1
「なぁ、角名って幼馴染おる?」
好奇心に目を輝かせて銀は聞いて来た。おそらくこの場で訊かれている幼馴染は「女の子の幼馴染」を指しているのだろう。俺はどんな夢を抱いているのだろうかと思いながら、頷いた。そう言えば、最近幼馴染がコンセプトのドラマやっていたような気がする。なんだっけ、少女漫画の実写化だったかな。
「お、男の幼馴染やないで、女の子の」
「いるよ、女の子の幼馴染」
「……!
どんなん!?」
「いや、普通だけど」
「家に遊びに来たり、朝起こしに来てくれたりするん!?」
「家には遊びに来るけど、朝起こしてもらったことはない」
「……」
「マジか。現実にあるんか。え、昔の話とかやなくて?」
治まで会話に参加してきた。意外なメンツに驚きながら、俺は「今も」と返す。そろそろ体育館へ行かないと、北さんに怒られる。俺は盛り上げる銀と治の隙をついて、部室から抜け出した。
自分の内側ってどんな感じだろう。お医者さんが聴診器をあてて、胸の音を聞いて判断する。あんなことで身体の内側が分かるなんてすごいなぁ。きっと詳しいことはもっとちゃんとした知識や検査が必要なんだろうけど。角名くんは私の内側をよく知っている。知識がたくさんあるのかなぁ。それとも、経験がたくさんあるから?それとも天性の才能だったりして。そんなどうでもいいことを考えていたら、一日の終わりに近づいて行った。
「名字」
「あ、角名くん」
「悪いけど、これ提出しといて」
「うん、分かった」
隣の席の角名くんはときどき私にこうやって物事を頼む。提出のノートを私に預けて、角名くんは体育館へ今日も急ぐ。その背中を見ながら、口の中で「角名くん」と転がした。意外と馴染むものだ。
「名前?ノート貰っていい?」
「あ、うん、お願い」
係の女の子に私と、角名くんのノートを合わせて渡した。その子は笑顔で受け取って、私の耳にこそっと口を近づけた。なんだろう。小さな声が耳をくすぐる。
「角名くんって名前のこと好きなのかな」
「えー、なんで?」
「だって、名前によく頼むでしょ。こないだもノート貸してたし」
「隣の席だからじゃないかなぁ」
「ええ、絶対名前だからだよ」
「きっと頼みやすいんだよ」
私の答えにその子は「えー」と不満げに唇を尖らせた。苦笑いをして私は鞄を肩にかけて、逃げるように教室をあとにする。もう一度「角名くん」と口の中で転がした。欠けた飴玉をなめているみたい。ざりざりとして、少しだけ痛い。変な感じがする。甘いけど、変な感じ。早く全部溶かしてしまいたくなって、私は家へと急いだ。
「あれ、名前来てたの」
「うん」
タオルで髪を拭きながら現れた幼馴染は座布団に座る私を見て、少しだけ目を見開いた。私の前へ座って、頭を突き出してきた。拭いてほしい、らしい。少しだけ冷たいタオルで、なるべく優しく髪の水分をとる。
「ねえ」
「なぁに」
「呼んで。今日まだ一回も呼ばれてない」
「……」
タオルの下から読めない目が私を見上げる。膝立ちしないと、幼馴染の頭は拭けない。おねだりの割にはふてぶてしい。でも、そういうところが好きだった。
「倫ちゃん」
「名前」
「りんちゃん」
「なに、どうしたの」
「ちゅーしてよ、りんちゃん」
名前を呼ぶたびに、口の中が甘ったるい。まあるい、舌触りがいい飴玉が口の中で溢れていくみたい、と思った。りんちゃんは私の首筋に手を伸ばして、引き寄せた。自分から動く気はないらしい。冷たいタオルが落ちて、りんちゃんのシャンプーの匂いがした。いい匂いだった。ちょっとだけ水っぽい唇が触れて、すぐにりんちゃんの舌が私の口の中へ入って来た。自分から絡ませに行くと、りんちゃんが私を抱え直した。胡坐の上で抱っこされながら、りんちゃんの舌だけを感じていた。
唇と唇が重なるんじゃなくて、覆いかぶさる形になると、唇にも感覚とか、神経があるんだなぁといつも思う。たまにもごもごと、りんちゃんの唇が動いて私の唇が歪む。口の中の舌も変な風になって苦しい。りんちゃんは全体的に器用だ。りんちゃんの舌先で、口で私はこんなにも苦しくて、もどかしい気持ちにされてるのに、りんちゃんは手を好きに動かして私の服を脱がしにかかっていた。シャツを脱がされるときだけ、唇が離れた。ぼさぼさになった髪を整える間もないまま、りんちゃんは唇を押し付けて来た。
「あ、風呂上り?」
「え、うん……んっ」
「ブラしてないのって、エロいよね」
「……」
親父くさい。思ったけど、言わなかった。キャミソール越しに、胸をもまれて変な声が出そうになった。りんちゃんはちょっとだけ楽しそうに口角を上げていた。キャミソールを捲り上げられて、りんちゃんの手が私の腰に添えられる。自然とりんちゃんの腰を挟んで膝立ちになった。声が出そうになる。胸の先をりんちゃんの唇で触れられるのはいつまで経っても苦手だった。生温かい舌が好き勝手に触れる癖に、腰が酷く疼いた。逃げ腰になっても、「ダメだよ」って言うみたいにりんちゃんの大きな手が引き寄せる。結局私はりんちゃんの頭を抱き込む形でしか快感に耐える術はなかった。
「ひっ、んんっ」
あの薄い唇に挟まれたり、吸われたりしているのだと思うと、嫌でもお腹の奥がきゅん、とする。りんちゃんの髪が、毛先が胸に触れてくすぐったい。生乾きな髪は少し冷たい。なんか、不思議。初めてじゃないのに、りんちゃんの頭を胸に抱えるたびにすごい愛しいって気持ちが溢れてくる。うわあ、恥ずかしいこと考えてる。ぐりぐりとりんちゃんの頭におでこを押し付けた。ちゅう、と音を立てて、りんちゃんの唇が離れた。
「なに。痛いんだけど」
「な、何でもない」
白を切る私にりんちゃんは「ふぅん」と素っ気ない返事をひとつ。りんちゃんは私を抱えて、ベッドの上に押し倒した。じんじんとしている胸元を隠して身体を小さくする私なんてお構いないしだった。
「り、りんちゃん」
「汚れる前に脱がした方がいいでしょ、パンツ」
「……そうだけど」
なんだろう。りんちゃんって背も高いし、顔は……まあ、人それぞれの好みとかあるけど、私にとっては大好きな顔で、運動だって勉強だって超出来ないとかじゃないのに。なんか、少女漫画に居たら、やる気ない所もかっこよく見えてモテそうなのに。なんか、……なんか、どこかズレてる気がする。そんなことを考えていると、視線を感じて顔を上げる。そこには何処か機嫌を悪くしたりんちゃんの顔があった。いやなよかん。
「……りんちゃん」
「明日の体育頑張って」
「え、でもりんちゃんぶか」
「朝練ないから」
「!」
「りんちゃ…り、ん…ん、やっ」
「……ちゃんと俺の名前呼んでよ、名前」
「よ、よべなっ、いっ」
顔を真っ赤にして俺に揺さぶられる名前は何度見ても興奮する。無理、と顔を横にふる彼女の追いかけて、耳元でしつこいぐらい「ほら、名前呼んで」と言えば、いじらしい彼女は何度も何度も俺を名前を呼ぼうとして、失敗する。かわいい。彼女と俺は幼馴染で、生まれた頃から一緒で互いに恥ずかしいことまで知っていると思う。小学生、中学生、高校からできた友達よりは、知っている。さすが親とかには敵わないかもしれないけど。でも、こうやって俺の名前を必死に呼ぶ顔とか、表情とかは俺しか知らない。
俺以外に知ってたら、多分俺発狂する。無理。耐えられない。約十六年?くらい?一緒に居たのに、こんなエロくて可愛い顔するとか、最近知ったし。まだまだ互いに知らないことだらけ。きっと大きくなってどんなお酒が好きとか、服装の好みとか、そういうのも変わっていくから、知らないことだらけ。俺は全部知りたいって思う。名前も同じだったら、いい。
「名前」
「りんちゃん、…りんちゃ」
「ん」
まともに俺の名前を呼べると、「呼べたよ、りんちゃん。ねえ、りんちゃん、見てた?」って彼女の目が甘ったるく細くなる。その瞬間、俺の身体は面白いぐらい素直になって、彼女の中で果ててしまう。余韻に浸って、腰を奥へ奥へと押し付けると彼女の腰が震えて、「り、んっ」って変な呼び方をされた。彼女も果てたらしい。彼女の中から抜けば、彼女は身体を震わせて喉を鳴らした。全身が真っ赤で、息絶え絶え。かわいそう。かわいい。なんか名前とセックスすると、IQがめっちゃ下がってく気がする。
まともに動けない彼女の身体を綺麗にして、風邪をひかないように服を着せる。こりゃあ、本当に体育しんどいだろうな。赤みが引いた頬を撫でれば、彼女の穏やかな寝息が返って来た。俺も寝よう。抱き枕よろしく彼女のことを抱き込んで、俺は彼女の髪に顔を埋めた。
「ん…」
うるさいスマホのアラームを止めて、顔を上げる。カーテンからもれる朝日が目に痛い。背中に温かいぬくもりを感じて、振り向くとすやすやと眠りこける幼馴染兼恋人の名前の姿があった。おかしいな。抱きしめて寝ても、起きるとだいたい俺か彼女か、どっちが背中向けちゃうんだよな。まあ、いいか。俺は彼女の頭を撫でて起こしてみる。名前って、名前を呼んでみる。
「朝だよ、起きろー……遅刻するぞ」
「……」
「おーい」
やっぱり起きない。肩を大きく揺すると、彼女のまつ毛が震えた。俺は昨日の銀を思い出しながら、口を開く。
「名前を起こすことはあっても、俺が起こされることってないよね」
「ん、ん?なに?」
「こっちの話。早く起きて部屋戻りなって。家の人心配する」
「う、……ん」
「寝るな、こら」
今度銀に言ってみようか。幼馴染に朝起こしてもらったことはないけど、俺が起こしてるよって。……少しだけ想像して、やめた。きっと面倒なことになるだろうから。
prev もどる next