その日はいつもと変わらずに、休日だったからタイガと名前に会いに遊びに来た。名前はリビングで眠っていて、タイガは買い出しに行っていた。俺もタイガに付いて行こうとしたけど、タツヤはタイガばかり構う!と可愛い妹分が駄々をこねたばかりだったから、昼寝をしてしまった名前と一緒に居ることにした。着替えもしないで、パジャマのまま眠っている名前は昔から身体が弱かった。専ら俺とタイガは外に出てバスケをしていたから、実際名前と過ごした時間はタイガよりも短いだろう。
名前は周りから、守られるべき対象として見られているけれど、どうなんだろう。幼い見た目と、幼い仕草が似合ってしまう、名前。でも、名前は本人が周りが思っている以上に周りを見ていて、自分の立場を分かった上で、そう振る舞っているのではないか、と思うのだ。名前は幼くても、拙くても、十六歳の女の子だ。
女の子は男の子よりも、ずっとずっと周りを見ていて、賢い生き物だと思う。
「人によると思う。そこに性差は関係ないよ」
名前は自分がどう見られるか分かっていて、望んだ通りに振る舞う癖に、こんなことを言う。表面上でしか見えない、一面から他人は勝手に考える。この人はこういう人だとか、こういうものが好きだとか、勝手に考える。予想と違うとがっかりしたり、びっくりしたり、色々だ。名前は自分が、その一面を押し付けられる窮屈さを、不快感を、知っている。まあ、知っているからと言って、名前がそのことに配慮して生きているか知らないけど。
「…ん」
「名前起きた?名前?」
「…」
むにゃむにゃ、と動く小さな唇が誰かの名前を呼んだ。聞き取れなかったけど、呼び掛ける感じだったから、恐らく誰かの名前で合ってる。覗き込んだ寝顔は薄っすらと目が開いて、焦点は定まっていない。ゆらり、と迫る小さな手は俺でも気付けないほど、自然に距離を縮めてくるのだ。タイガも、名前も、いつの間にかヒトの心に入ってくる。無邪気に、残酷に、可愛らしいくらい、素直なふたり。
「名前…ん」
「ん…んん」
「…」
薄く開いた唇と、呼び掛けた俺の唇が重なる。ちゅ、ちゅ、と唇を押し付けられて、互いの隙間を埋めるように唇で蓋をされた。にゅるにゅると、小さい舌先が顔を出して俺の口内を突いたり、きょろきょろするように本能のまま蠢く。キスにしては、色気がない。名前の舌を捕まえて、俺のペースにもっていく。小さな小さなお口の中へ、お邪魔すれば、名前は苦しそうな息遣いをして、俺の首を捕まえていた小さな手はいやいやと逆に俺の胸板を押し退けて来た。
「…ん……あ、れ」
「あ、名前おはよ」
「…な、にして……」
俺は名前を起こそうと……、となんて言葉は続かずに、ぺちん!と弱弱しい音と、弱弱しい衝撃に襲われた。
「た、タツヤのえっち!すけべ!へんたい!」
「……え」
名前は枕にしていたクッションを盾にするように、胸の前で構える。ふー!ふー!と肩をいからせる姿はまるで、警戒心が強い子猫にそっくりだ。あらぬ誤解を受けていることを分かった俺は名前を落ち着かせて、誤解を解こうとするが、なかなか名前の興奮が納まらない。赤い頬は怒りなのか、兄貴分の俺とキスしてしまった照れなのか。
名前とキスをしてしまった、という事実に少なからずタイガに後ろめたい気持ちになった。
「……なんで、そんな寝込みを」
「違う、誤解だ、名前……」
名前からキスをしてきたと言おうとして、慌てて口を噤む。名前は寝ぼけて俺にキスをしてしまったんだ。事実をそのまま伝えれば、名前に恥ずかしい思いをさせてしまう。どうすればいいんだ。頭を抱えそうになったときに、あるもう一つの事実に気付いた。
名前は誰かとキスをする、夢を見ていた…?じゃなきゃ、寝惚けてキスなんかしない、……よな?しかも、あんな情熱的なキスだ……。アレックスやタイガと言った親愛関係ではないだろう。つまり、恋愛感情を抱いている相手の可能性が高い。名前は幼くても、可愛い妹分でも、十六歳の女の子。恋をしたって、おかしくない。時間が空こうが、タイガ程でなかろうが、名前が俺にとって大切な存在には変わらない。
へえ。名前にあんなキスをする相手が居るのか。それとも、したいと思っている相手が居る……。率直に言えば、面白くない。
「名前」
「な、なに……た、たつや?なんか」
「俺は名前のことを本当に大切に想ってる」
「う、うん…?」
ソファの隅に逃げる妹分を捕まえるように、ソファの背に両手をついた。名前は俺の異変に気付いて、クッションを俺に押し付けようとするが、俺はぽいっとそのクッションを背後へと放る。これで、俺と名前を隔てるものはなくなった。おかしいな、名前に対してこんなに激しい感情を覚えるのは初めてかもしれない。名前に俺の知らない一面があるのが、気に入らない。
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