ


「本当にごめんなさい」
「いや、名字さんの所為やないよ」

 どうして、今日はこんなに運が悪いんだろう。ほぼ毎日コロコロしていた夏休みが終わったから、気を引き締めるために早めの電車になんか乗るんじゃなかった。つり革を掴んでいた手が疲れて、一瞬離したと同時に電車が駅についてなだれ込む乗客たち、流される私、そして目の前に居たクラスメイトの、宮くん。本当ならリュックって胸の前で持たないといけないんだよね、ごめんなさい。持ち変える余裕なかったです。胸を押し付けるような形になってしまっている宮くんに本当に申し訳ない。

「……名字さんだいじょうぶ?」
「だいじょうぶです」
「ほんまに?」
「正直踵が浮いて辛いです」

 顔を上げるにも、上げれない。酸素を求めて顔を上に向けたら、目と鼻の先に宮くんの顔があった。身長差があるとは言え、あの距離はつらい。もぞもぞと衣服が擦れる音がして、宮くんが私の腕を掴んだ。驚いて顔を上げると、宮くんは「ごめん」と一言謝って私の腕を思い切り引いた。ついでに、腰に思い切り腕回されてた。恥ずかしい。とん、と背中に扉が当たって、やっと私はまとも立つことが出来た。宮くんが立ち位置を入れ替えてくれたらしい。

「楽になった?」
「う、うん、ありがとうございます」
「ええよ、こんくらい」
「宮くん優しい。ありがとう」

 思わず感動して私がそう零すと、宮くんは困ったように笑うだけだった。



 下着付けてくるの忘れた……!
 やらかした。学校には無事到着したのに、今日の困難はまだ続くらしい。夏服にサマーニットのベストを合わせて着たことが救いだった。妙な解放感はこの所為か……!自分の席で頭を抱えていると、背中がチクチクした。後ろを振り返ると、ばちっと宮くんと目が合った。宮くんはほんのりと頬を赤くして、私から視線を逸らした。

 その反応に普段回らない頭が働いた。あ、え、もしかして、宮くん気付いていた感じ……?

「名前何してんの」
「え」
「次体育だよ?着替えなきゃ」
「あ、……う、うん、そうだね、着替えなきゃ」
「更衣室行こ?」
「う、うん」

 やばいやばい。背中の冷や汗がやばい。体操服はある、あるけど……、ジャージ忘れた。友達に腕を引かれながら、廊下のロッカーまで急ぐ。実は気のせいだったのは?とロッカーに頭を突っ込んでみたが、やっぱりジャージはない。半袖、ハーフパンツ。約一か月半ぶりの体操服たちしかいない。久しぶりだね。ああ、普段ならただの体操服なのに、すっごい着るのに抵抗がある。最後の望みで友達にジャージ持っていたり、する?と訊いてみたが、まだ暑いのに着る訳ないじゃんと一刀両断された。だ、だよね。もう腹を括るしかない、と体操服が入った袋を抱き締めたとき、腕を掴まれた。デジャヴ。今朝もあった、こんなこと。

 後ろを向けば、宮くんがいた。いつもと同じ眠たそうな顔だけど、どこか照れくさそうに宮くんは私の腕にジャージを押し付けた。友達が目をぎょっとさせて、私と宮くんを見比べる。

「名字さん体調悪いんやろ?俺ので良かったら、使って」
「え、いいの?」
「うん、俺別に寒ないし」
「あ、ありがとう」
「休み明けやけど、気を付けてな」

 その言葉に私を目を大きく見開いて宮くんをじっと見上げる。宮くんはさっと視線を逸らして、男子更衣室へ向かってしまった。

「なに、名前体調悪いの?」
「えっと、夏風邪っぽい」
「ホント?良かったね、宮くんが貸してくれて……でも大きすぎない?」
「う、うーん、否定はしないけど、有難いよ」
「そっかぁ。宮くんって優しいイメージはあるけど、あんなに積極的な感じはしないから意外」
「そ、そうだね……」



 うわあああ。今私を独占している感情を一言で表すと、照れる!になると思う。だめ、肩幅、袖、丈、全部が違い過ぎる。トドメに匂いまで、違う。いい匂いがする……この洗剤?柔軟剤?好きかもしれない。今朝、宮くんの腕の中(実際は違う)に居たときと、似てる匂いだ。本人いないから、ちょっと違う匂いなのかな。あー、やばい、自分が変態くさくなっているとは自覚あるけど、こんな機会きっともうないし、いいかなぁ。イケメンの匂いはいい匂い。

「ぎゃっ」
「名字さん逃げんとって」
「え」
「治くんのジャージやろ?ちょい、な?」

 更衣室の中で一人悶々としていると、普段あんまり話さない女の子たちに囲まれ……というか、抱き締められた。みんな考えることは同じか。内緒だよ、と見つめられて、私は必死に頷いた。あ、女の子もいい匂い……。イケメンすごい。

「あかん!治くんいい匂い!」
「やばい!」
「名字さんナイスやな。もうちょっと……」

 むぎゅう、と抱き締められて、不意に背中に柔らかいものが当たった。うわうわうわ、服越しでも意外とダイレクトじゃないですか。そして、私を真正面から抱き締めていた女の子がきょとん、として私を見つめてきた。なになになに。「ちょい、ごめんな」と一言。私の口から悲鳴が出るところだった。むにゅ、と何の躊躇もなく揉まれた。胸揉まれた。

「名字さんブラは!?」
「わ、忘れた」
「はぁ!?マジで!?」
「えへへ」
「めっちゃ柔らかいから、不思議やなとは思ったけど」
「あかんよ、ほんまに。危ないで……あ!ないよりはマシやから、名字さんこっちおいで」

 私は応急処置を施されながら、頭を抱えそうになっていた。服越し、下着を付けてても押し付ければ、それなりに感触って分かるものなのか!今朝は意図的ではなかったとは言え、宮くんに胸を押し付けてしまった。痴女だ。あ、そうか。全てを理解して私は完全に頭を抱えた。宮くんは私が下着を付けないって気付いたから、あの反応だったのか。あ、むり、恥ずかしい。しかもジャージまで貸してもらって、宮くん優しさの塊じゃないか。

「名前すごい揉みくちゃにされてたね」
「う、うん」
「本当に顔色悪いよ?体育休む?」
「ううん、平気」



 こーん、こーん、と軽い音をさせて私はラケットをふっていた。選択授業で選ぶ際の決め手は、簡単or楽である。職員室に先生が呼ばれたので、自由に友達とラリーをしながらおしゃべりをしていた。友達がいきなりホームランを決めるので、私はネット際まで取りに行くことになった。卓球のボールはころころ、と何処までも転がってしまう。何度も落ちてくる袖を捲って、しゃがみ込んでボールを手に取った。あれ、なんかまたチクチクする。視線を上に向けると、興味深そうにこちらをじっと見つめる宮くんがいるではないか。

「!」

 変な声出そうになった。後ずさりをすると、宮くんはにんまり笑いかけて来た。こわ、こわい。

「もしかして、キミ……治の彼女?」
「ち、違います」
「そうなん?じゃあ、なんで治のジャージ着とるん?」
「え、えっと……」

 宮くんが下着を付けていない私を見兼ねてジャージを貸してくれました、とは言えない。ましてや、相手は男の子だ。正直こちらの宮くんはあんまり得意じゃないんだ。今も、なんで?って容赦ない感じ、ぐさっとくる。見えない圧力があるというか、しどろもどろになっていると、宮くんの目が細くなる。誰か助けてくれ。そんな私の悲痛な願いが届いたのか、宮くんがぽこんと宮くんの頭を軽く叩いた。

「治何すんねん!」
「変な絡み方すんな。名字さん困っとるやろ」
「普通に気になるやん。治が女の子にジャージ貸しとったら」
「名字さん調子悪そうやから、貸しただけや。名字さん友達待っとるよ」
「あ、う、うん!ありがとう!」

 後ろでぎゃいぎゃいと二人の言い合いが聞こえたけど、振り返らなかった。やっぱり、イケメン怖い。ふらふらとした足取りで帰ると、友達の腕の中にゴールした。無事帰還したよ。

「おかえり」
「ただいま。怖かった」
「あはは。確かに侑くんってちょっと威圧的なとこあるよね」
「えー、そこが魅力やないの?」
「名前ちゃんとは相性悪いやろ」
「確かに」
「あ、名前ちゃんアレやな!治くんのジャージやっぱり洗って返す感じなん?」
「あー、よくあるよね。漫画とか、ドラマで」
「せやろ〜?名前ちゃん羨ましいわ〜治くんと進展出来るんちゃう?」
「抜け駆けやなぁ」

 あはは。平和なほのぼのとした会話の中にいながら、私は宮くん効果恐るべしと思っていた。宮くん一人と関わっただけで、普段なら話さない子たちとたくさんお話している。新鮮だ。ちなみに、私は一言しか話していない。



「宮くんジャージありがとう。あの、ジャージって」
「いや……大したことあらへんよ。大丈夫やった?」
「え?あ!あ!すごく助かりました!」
「そっかぁ。なら、良かったわ」

 宮くんと全然視線が合わない。でも、宮くんは私の言葉にほっとしたように頬を緩ませた。やっぱり、心配してくれたんだ。

「あ、あのジャー」
「治ー!監督が呼んどるよー!」
「すぐ行く!じゃあ、名字さん気を付けて」
「え、うん!」

 腕の中にあった宮くんのジャージは宮くんの手に渡ってしまった。走り去る宮くんの背中を見送って、まあ、仕方ないかと教室へ戻ろうとして足が止まる。

「名前ちゃんどんまい」
「え」
「せっかくチャンスやったのに」
「いや」
「……うーん」
「どうしたの、綾ちゃん」
「いや、私だったらチャンスとか以前に洗濯させて欲しいなって。だって、まだ暑いし汗とかかくでしょ?自分の匂いとか移ってそうで、なんか……恥ずかしくない?」
「あー……」
「たしかに」
「まって、綾ちゃん名前ちゃんにトドメさしたらあかんよ」
「あ」

 気にしない気にしない!とみんなに肩を叩かれながら、私は一日を過ごした。ああ、宮くんのご両親早くお洗濯お願いします!



 俺は侑が風呂に入ったことを、耳を澄まして確認する。風呂場の、独特の扉を閉める音がして、やっと俺の気が緩む。ずっとベッドに籠っていたから、息が苦しい。そっと、自分の下半身に視線を向けると若干元気になっている。だって、アレは卑怯やろ。夏休みが終わって学生で溢れる満員電車の中で、見覚えのあるクラスメイトがいきなり目の前に現れたと思ったら、むにゅって、した。服越しにしては柔らか過ぎる感触にびくっと肩が揺らしてしまったが、名字さんは真っ直ぐ立つことに精一杯で全然気付いていなかったと思う。彼女の両手はどこに掴まっていいかも分からずに、ただスカートをぎゅうと握っていた。

 あかん。この距離はあかんやろ。彼女が俺と距離を開けようともぞもぞと動く度に、彼女の胸が俺の胸板で潰される感じに気が遠くなりそうだった。なんで、名字さん気付いてへんの?拷問?夏のスカートは通気性重視かなんか知らんけど、さらっとして軽い。スラックス越しにも、柔い感触がして俺は意味もなく手を握る。しかも、さっきからなんかええ匂いがする。あれか、よく言う女の子の甘い香りか。まじか。こんなシチュエーションで出会いたくなかった。あかん。名字さんもぞもぞし過ぎ、名字さんの髪が揺れるたびに、甘い香りしてくるんやけど。

「……う」
「?」

 呻き声が聞こえて心配になる。こんなぎゅうぎゅう詰めの電車に名字さんぐらいの背だと、きつそうやな。少し息苦しそうな彼女が顔を上げたとき、思い切り目が合った。絶対ないけど、キスするかと思った。名字さんの息遣いが俺の緩んだ首もとにあった気がしたぐらいだ。名字さんは顔を真っ赤にすると、すぐに顔を俯かせた。また、ふわっと甘い香りがする。

 あー、もう!

「ごめん」
「え?」

 名字さんと立ち位置が変わったまでは良かった。腕や腰の細さとか、腕やろ?腕……なんで、あんなに肌しっとりしとるんやろ。一人で悶々としていると、バタバタと騒がしい音がして眉間に皺が寄る。

「ええ風呂やったー!治早く入らんと怒られるで」
「分かっとるわ」



「あかん……、これは流石に変態やろ」

 洗濯物が入ったカゴから俺は自分のジャージを掘り出していた。理性では、頭では、いけないと分かっている、いるけど……興味と欲望には敵わなかった。見た目はただの、自分のジャージなのに持っているだけで緊張する。おずおずと自分のジャージに鼻を埋めると、ぶわっとした。上手く言えないけど、ぶわっとした。無意識のうちに俺はスウェットをずり下げて、自分のものを取り出していた。頭の中には最近見た電車でヤッてしまうカップルの動画と、彼女がつながってしまった。

「宮くん……ここでは、ちょっと」
「治やって」
「まだ、慣れない……んっ」

 壁に押し付けられた彼女は俺の腹辺りのワイシャツを掴んで、首を横に振る。彼女の耳やこめかみに唇を押し付けると、彼女はびくびくと肩を揺らしながらも、照れくさそうに唇を尖らせる。あかん、かわいい。彼女に身長を合わせるのは中々身体が辛い気がする。でも、そのまま唇を重ねた。彼女の腰を抱いて、ぐっと自分の身体を押し付けた。彼女の柔らかい太ももに自分のものが触れて、彼女が薄目を開ける。

「んんっ」
「……しー。気付かれてまうよ」
「いや、もう、アウトだか、らっ」
「名字さんええ匂いする」
「宮くん話を」
「だから、お、さ、む」
「……!」

 薄いスカート越しに彼女の尻を撫で回して、耳元で囁いた。彼女は恥ずかしさから涙目になって、俺の胸に顔を埋めて顔を横にふる。そんな照れ隠しの仕草でさえ、かわいい。スカート越しに彼女の下着の、線が分かって、その線をなぞると彼女がびっくりして顔を上げる。そのまま文句を言いたげな口を塞いで、その線を指先でなぞったままスカートをずり上げる。真っ赤になった彼女は腰を捻って、俺の手から逃げようとする。それさえも、俺には刺激にしかならない。

「やぁ、……おさむくん」
「うん、後ろ向いてちょお足開いて」
「え、や、だ」

 くるん、と彼女を回して壁へ押し付ける。彼女は壁に手を付きながら、肩越しに俺を見上げて不安そうにする。彼女の下着をずらして、自分のものを彼女の太ももの間に挟むように擦り付けた。少しだけ濡れている窪みを見つけて、そこを先端で突くと彼女は大きく首を横にふった。中にいられると、思ったらしい。俺は彼女を後ろから抱き締めて、「いれへんから、安心して」と可哀想なぐらい赤くなっている耳にキスをした。俺も、彼女もとろとろになりかけている。そのとろとろを一つにするように、俺は腰を動かす。彼女のブラウスのボタンを外して、両手で胸を揉んだ。サマーニットのベストが若干邪魔な気したが、手は止まらなかった。

「おさ、む、くっ」
「ん、なに?」
「そんなにさわった、ら」
「もう、遅いやろ?」

 彼女をからかうように腰を動かせば、秘かにくちゅくちゅと濡れた音がして彼女の涙目が余計に潤む。あーあー、そんな可愛い顔をしてあかんな、名字さん。

「ごめん、名字さん。やっぱ我慢できへん」
「え?あ、……おさむくん、だめだめ」
「むりや、って」

 ぐぐ、と彼女の中に無理やり俺のものを埋めて行くと、彼女は苦しそうな息遣いになる。どうしようもなく口に寂しさを感じて、俺は強引に彼女を振り向かせてキスをした。腕の中でぐずぐずになった名字さんを抱くのはめっちゃ興奮する。自分でも引くくらい息が荒くなる。快感の終わりには慣れたものなのに、今まで一番興奮している気がする。

「うっ、……最悪や」

 手の中にあるねっとりとした液体と、独特の匂いに俺は項垂れた。頭の中にあった光景は早々に消えて、目を開いたら見慣れた洗面所やった。明日も学校あるのに、何やってるんやろ。

「宮くん優しい。ありがとう」

 冷静になった脳内では、感極まって純粋な笑顔で俺にお礼を言う彼女の姿だった。

「……別に俺は優しくないねん、名字さん」


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