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俺が面倒ごとを気にしない性格とか、あんまり腰が重くない感じなら、堂々と名前のことを名前って呼んでたのかな。俺と彼女が幼馴染と知っている人はあまり多くない。俺も彼女もそんなことを大っぴらに言う性格じゃないし、年頃の高校生って色恋にやけに敏感だし。いや、他人の色恋に敏感なのは年代問わずかな。人によるのかも……じゃなきゃ、ワイドナショーがあんなに他人の色恋を取り上げないだろうに。確かに影響力がどうのこうのってあるけど、結局自分のことなんだから自分で決めればいいのに。変なの。
「名字」
「あ、角名くん。これ昨日のノートさっき返って来たよ」
「うん、ありがとう」
内心ではそんな風に思うのに、俺は今日も彼女の名前を呼べない。学校は嫌いじゃないけど……、こういうときはなんか嫌だ。初めに彼女への呼び方を変えたのは俺の方だった。彼女は驚いた顔したけど、すぐに角名くんって俺を呼んだ。変な感じがした。口の中に口内炎出来たみたいに落ち着かなくて、その日俺はすぐに彼女の部屋へ足を運んだ。名前って呼ぶために、変な誤解を生まないために、だってこんなことで俺たちの今までをなくしたくない。
「名前」
「わ、びっくりした。ノックして欲しいよ、りんちゃ」
「ん」
りんちゃん。彼女しか呼ばない、俺の名前。彼女にしか呼んで欲しくない。りんちゃんって呼ぶ唇が、好きだった。名前が好きだった。誰にも渡したくない。一番傍で見てきた、大切にしてきた、俺を大切にしてくれた女の子。たった一人の、女の子。奪った唇は少ししっとりして、柔らかかった。ふざけて子どもの頃にしたちゅーとは違う。キスだ。これはキス。すっかり小さくなった彼女は俺の腕の中に簡単に収まった。彼女はびっくりした顔をして、俺を見上げた。
「あの、りんちゃん」
「名前は俺の事どう思ってる?」
「ええ……それって、その、……男の人として、ってこと?」
「うん」
戸惑う彼女の言葉に俺は速攻で頷いた。彼女は赤い顔をして俺のシャツを引っ張った。小さい頃からの癖だった。もじもじして恥ずかしがって、手持ち無沙汰になったときの、彼女の癖だった。俺は彼女の目から視線を逸らさなかった。
「……大切な幼馴染だけど、……男の人って、意識もしてる」
「俺も」
「りんちゃんも?」
「名前のこと、女って意識してる」
「な、なまなましい……女の子って言ってよ」
「何でもいいよ、名前が俺のになるなら」
「りん、ちゃ」
改めて知ってしまった彼女の唇の虜になった俺はその日ずっと彼女の唇を塞いでいた。顔を真っ赤にした彼女に「りんちゃんってキス魔だったの。知らなかった」なんて言われてしまった。俺だって知らなかったよ、キスってこんなに気持ちいいんだとか、彼女の舌の温かさとか、小ささとか全部、知らなかったよ。
なんで応援しただけなのに、スポーツ観戦した後って疲れた気分になるんだろう。不思議。体育館を後にして、私はもやもやと腹の底から湧いてくる苛立ちをどう消化しようか悩んでいた。なんで、応援するとき呼ぶ名前って名字じゃダメなんだろう。角名でも、いいと思う。知らない人たちがりんたろーって呼ぶの、見るのも聞くのも好きじゃない。小さい頃から好きじゃなかった。意地でも私は「りんたろう」なんて呼ばない。「りんちゃん」なんて子ども染みた呼び方をしているのはわざとだ。だーれも、呼ばないような呼び方にしている。ふざけて呼ぶ人が居るかもしれないけど、りんちゃんが許さないと思う。……たぶん。
そう考えると、本当に小さな頃からりんちゃんは私の特別だった。異性として、りんちゃんを意識したのは中学生ぐらいだった。単純に身体の変化が嫌でも、私とりんちゃんの違いを教えてくれた。月に一度分かりやすいぐらい体調を崩す私に過保護になったりんちゃん。食べる量が増えたりんちゃん。どんどん見上げないとりんちゃんと目が合わなくなった。大きくなって、バレーに打ち込んで、知らないりんちゃんが増えて行くのが怖かった。でも、バレーという領域に足を踏み入れる気はなかった。りんちゃんと同じ気持ちで向き合えない気がした。
結局私はりんちゃんが好きなんであって、バレーはさして興味なかった。ただバレーをしてるりんちゃんは好きだった。それだけだ。
「名前」
「あれ、りんちゃん」
ジャージ姿で私を呼び止めたりんちゃんは少しだけ疲れた顔をしていた。あれだけ動けば当然だ。今日は本当はデートの日だった。急遽入った練習試合のために、ダメになったのだ。
「今日現地解散だから、このままデート行こ」
「……ううん、お家帰ろう」
「気を遣わなくていい」
「使ってない。早く二人っきりになりたいの」
恥ずかしいこと、だけど。りんちゃんは笑ったりしないから、……たぶん。りんちゃんは私の手を取ると、「分かった。ありがとう」って言って歩き出した。別に本当に気使ってないのに。
「ねえ、なんかないの」
「なんかって」
「えーなんかワガママないの。俺の都合ばっかに合わせてるでしょ」
「……じゃあ」
「え、あるの」
「え、だめなの」
りんちゃんの部屋のベッドで二人でごろごろしていた。身長差はない。りんちゃんは「冗談」って笑う。私はちょっとムッとした。ごめんごめんって。りんちゃんは私を抱き締めて、背中をぽんぽんと叩いた。赤ちゃんじゃないんだけどな。
「で、ワガママなに」
「うん」
「難しい?」
「分かんない。あのさ、りんちゃん」
「なに」
「りんちゃんのこと、私以外にりんちゃんって呼んで欲しくない。だから、もし呼ばれそうになったら、絶対阻止して……ください」
りんちゃんのぼけっとした目が大きくなって、白い頬が少しだけ赤くなった。りんちゃんの顔が近づいて来た。
「なにそれ。可愛すぎ。」
パズルがはまるみたいに、合わさる唇が好き。ちゅう、って重なって離れてを繰り返す、子どもみたいなキスは珍しい。りんちゃんはすぐに舌をいれてくるから、私も好きだけど。
「名前ってさ、バレーきらい?」
「ええ、急になに」
「いや、試合に応援に来てくれたあと、いつも不満そうな顔して帰るじゃん。試合中も眉間に皺よってるし」
「気付いてたの」
りんちゃんの腕枕に甘えてたけど、身体を起こしてりんちゃんを見下ろした。りんちゃんは「試合中は本当にたまにしか見ないけど」って言いながら、大きな手で私の頬を触れた。りんちゃんの胸板に耳を寄せて、少しだけ目を瞑る。耳に神経を集中させた。ちょっとだけ、早い心臓の音が聞こえた。
「名前なにしてんの」
りんちゃんの手が私の髪をくしゃくしゃって撫でる。
「りんちゃん、私嫉妬深いの知ってた?」
「……バレーに嫉妬してんの?」
「ううん。バレーじゃなくて、応援してる人」
「?」
「りんたろうって、呼んで応援してる人に嫉妬してるの」
頭の上に乗ったりんちゃんの手から逃げるように、私は顔を背けた。とくんとくん、と穏やかな心臓の音と対照的に私の心臓の音は早くなって苦しそう。りんちゃんも私もあんまり感情の起伏が激しい方じゃない。いや、激しくなるときもあるけど、……りんちゃんはいつも年齢よりも冷めてるところがあるから、二人でぶつかることはあまりなかった。もういいやって、りんちゃんが先に匙を投げることが多い。りんちゃんは面倒が好きじゃない。りんちゃんに面倒な、この感情を知られて、面倒だなってりんちゃんに思われたくないな。
「なんだ。そんなこと」
「そんなこと……」
「そんなことだよ、嫉妬深い名前ちゃん」
思わず振り向けばりんちゃんは楽しそうに笑っていた。両手で私の頬を挟んで、からかうような声を出して目を細めた。
「俺はね、名前がバレー嫌いだったらどうしようって思った」
「嫌いって言ったら、どうしたの」
「どうもしないけど、凹む。やっぱり、好きな子には自分のこと応援して欲しいじゃん」
「バレーって言うより、バレーしてるりんちゃんは好きだよ。かっこいい」
「……」
「うわ」
急にりんちゃんが真顔になって私の腕を引くから、りんちゃんに倒れ込む形になった。ぎゅうううって、痛いくらい抱き締められる。
「名前」
「な、なに」
「好き。しよ」
「だめ。疲れてるでしょ、それに明日も朝練あるって言ってた」
「……」
不満そうなりんちゃんの頭を撫でて慰めてみたけど、その日はそのまま不貞寝されてしまった。仕方ないので、私もりんちゃんの腕に潜り込んで寝ることにした……のに、りんちゃんの手がおしりを撫で始める。
「や、やだ、りんちゃん」
「名前寝るんだから、静かにして」
「……や、やだ、りんちゃん変な気分になる、から」
「なっていいよ」
「やだってば。りんちゃんが最後までしてくれないのに、やだ」
中途半端な熱が一番辛いんだよ、りんちゃんのばか。少しだけ泣きそうな声を出したら、りんちゃんの喉がごくって動いた。あ、やばい。
「りんちゃ」
「最後までしてあげるから、安心して」
「ま」
「角名、動き悪いで」
「スミマセン」
「どうしたん、角名。調子悪いんか?」
「あ、銀……いや、昨日ちょっと試合の後運動し過ぎて」
「自主練しとったんか!熱いな!」
「え、うん、まあ、そんな感じ」
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