チームメイト面談
俺は注文したカフェラテを受け取って、席を取っていてくれた海の元へ急いだ。普段はあんまり行かないコーヒーショップに、海と二人で勉強のために寄った。いつもなら、黒尾もいて三人とかだけど、今日は用事があると黒尾は来なかった。慎重にカフェラテをテーブルの上へ置くと、海が「じゃあ、俺も」と飲み物を買いに行くので、頷く。隣のテーブルに女子高生が二人いて、俺がソファ側へ座ろうとすると荷物を避けてくれた。頭を下げると、女子高生もぺこっと頭を下げてきた。
「名前さ、内部進学だよね?」
「そうだよ」
「じゃあ、来月旅行行こ」
「いいよ」
「わーい。
教室だと遊ぶ話とか出来ないじゃん。外部受験の子もいるし」
「そうだねぇ。でも仕方ないよ」
「あー、名前の彼氏も受験で忙しい感じだっけ?」
「うーん、受験と部活で忙しいって感じみたい」
「そうなんだ。青春だねえ」
「ねえ」
俺はバックからノートや筆箱を取り出して、内心思わず舌を出してしまった。単純に勉強しなくていい、という事情が羨ましいのだ。俺たちは名前ちゃんの彼氏さんと同じッスよ。全然知らない女子高生に悪態をついて、俺はその彼氏に同情した。部活と受験を両立してしいくことは決して楽なことではない。体力的にも精神的にも、たまにどうしようもなく追い込まれることがある。目の前のことに集中したいのに、将来のことが不安になって、眠れなくなる日だってあるのに、それを「青春」という一言で片づけられるには薄っぺらい。旅行に誘った友達は画面が明るくなったスマホを見て、嬉しそうに笑みを浮かべた。それにつられるように、名前ちゃんとやらも嬉しそうに、にこにこと笑う。
「彼氏来たって?」
「うん。
名前付き合ってくれて、ありがとう。名前の彼氏も、すぐ来そう?」
「今さっき駅に着いたって、メール来た」
「丁度いい感じだね。じゃあ、またね」
「うん」
パタパタと慌ただしくお店を出て行く友達を見送った名前ちゃんはスクールバッグから、ノートと教科書を取り出して勉強をし始めた。彼氏がここに来る感じか。俺と、同じ状況の彼氏めっちゃ気になる。すっかり勉強のことを忘れていると、全然勉強が進んでない俺を見て、コーヒーを買ってきた海が不思議そうに首を傾げた。俺は海に耳打ちをすると、海から何とも言えない視線で見られた。仕方ないだろ、気になるもんは気になる。でも、十五分経っても、彼氏が現れない。俺は苦手科目を海に教えてもらっていたら、すっかり隣の女子高生のことは頭から抜け落ちていた。
「名前」
「あ!きた!」
「悪い、遅くなった」
「ううん」
「ココア冷めてんじゃん」
「元々友達と来てたから」
「何飲む?ついでに買って来る」
「えーいいよ、無理」
「無理とは?名前さん」
「バイトしてない黒尾くんに奢られるのは気が引ける。
てか、一緒に買いに行きたい」
「女子かよ」
「くろこ、行こ」
「しょうがないわねぇ」
俺と海は目を合わせて、動けなくなった。聞き覚えのある声に、名前に静かに視線を隣へ移した。そこには呆れたように笑いながらも、財布を持って行こう!と黒尾の腕を引っ張る彼女を優しく見つめる我が部の主将の姿があった。まじか。普段よりも柔らかい雰囲気の黒尾が俺たちの視線に気付いて、目を丸くする。名前と呼ばれた彼女も、こちらをまじまじと見つめて、あ、と口を開く。「黒尾くんと同じ部活の……」彼女の言葉に、黒尾は彼女の頭を軽く小突いた。
「名前俺より先にいて、気付かなかったの?」
「だって、そんなにちらちら見たら失礼かなって、もしかして〜とは思ったけど」
「まあ、いいや。この子が夜久くんが気にしてた彼女の、名字名前ちゃん」
「名字名前です」
黒尾は彼女の頭に手を置いたまま、ぽんぽんと俺たちに紹介してきた。彼女も、名前を名乗ってぺこっと、さっきみたいに頭を下げる。
「あ、夜久衛輔です」
「海信行です」
俺も海も同じように挨拶を返すと、彼女はぎこちなく笑って黒尾の腕をぎゅうと掴む。その恋人のように甘える姿に俺は何だか見てはいけないものを見た、気持ちになった。気まずい。黒尾は相変わらず普段よりも甘い顔をして、彼女を見下ろしている。
「名前ちゃんはちゃんと二人の、ポジション分かってる?」
「え」
「やっくんは?」
「り、リベロ……?レシーブ一番上手な人……だよね?」
「じゃあ、海は」
「……」
彼女は海の方を見つめて、口を閉じて、黒尾を見上げる。黒尾は楽しそうにニヤニヤしていた。彼女の視線は海と黒尾を行ったり来たりして、だんだん困った顔をして申し訳なさそうに黒尾の背に隠れた。ああ、多分、この無防備な感じが黒尾は好きなのだ。見ていて、分かる。状況を把握した海はいつも変わらず穏やかに笑って、口を開いた。
「俺はウイングスパイカーっていうポジションだよ」
「あ!攻撃する……やつ?」
「うん、まあ、間違っては、ないけど。もうちょいお勉強が必要ですねえ、名前ちゃんは〜」
「海さんごめんなさい」
「いえいえ。意地悪を言った黒尾が悪いですから」
「お前彼女にも意地悪とか最低だな」
俺が思ったことを言えば、黒尾はわざとらしく心外だと訴え始めた。そんな黒尾の背を彼女はぐいぐいと押して、買い行こうと進める。
「海さん夜久さん、勉強のお邪魔してごめんなさい」
「いえいえ」
「いや、全然」
「むしろこっちがお邪魔されたのよっ!くろこぷんぷんっ!」
「もー黒尾くん行くよ」
黒尾は彼女の前でも、ノリがいいキャラは健在らしくいつかのぶりっ子のように、頭近くで両手をグーにしていた。彼女も「はいーぷんぷんー」と黒尾の真似をしながら、メニュー表を出すあたりに黒尾に慣れているんだなぁと思った。当たり前か。あの二人、高校一年の頃から付き合ってるもんなぁ。改めてみると、一人の女の子と長く付き合うと言うものは、どういうものなんだろう。未知の世界過ぎて、俺には分からない。
「海は結婚してそうだもんな」
「また夜久は突拍子もないこと……」
「だって、海はそんくらい甲斐性ありそうだろ」
「褒め言葉だと思っていいのかな?」
海の言葉に当然だろ、と頷けば、何故か苦笑いが返ってきた。もう一度二人に視線を向けると、メニューは決めたらしく彼女はスマホを弄っていた。どうしてか分からないが、黒尾は彼女の髪を弄っている。海に何をしているのか聞いてみると、「みつあみ?……編み込みかな」よく分からない答えがかえってきた。あみこみ……?三つ編みなら、辛うじて分かる。スマホで検索するか迷っていると、海が俺の肩を叩いた。黒尾の方を見ると、満足そうに彼女の髪を見ている黒尾の姿があった。黒尾は彼女の手からスマホを借りると、彼女の後姿……髪型をスマホで撮って、彼女に見せていた。
彼女はスマホを覗き込んで、すごいすごいと楽しそうにはしゃいでる。自慢げに黒尾が頷いて、パチパチと彼女は拍手をしてスマホを落としかけた。そのスマホをナイスキャッチした黒尾にも拍手を送る彼女に、黒尾は彼女の頬を引っ張って眉を上げている。説教をしている、みたいな感じだ。
「仲いいな」
「そうだね」
彼女はメニューを決めると、スマホを触り出した。俺に見せたい可愛いネコの画像があるらしい。暇を持て余した俺は彼女の手首にはめてあるゴムを勝手に外して、彼女の髪に触れる。最近は全然彼女に会えていなかった。指通りのいい髪が懐かしい。静電気でぱちぱちとなりやすい、と去年あたりに彼女がマフラーを外しながら文句を言っていた気がする。単純な作業を繰り返すと、理想の形になっていく。なすがままになっている彼女に、気を許してもらっているみたいで嬉しいと感じる。俺もまだまだ初心ですなぁ。
そんな彼女のはしゃいだ姿はいつ見ても可愛いが、スマホを落としそうになるのは困る。とても困る。
「ごめんごめん」
「拍手もいいけど、気を付けなさい」
「これ編み込み?すごい」
「ぶっぶー」
「え、なんだろう」
俺が撮った写真を見たまま考え込む彼女の様子に、俺は両手の人差し指をチッチッチと動かしてカウントダウンを始める。彼女はえ、待って待ってと焦りつつも、顔が笑っている。久々に会うので、海と夜久がいることはすっかり忘れてつい彼女に触れてしまう。
「チッチッチ、ちーん」
「あ」
「時間切れでーす」
「正解なに?」
「フィッシュボーン」
「さかな?黒尾くんじゃん。うける」
「うけるってなに」
「よく分かんない」
彼女はケラケラと笑って、自分の髪を撫でる。この髪型が気に入ったらしい。
「でも、どうやって練習したの?黒尾くんの髪じゃ難しそう」
「いや、鉄朗くんの髪もね」
「あ、研磨くんだ」
「聞いてよ」
「違うの?」
「いや、研磨だけど」
「今度は正解した」
やったね、と呑気に笑う彼女に俺はいい意味で力が抜けて、彼女の髪を撫でた。あー、キスしたい。俺が家のカギ忘れなかったら、家でイチャイチャできたのに。
「今日俺の家でご飯食べてって」
「え、悪いよ」
「ダメダメ。今名前ちゃんのご両親に、夕ご飯食べてくるって連絡して」
「えー」
「てか俺母ちゃんに名前来るって言っちゃった」
「えー!もー勝手に良くないよ、そういうの」
「ごめんちゃい」
ばちこん、とウインクを決めると面倒そうに頷かれた。最近名前が冷たい気がする。あれだな、多分研磨に俺の流し方聞いたな、コイツ。絶対家帰ったら、ひいひい言わすぐらい可愛がってやる。
この後、まさか名前と夜久と海が連絡を交換して、余計に俺の扱いが上手くなるとはこのときの俺は知らなかったのである。
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