黒尾くんの彼女事情


「お前なんでバレー馬鹿なのに、彼女と長く続いてんの」

時々言われるコトバだ。
黒尾って彼女居そうで、居ないよねなんて矛盾したことを言われた後に、隠す必要もないので、
事実を伝えて驚かれて、どれくらい付き合っているかを尋ねられて、また事実を伝えれば、また驚かれる。

どういうことだってばよ、なんて内心たまに呟いていたりする。俺って周りからどんなイメージ持たれてるんだろう。

彼女とバレーだったらどっちとる?という質問に、俺はバレーと即答する男だ。
そんな男がどうして、彼女と長続きするんだ!と言われても、困る。
まるで、相手を常に優先して大事しないと続かないものが恋愛の全てのように聞こえるから、困る。

困るのは俺ではなくて、彼女の方かもしれない。

きっと、彼女だって、自分の好きなことと彼氏(つまり俺)どっちを優先させる?なんて尋ねたら、
彼女は少し首を傾げた後に、気分次第なんじゃない?なんて言ってのけるはずだ。

彼女も俺も、自分の大部分を占めるのが恋愛ではないからこそ、互いのペースを保って、細々と続いているのだ、きっと。
この距離が遠くなったり、近くなったりしたときに、続くかどうかは分からない。


俺に彼女が居ることは周りに知られているけれども、それがどこの誰かまでは知られていない。
敢えて知っているなら、幼馴染の研磨くらいではないだろうか。
彼女と俺と研磨は三人とも幼馴染なんて、甘酸っぱい関係ではなくて、アルバイトもしていない小遣いの少ない高校生のデートと言ったら、
専らお家デートになるわけで。
時々俺の家に遊びに来る彼女とたまたま出くわして、少し挨拶したりするから知っているというだけだ。

「俺と付き合ってて、楽しい?」
「…」

数学に格闘している彼女に向かって独り言のように呟くと、彼女は顔を上げて、ぱちくりと瞬きをした。
そのきょとん、とした無防備な顔は何とも頭の悪そうな、弱そうな空気を醸し出してしまうのだが、
俺はそんな彼女の顔が結構好きと言うか、癖になっていたりする。

「…楽しいよ…たぶん」

彼女は彼女なりに真剣に考えているようで、しばし考え込んだ後にそう答えた。
なんとも、腑に落ちない答えである。たぶんってなんだ、たぶんって。

「たぶんなの?」
「うん、今日ゲームやり過ぎてて、ちょっと寝不足で、でも黒尾くんに数学教えてもらわないと、宿題終わんないし」

彼女は目を擦りながら、正直寝たいと言いやがった。
彼氏のお部屋に来ておいて、なんて奴だ。

「ちょっと、彼氏との久々のデートなのに、寝不足ナンデスカ」
「う、ううん、本当はね、デートやめようかと思ったんだけど、数学やんないと、明日当たっちゃうし」

本当に彼女はおねむのようで、ふわぁ、と口をおさえて、欠伸を一つ。
おい、今日デートに来たのは数学の宿題のためですか。そうですか。
なんて現金な奴なんだ。

「でも、どうしてそんなこと、きくの?」
「んー…なんとなく。ほら、後残り一問だろ。さっさと終わらせようぜ」
「うん」

こくり、と頷く頭の揺れ具合を見て、彼女が眠ってしまうのは時間の問題だな、と俺は思った。

***

ベッドに彼女を運んで一息。
きっと起きていたら、風呂を嫌がるネコのように暴れる彼女も、寝ているときなら抱き上げても、静かで大人しい。

重いから嫌だと、珍しく恋人らしく夏祭りデートに行って、慣れない下駄で、足を痛めたときも、
最後までおぶられるのは嫌だと抵抗していた。

鍛えているから大丈夫だと、何度も言うのに、彼女は痛めた足のまま意地を張って歩くものだから、
せっかく可愛い浴衣もボロボロになって、足も血だらけという悲惨なデートだった。

あと、珍しく言い合いをして、ケンカっぽいこともした。

あまりにも意地を張り続けるので、俺に触れられるのが嫌だからそんなに抵抗するのか、と
いつもは意見が食い違ったときに折れる俺がキレて、彼女はそんな俺にびっくりして、足の痛みも限界だったのか、
路駐にも関わらず、ぼろぼろと泣き出した。

彼女が泣くところも初めて遭遇したわけでもなかった。
でも、俺が原因で彼女が泣くことは初めてで、俺の怒りは彼女が泣いた瞬間に引っ込んで、大分焦っていた。

化粧が崩れることも気にせずに彼女はしゃっくりを上げて泣いて、何か言おうとする。
俺はそれを必死で聞き取ろうとして、普段は腰が痛いから嫌だとあまり曲げない腰を曲げて、彼女の口元に
耳を近づけた。

「…ひっく、…さいきん、あつく、て…アイ、スたべ過ぎて、太った、から…くろお、くんにおもいって、おもわれるの、やだったのッ」

最近暑くて、アイスを食べ過ぎて太ったから、黒尾くんに重いって思われる嫌だったの

いつもの彼女の口調で脳内変換してしまった。
そして、彼女がそんな理由であんなに意地を張っていたのが分かって、俺はなんだかおかしくなった。

恋人らしい雰囲気なんてあまりないし、俺も彼女もべたべたする方ではないから、
彼女がそんな、恋する女の子のような、可愛らしい一面を持っていることを思い出して、
恥かしい表現だけれども、俺の中で愛しさがこみ上げてくるのが分かった。
普段は恋愛なんて空気をあまり醸し出さない癖に、忘れた頃に、ひょっこりと顔を出すから困る。

俺はもう彼女が暴れようが、文句を言おうが、気にしないことにした。

しゃがんで、彼女の膝裏と腰に腕を回して、抱き上げた。
いきなり抱き上げられた彼女は慌てて、俺の首にくっついて、そのとき汗と混じった人工的な甘い香りが鼻をくすぐった。

知らなかった。彼女が香水をつけていたなんて。
香水と聞くと、電車や町でひどく鼻につく、キツイ匂いしかイメージがなくて、苦手意識しかなかった。
でも、彼女の匂いと混じった甘い香りは悪くない、と思った。

もしここが部屋なら、首筋に思い切り顔を埋めて、匂いを堪能しただろうな、なんて思うほとだ。

「く、黒尾くんッ」

やだ、人、いる、みてる、ありえない、恥ずかしい、おもい、と混乱している彼女は単語や形容詞を重ねて、抵抗してきた。
俺はそんな彼女を無視して、堂々と歩いた。

「可愛い彼女がケガしてんのに、ほっとけるわけないだろ」

そういうと、彼女は顔を真っ赤にして、黙り込んだ。
実際彼女の顔は俺の視線より上にあったし、俺の頭に顔を押し付けて隠していたから、分かんないけど、
たぶん、真っ赤だったと思う。


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