6 ( ・ω・ )(´・ω・ )(´;ω; )(´;д; )



「か、かんせい〜!」

私はついに一番苦労したウエイトレスの、上を完成させた。

「はーい、頑張ったねぇ。名前ちゃん一回着ておいで」
「はいっ」

終業式。
明日からは夏休み。
私は文化祭で使うウエイトレスを完成させることがやっと達成できた。
黒いロングスカートの先には控え目な白いレースを
黒いシャツの首元はフリルを
白いスカーフを付けて
白いシンプルなエプロンのひもを背中でリボン結び。
そして、黒いショートブーツを履けばウエイトレスさんの出来上がり。

鏡の前で一回り。

「お?おお〜!」

かしゃっ

「え?」

後ろを振り向くとスマホを片手に意地悪く笑う綾さん。
私は両手で広げるようにもっていたスカートから手を放す。

「盗撮は犯罪ですよ!」
「盗撮ではない」
「じゃあなんだよ」
「私が撮りたいから撮っただけ…あ、名前今日の夏祭り何だけど」



夏の夕暮れにしては少し暗い時間になっちゃった…。
ローファーを履いて校門へ向かう。
いつもより小銭を多めにした財布から歩くたびに音がする。

自然に漏れるため息。

「…あ」
「?」

前方から聞こえた声に顔を上げると、赤葦先輩が少し驚いた顔で私を見ていた。

「こんな時間まで部活?」
「はい、先輩もですか?」
「うん…でも今日は早めに終わった方」
「何か…あ、体調とかでも悪いんですか?」
「いや、合宿が近いから身体を休めるようにって」
「あ、なるほど…」

私と赤葦先輩は話しながら自然に歩き出した。
方向が一緒だからかもしれない。

「…何かあったの?」
「え?」

会話が途切れて、ふとされた質問に私は首を傾げる。

「さっきため息をついていたから…」
「あ!今日夏祭りあるじゃないですか」
「ああ、あるね…」
「はい、友だちと一緒に行く約束してたんですけど、バイトが急に入っちゃったので断られたんです」
「…あー」
「楽しみにしてたので残念です」

私が苦笑いをしていると、先輩が足を止める。
私も先輩に習って足を止める。

「…先輩?」
「…」
「あの?」

先輩の横顔を見上げると、その顔は何か考えているようだった。

「行く?」
「え?」
「俺と…嫌じゃなかったら」
「…え?」
「祭り、俺と一緒に行く?」

そう言って私を見下ろす先輩は無表情だった。
何を考えているか分からない顔。
私は口で答えるより先に頷いていた。

「行くってことでいい?」
「はい、行きます!行きたいです!赤葦先輩と!」

私は体中に喜びが満ちているような感覚で緩む頬を抑えるのが難しかった。
赤葦先輩と一緒にお祭り!
なんて、わくわくすることだろう。
一緒だし、ふ、ふたりきだし…ある意味デートじゃないかな?なんて考えて
私の乙女思考回路は止まらない。

「じゃあ、行こうか」
「はい!」

私はいつもなら曲がる方とは逆の方へと曲がって歩く。先輩の隣を…。

二人で…お祭り。
綾ありがとう!バイト頑張って!今度差し入れしに行くね!

なんて、完全に浮かれていた気持ちを渡るように大きな声が後ろから聞こえた。

***
「あーかーあーしー!」
「…」
「…あ、先輩」

私は先輩より先に振りかえった。
…ひいい!
私の叫びは心の中でだけで収まった…よかった。
私は目に入る集団に何気なく視線を反らして先輩を見上げる。

先輩は声でだいたい色々察しがついた様子でちょっとだけ眉が上がったのを私は見逃さなかった。

「…木兎さんそんな大きな声で呼ばないでください」
「いいだろーべつに!…ん?あれ、この子どっかで…んんんー?」

木兎さん、男子バレー部の主将さんで先輩と同じくらいもしくは少し高いくらいの人。
特徴的な髪型、目、そしてそのさわが…賑やかな性格なので、一回顔を見たら二度と忘れないと思う。
そんな木兎さんは先輩の横に居る私を見下ろすと、何かを思い出すそうとするように眉間に皺を寄せて
考え込み始めた。

「…」

私はその様子を見て思い出す自分の失態。

「…名字さん?」
「ひえっ」
「…だいじょうぶ?顔青いけど」
「いえ、だいじょうぶです…」

心配してくれた先輩の顔を見て余計に自分の失態に対して、今更湧きあげる感情。
後悔、申し訳なさ、うおお。
頭を抱えたい衝動を我慢していると、肩に手を置かれた。
赤葦先輩だ。

「…本当に、俺気にしてないから」
「せんぱい」

先輩はいつもより少しだけ口角を上げて私を見下ろす。
私を気遣うような微笑に私は嬉しくなって頬が熱くなる。

「あ、ありがとうござます」

私が素直にお礼を言うと、先輩はどこか満足したようにうん、と頷いた。
そのとき、木兎さんが大きな声を出した。

「あー!思い出した!赤葦が土下座させた女の子か!」

木兎さんの声は何度も思うけど、大きい。それによく通る声。

その間違った発言に赤葦先輩は眉を思い切り顰め、私は顔を青くし、木兎さんの後ろに居る
おそらく男子バレー部のみなさんがひそひそと話し始める。

「…赤葦お前クールな奴だと思ってたけど、そういう趣味があったのか」
「なるほどな。俺はお前のことSよりMかと思ってたけど、Sだったんだな」
「小見さん俺はそんな趣味を持った覚えはないですし、それに木葉さん俺はSでもMでもありません」

先輩はうんうん、とわざとらしく頷く小柄な先輩と目元がシャープな先輩に瞬時に訂正をしていく。

「まあまあ。たぶん、木兎の認識が間違ってると思うよ?」

柔らかい声が耳に入ってくる。
そこには優しそうな顔で宥めるように両手を前に出す先輩が居た。

「そ、そうなんです!ど、土下座は私が勝手にやったことなので、赤葦先輩がさせたわけでは…!」

私も訂正しなきゃ、と思って話したが、思わぬ方向へ…

「あ、土下座したのは事実なんだ」
「え、あ、いや」

小見さんと呼ばれた特徴的な髪型の先輩が私をまじまじと見る。

「へー、でもこんな大人しそうな子が土下座する、ってどんな状況だったの」

木葉さんはくすくすと場を和ませるように笑う。でもその笑みはどこか意地悪そうだった。

「…あ、名字」
「…?ああ!尾長くんだ!久しぶり!」

聞き覚えのある声に顔をもう少し上げると、中学の同級生が居た。

「久しぶり」
「高校一緒ってのは知ってたけど、クラス違うと全然会わないもんだね!」
「俺四組だけど、名字は何組だったけ?」
「えーっと、六組!」
「え、六組?」
「うん」
「…何回か行ったけど、名字居た?」
「居たよ!?」
「名字は小さくて存在感がどことなく薄いから…見つけれなかったのかな」
「存在感薄いとか初めて言われたよ!?」

プスー!と笑う尾長くんの笑い方は中学時代と変わっていなくて、懐かしいなんて思った。
よかった!
尾長くんの登場でまともな話題に変わった。

「名字何で赤葦さんと一緒に居るの?」
「えっ!…その、今から」

自分から言うのは何か恥ずかしい。
ちらり、と先輩を見上げれば察しが良い先輩は私の代わりに口を開いてくれた。

「今日夏祭りあるから、一緒に行くんだ」
「ああ、デートですか」
「!?」

尾長くんの言葉に私を思い切り肩を揺らして動揺してしまう。
そんな、デートとか違うって言うか、先輩はドタキャンされた私のために付き合ってくれてるだけで、
あのね、違くて、ええっと

「名字が口ぱくぱくしてる」
「たぶん、軽くパニックになってるんだと思う」

**

俺は人ごみの中後ろから必死に付いていくる彼女の手を握った。
握られた彼女はびくり、腕を震わせたけど俺は気付かないふりをして歩き続けた。

顔を真っ赤にして動揺する彼女に鈍感な木兎さん以外にはニヤニヤと笑って
俺と彼女を見てきた。
あ、鷲尾さんは憐れむような目だったかもしれない。

「なんだ。赤葦たちも祭り行くのか!なら、一緒に行かね?俺達もこれから行くんだよ」

木兎さんの言葉にマネージャー二人が同じタイミングで背中を軽く叩いた。

「いてっ」
「赤葦気にしないでいいから、名字さん?と二人でゆっくりしておいで〜」
「そうそう。お二人でごっゆくり楽しんできて」

にこにこ。いつもより三割増しの笑顔は何故か怖かった。

「なんでだよ?どうせなら一緒の方がいいだろ!祭りは人数多い方が楽しいからな!」

唇を尖らせたあと、腕を組んでそう語る木兎さん。
ああ、この人祭り好きだもんな…。

彼女はちらちらと俺を見上げる。
きっと彼女は俺の選択に従うつもりなんだろう。

ここでどうしたら面倒なことになるかなんて目に見えている。

「…そうですね。ご一緒します」



そして、ある意味予想通りのことが起きた。

「くっそう!赤葦に勝てない!もう一回!」
「嫌です。木葉さんがお相手してくれるそうですよ」
「えっ、俺?」
「すみません。木葉さんお願いします。俺少し休憩したいです」
「まあ、せっかくのデートが木兎の子守りで潰れるのもなぁ…よし、先輩にまかせろ!」
「…ありがとうございます」

俺は射的の屋台から離れて比較的人が少ない、道の脇の木のそばで
焼きそばを食べている尾長の様子が気になって近付いた。

「…?」
「尾長、どうした?」

きょろきょろ、と視線を彷徨わせる尾長。
尾長は少し困った顔して俺を見る。

「名字が…居ないっぽいです」
「…」

俺は試しに周りをぐるっと見渡してみるが、彼女の姿は見当たらなかった。

「……」
「とりあえず連絡…あ、俺春野の連絡先知らなかった…」
「そうなの?」
「中学のとき、二回クラスが一緒なだけだったんで、話す方ではあったんですけど」
「そっか。俺ちょっと探してくる。もし見つかったら連絡して」
「はい、了解です」

ラインを見ると、すでにメッセージが来ていた。

すみません。
人ごみに流されてしまいました。
でも、大丈夫なので気にせず祭りを楽しんでください!

俺はすぐ返事を打つ。

どこに居る?
俺今神社の真ん中らへんに居るけど

予想以上に早く既読がついた。

流れに流されて入口辺りに居ます

分かった。
すぐ行くからそこを動かないで

またすぐ既読が着く。
俺は彼女の返事が何となく予想がついたので、ホーム画面に戻す。

本当に大丈夫ですから、気にせずに
祭りを楽しんでください!

…やっぱり。
俺は既読をわざとつけずに彼女の元へと急いだ。

**

俺は人ごみを上手く避け…というより、人並み以上にある身長のおかげで
何とか彼女の姿を見つけることができた。

彼女に視線を送っていると、彼女も俺に気付いたようで泣きそうな顔をした彼女と目が合う。

「名字さん、大丈夫?人ごみに酔った?」
「……」

彼女は俺と目が合ってから俯いてしまった。
俺の問いにふるふる、と力なく首を横に振る。

「…ちょっと移動しようか」
「…」

反応がない彼女の腕を引いて、俺は神社の裏の方へと足を進める。
神社の裏手には階段がある。
裏手は基本人が来ない。街灯があまりないからだ。

「足元気をつけてね」
「…」

俺は彼女を階段に座らせると、俺も腰を下ろす。

「…何かあった?怖い人に話しかけられたとか」
「…」

俺は横に揺れる彼女の頭を見ながら思う。
彼女は良い子だから。
きっと、自分がはぐれたことを気にしているんだろう。
誰のいたずらか、たまたまか分からないが、俺と彼女が関わると何かしら起こる。
でもそんなに気にすることも出ない。
それに気をつければ防げることだし、対処できることだからやっぱり気にしなくていいと思うのだ。

俺は迷惑だなんて、思っていない。

「名字さん気にしないでいいよ。むしろ、ちゃんと俺が気にかけていなかったのが悪いから。
俺から誘ったのに…。ごめんね」
「違います!」

彼女は俺の言葉を即座に否定する。
大きな声が屋台がある通りよりは静かな、この場所に響く。
上げた顔はやっぱり泣きそうだった。

「…やっと顔上げたね」
「え」
「ずっと俯いてたから。…何度も言うけど気にしないでいい」
「でも…」

彼女は目を伏せて、膝の上の手を握りしめる。

「私いつも赤葦先輩に優しくしてもらっているのに、
それを仇で返すようなことばかり…迷惑かけてばっかで…本当に申し訳ないです」

項垂れる彼女の頭を見て俺は少し頭をひねる。
うーん、本当に大したことだと思っていなのに。

「…名字さん」
「…」
「俺の話聞きたくないか…」
「そ、そんなことないです!」
「じゃあ、顔上げててくれる?」
「もちろんです!」

素直な彼女は顔を上げて俺を見つめる。
…うん、素直なところは彼女の美点だと思うけど、こんなに聞きわけがいいとある意味心配である。

「俺はね名字さんが起こすアクシデントより、
正直今の名字さんみたいにそれを気にして落ち込まれる方が困る」
「えっ…今現在進行形で私は先輩を困らせているということですか!」
「うん、そうなるね」
「そ、それは申し訳ないです!えっと、どうすれば…元気になればいですか!?」
「…うん、まあ、そうだね」

意外と彼女は切り替えが早いらしい。
彼女は両手で拳を握る。

「赤葦先輩!」
「うん?戦いにでも行くの?」
「違います!私元気です!」
「…うん、それなら良かった」

俺はつい漏れる笑いを隠すことはしなかった。

「それにね、名字さん」
「は、はい?」
「俺は申し訳ないって思われるより、さっきみたいにありがとうって言ってくれた方が嬉しいよ」

落ち込んだ顔をされて謝るくらいなら、ありがとうって言われる方がいい。

「…赤葦先輩、探しに来てくれてありがとうございました」
「どういたしまして」

彼女は落ち着いた顔つきになってきたのを見て、俺は内心胸をなでおろす。

「…先輩」
「うん?」
「私わざとはぐれたかもしれないです」
「…え?」
「私lineで気にせず楽しんでくださいって言ったけど、本当は先輩に探しに来てほしかったんです」
「…」
「ちゃんと頑張れば、たぶん付いて行けたんです。
でも、心のどこかで先輩なら、はぐれたら一番に探しに来てくれるって確信があったと思うんです。
……私がはぐれちゃったのは…赤葦先輩と二人きりになりたかったからなのかもしれません」

薄暗い中で彼女はいつもより静かな声でそう告げる。
心なしかその声は落ち着いているようで、震えているようだった。
彼女の横顔はどこかほんのり、赤いのに表情は静かで穏やかだった。

「…じゃあ、二人きりで回ろう」
「…いいんですか?」

こちらを見上げる瞳には期待と喜び。
俺はそんな瞳に応えるようにほんの少しだけ口角を上げる。

「だって、そもそもそのつもりだったから」

彼女の顔が真っ赤になって大きく目を見開く。
…こっちの方が、いつもの彼女らしいな。



「赤葦どこ行ってたんだよー」
「あ、名字見つかったんだ。大丈夫だった?」
「うん、ごめんね。だいじょうぶ」

彼女と尾長が話す横で、木兎さんはゲームの結果を聞いても居ないのにぺらぺらと話す。

「猿強過ぎ!お前何者!」
「俺わなげ昔から得意なんだよね〜」

「ね、花火どこで見る?」
「花火何時からだっけ?」
「八時半!」
「うーん、あと二十分くらいかーじゃあ、やきそばとからあげとアメリカンドック買わなきゃ〜」
「…そんな買ってどうする気」
「え〜?花火見ながら食べるにきまってるじゃん。あ、あとたこやきも欲しいかも」

「鷲尾、花火かどこがいいんだっけ?」
「何か神社の横の河原がいいらしい」
「小見見えるか?」
「お前、木葉バカにすんな!」

わいわい、とにぎやかな会話を聞きつつ俺はタイミングを計っていた。

「じゃあ、私たち買ってから行くよ」
「俺もついてく」
「わあ、頼もしい〜」

マネージャー二人はやきそばとからあげと…なんだっけ…を買いに行くらしい。
そこで猿杙さんが付き添うことになった。
あの人基本紳士だからな…。

「なら、俺達はさきに場所取りでもしとくか!」
「そだなー木兎かき氷零すなよー」
「そういう小見もソース口に付いてるから」
「木葉は食べ方が意外と丁寧」
「おい、鷲尾それどういう意味」

ぞろぞろ歩き出した先輩たちに俺は声をかける。

「すみません。俺たちここで失礼します」

俺は尾長と話している彼女の手を取る。
彼女は間抜けな…気が抜けたような声を出して、ぽかんと俺を見上げる。

にぎやかに話していた先輩たちが口を止めて俺を見る。

「…赤葦大胆」
「さすがだぜ」
「えー?なんでだよ!せっかくだから最後まで一緒に楽しもうぜ!」

ぶぅーと頬を膨らます木兎さん。
そんな木兎さんを木葉さんと小見さんが肩を組んで宥める。

「名字さん」
「は、はい!」
「行こう」

まだ状況を掴めていないだろう彼女の手を引っ張って俺は人ごみに紛れるように
歩き出す。

(赤葦にはいつも木兎の子守をしてもらっているから今日くらいは…青春しろよ)
(はぁ…いいな。俺も甘酸っぱい雰囲気で夏祭りを満喫したかった)
(名字と赤葦さんってどんな繋がりなんだろう)
(赤葦…楽しんでこい)

「え、ちょ、赤葦?
って、なに?え、なんでそんな優しい目で赤葦のこと見て…って、おい、なんだその俺を見る目は!?」



「赤葦先輩、あの」
「言ったでしょ。二人きりで回ろうって」
「いや、でも、あのタイミングだとは思わなかったって言うか…というか、その、えっと…」

彼女のちらちら、と繋がれている手に視線を落とす。
誰から見ても真っ赤だと分かる顔は可愛らしいと思った。

「…花火見たい?お腹すいた?」
「…あ、あの…」
「うん?」

俺は丁度人ごみを終えて屋台の裏へと出た。
ここなら屋台も河原も近い。

彼女は言いにくそうにまた顔が俯き加減になっていた。
俺はもうだいたい彼女の扱いが分かってきた。

「俺は素直に言ってくれた方が助かるよ」
「…じ、実は私花火苦手なんです!」


「お兄ちゃん!…おにいちゃん……」

小学生の頃初めて親なしで行った夏祭り。
お兄ちゃんは私の手を引いて歩いてくれていたけど、友だちを見つけると一目散に走って行ってしまった。

たくさん居る人、知らない人ばかり、知らない人のいっぱいの話し声、
私より大きい人ばかりで私は全然知らない所に投げ出されたような錯覚に陥った。

明るくてにぎやかな楽しいお祭りのはずなのに、私はその光景が怖かった。

「…」

ここに私の知っている人はいない。知らない人しかいない。
その事実が幼い私には異常に恐怖だった。

私はその空間から逃げるように人ごみをすり抜けて目的地も決めないままとにかく進んだ。



「…どこ?」

さっきとは対照的にまっくらなところに出た。
歩いている内に方向感覚が鈍ってしまったようだった。

誰も居ない、暗い、静かな場所。

「…つかれた」

私はお兄ちゃんが祭りに来て最初に買ってくれたりんご飴に齧りついた。
…硬い。私は諦めて舐めることにした。

何故か自然とその空間を怖いと思うことはなかった。
しばらく飴に夢中でどれくらい時間経った分からないが、急にアナウンスが流れ初めてにぎやかな音が聞こえ始める。

「花火!花火!」
「はいはい、分かったから。暗いから気をつけてね」

「まじで暗いんだけど何で?」
「花火始まる少し前になったら街灯つくよ」
「…省エネ的な?」
「うん、ここの河原花火のとき以外はめったに人集まらないから」

河原だと気付かずに座っていた私の周りに人が集まり始める。
そして街灯がつき、にぎやかな空間が再び私を襲う。

「…」

誰でも知らない人たちが楽しそうに笑う。
私は一人なのに。
すごく寂しい気持ちになって私は泣きそうになる。

そして、その気持ちを我慢している内に唐突に大きな音が上空でした。
そんな音に比例するように周りのざわめきが大きくなる。

夜空に舞う鮮やかな夜の花。
私の顔にもその光が落ちる。

「………」

ぽろぽろと涙が勝手に目から零れ落ちる。
楽しみにしていた花火、お兄ちゃんと一緒に見たかった花火。
初めてお母さんと居なかった夏祭りは冒険のようでわくわくしていて楽しみだった。
なのに、お兄ちゃんとはぐれて一人で見ることになってしまった花火。
周りは家族、恋人、友だち、とても楽しそうなのに私だけ一人。

この空間で私は一人ぽっち。

うわーんうわーん。
声を上げて泣きたかった。
でも何故か意地になって絶対に声を上げてやるもんか。と思った。
だって、一人でも平気だと強がっていたから。
本当はお兄ちゃんと見たかった癖に、そうだと認めるのが、一人で見るのが寂しいと嫌だったと認めるのが
子どもみたいで嫌で私はただ食べかけのりんご飴を持って静かに泣いていた。



「その後お兄ちゃんが見つけてくれたんですけど、私結局疲れて寝ちゃって花火一緒に見れなくて…。
花火見ると、何か、その小さい頃の苦い思い出って言うか、トラウマって言うか…を思い出すから、あんまり得意じゃなくで…」

私と赤葦先輩は休憩所の横にあるベンチでたこ焼きを食べながら、行き交う人々を眺めていた。

「…そっか。名字さんは小さい頃からはぐれやすいんだね」
「違います!あれはお兄ちゃんが手を離すから…!」

思わずムッとして主張すると、先輩はおかしそうに笑う。

「うん、お兄さんが悪いね」
「……」
「名字さん?」
「…ちょっと今の先輩意地悪だった気がします」

私を宥めるように言った言葉に私は唇を尖らせる。
不思議そうに首を傾げる先輩は可愛いけど、私の唇は尖ったままだ。

「…バレた?」

先輩はくすり、と意地悪く微笑んで私を見下ろす。
私は先輩の切れ長の目が優しくでも意地悪そうに細まるのを見て、心臓がぎゅうっと縮こまった。

「……名字さん?」
「な、なな何でもないです!」

先輩から視線を逸らしてたこ焼きを一つ丸ごと口に放り込む。

「んっ!?…んー!」

予想外のたこ焼きの熱さで私は口から出しそうになる。
それは嫌だ。赤葦先輩の前でそれだけは嫌だ!

じたばたしたくなるのを我慢する。じたばたしたら、膝の上のたこ焼きが落ちてしまう。
必死に手で口を押さえて熱さに耐える。
うう、熱い。視界に涙がにじむ。

「ちょ、ちゃんとふうふうしてから食べてって最初に…ほら、はいお茶」
「!」

それ先輩のお茶です。間接キスです。申し訳ないです!
ぶんぶん首を横に振っても先輩は眉を少し上げるだけで、許してはくれない。
というか、先輩さましてじゃないんですね。ふうふうなんですね。とっても可愛らしいです。
胸キュンです。

「いいから、早くお茶飲んで」
「…ひょれ」

それはかんせ

「いいから飲む」
「…ひゃい」

熱いものを口に入れているというのに、先輩は容赦なく頬を抓ってきた。
私は先輩からお茶を受け取って遠慮なく頂くことにした。
ああ、木葉さんだったか小見さんだったか…赤葦先輩はSの素質があるかもしれません。


「ふう…ありがとうございます」
「うん、…名字さんは落ち着いて行動しようね」
「あ!それはいっつも通知表に先生が書いてました!」
「…だろうね」
「…否定してくれないんですね」
「うん」
「…やっぱり、今日の先輩意地悪」

私はペットボトルのふたを閉めながら、拗ねるように言った。

「そう?…だって事実だしね」
「…ひ、ひていできない」
「自分で分かってるじゃん」

先輩がくすくすと笑う。
最近先輩がよく笑ってくれる。
大口を開けて笑うわけではないけど、少しだけ口角を上げて笑う姿が私は好きだと感じた。

でも大口で笑う先輩を見てみたい気もする…。



「…ね、名字さん。
意地悪な先輩の言うこと一つ聞いてくれる?」

言葉に対してとても優しい目で見下ろす先輩に私は首を傾げた。



私より大きい先輩に右手を引かれながら私たちは街灯だけが頼りの暗い道を進んでいく。

「…先輩どこ行くんですか?」
「…内緒」

先輩は振り返ってくれない。
私はついそれが寂しくて握られている手に少しだけ力を込めた。

ぎゅー…ぎゅ、ぎゅ

ぎゅー…ぎゅ、ぎゅ

私は頬が熱くなって胸のあたりがくすぐったくなった。
もう一度手に力を入れる。すると、先輩がぎゅ、ぎゅ、と必ず二回反応するように握り返してくれる。

私はそのやり取りが嬉しくて何度も繰り返した。

「…ヘヘ」

無意識に笑ってしまったことに気付いたのは私ではなく先輩だった。

「…楽しい?これ」
「えっ」

先輩は後ろ振り返って、またぎゅ、ぎゅ、と私の手を握り返す。
先輩の笑みに私は恥ずかしくなった。

「…子どもっぽいですかね」

拗ねて唇を尖らせてしまう。
この癖自体が子どもっぽいと分かっているのだが、中々直せない。

でも、そんな私に先輩はくすり、と笑って首を横に振った。

「ううん、…ただ可愛いって思っただけ」
「へあっ?!」
「あと、少しで着くから。足元気をつけて付いてきてね」
「え、あ、はい」

スッとすぐに無表情に戻った先輩はまた前を向いて歩き出した。
…先輩切り替え早い。

ちょっと物足りないと思いながらも私は転ばないように気をつけて歩いた。



「ここは?」
「…小さいときに見つけた。特等席って奴かな」

懐かしい。
そう思いながら、少しだけ汚れたベンチのほこりを軽く手で払う。

この少しだけ丘がある公園。
その公園の中でちょっと行くのを躊躇ってしまうような、木で出来たトンネルを抜けると
そこには小さなスペースがあって、ちょこんとベンチがある。

ここが一番丘で高い場所。

「特等席?」
「うん」

俺がベンチに座ると彼女も俺みたいにほこりを払って座る。

「…怖くない?」
「え?」
「ここ、街灯一つしかないから…しかも消えかけてるし」

ベンチに右横にある街灯。
しばらく整備がされていないのか、灯りが頼りなく弱弱しい。

「…大丈夫です。私不思議と暗い所意外と平気なんです。
それに…」

薄暗い中で彼女の頬が薄ら赤くなる。
と、同時に繋がっている手に彼女がさっきのようにぎゅー、と力を込めてきた。

「…赤葦先輩と一緒だし」

恥ずかしそうに目を伏せて言う彼女を俺は抱きしめたいと直感でそう思った。

「…そっか。なら良かった」

その気持ちを我慢して俺もさっきと同じようにぎゅ、ぎゅ、と彼女の手を握り返した。
彼女はこれが好きなようで頬を緩めて少しだけ笑っていた。

…可愛いな。

その刹那、大きな音がした。
空気を振動させる、大きな大きな音が。

「…あ、はなび…」

見上げる空にはたくさんの花火が打ち上げられていく。

小さい頃見つけた俺の特等席。
ここには滅多に人がないし、ここだけ場所が開けていて空を見るにはとても良い場所だ。

「……」

花火を見上げていた彼女の横顔が少しだけ寂しいものに変わっていく気がした。

「…名字さん」
「は、はい?」
「俺と見ても寂しい?」
「え…」

俺と彼女の顔を照らす花火。
驚いた顔で俺を見る彼女。
俺はそんな彼女をじっと見つめる。

「…寂しいと言うより、ドキドキします」
「…どきどき?」
「はい、花火よりも先輩と繋いでいる手の方に意識が…いっちゃって…」
「…」

予想外だ。
俺は彼女に花火を楽しんでもらいたかった。
彼女の素直な感想が聞いて嫌だと思っていない、むしろ嬉しい。
だが、俺の目的から大きく外れてしまった。

彼女が寂しくなければいい話なのだが。

俺は試しに握っている手を離してみることにした。

「え…」
「え、あ、いや、名字さんちが」

離した途端に、ふにゃと泣きそうな顔…あ、いや、ちょっと待って…!

「…っ」
「名字さん違う。えっと、これは」

やばい。泣かした。
ぽろぽろと彼女の目から涙がこぼれる。

俺はバックからタオルを出して拭けばいいものを、動揺し過ぎて指で彼女の涙をぬぐっていた。

「名字さんと手を繋ぐのが嫌なんじゃなくて、手を離せば花火に集中できるかなって思って」
「…う、はなび?」
「うん、元々好きだったんでしょ?」

彼女はこくん、と頷く。

「俺と、一緒に見たら平気かなって、寂しくないかなって思ったから…ここに連れてきてた」

恥ずかしいことを言っている。
まるで自惚れているようなセリフだ。

頬が熱い。心臓がいつもより早く脈を打つ。

…俺は彼女の涙を見て動揺しているんだ。

「…寂しくない、です。赤葦先輩と一緒なら、だいじょうぶです。でも」
「う、うん」
「できたら、手を繋いで欲しいです。次はちゃんと花火も先輩にも集中しますから」

彼女は俺を見上げる。濡れた瞳を細めて悪戯っぽい笑みを浮かべて。
俺の心臓が今日で一番強く脈を打った瞬間だった。

可愛いと思ってはいたけれど…ああ、やばいな。
これはかなり本気の奴かもしれない。

そんな高校二年の夏祭りが、終わりを迎えようとしていた。


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