彼女の片思い事情


テスト期間の放課後みんなでお勉強会。
互いに教え合うというより、実際は一番頭が良くて、余裕のある友達が一方的に教えて!と
迫られるだけだ。

私もその一人なので、解説を読んでも理解できない問題を片手に、友達に話しかける。

「この問題を教えてください」
「また数学!どんだけみんな数学苦手なの」
「絶対私たち高校行ったら、文系クラスだよね」

数学が得意な友達はその子の言葉に、今から諦めないの、と呆れた顔をした。

「名前も文系っぽいね」
「うん、暗記しかできない」
「少しは考えなさい」



自分の分からない問題だけ解けるようになれば、みんな後はいいのか、
お勉強会ではなく、おしゃべりにどんどんシフトしてしまう。

私は教えてもらいながら書き込んだノートを一通り目を通した後に、ページをめくって、
真っ白な新しいページで解き直してみる。

こうだったけ…?と何度か、手を止まりつつも、早くも消えかかっている記憶を何とかとどめて、
最後の答えまで導くことに成功した。

その満足感に浸っていると、ふいに話しかけられた。

「ね、名前好きな人って、黒尾ってホント?」
「エッ、なんで」

持っていたシャーペンに変に力が入って、ノートに変な線を書き込んでしまう。
女の子という生き物はこの手の話になると、普段よりとっても目ざとくとなる。
だから、私の動揺も簡単に読み取って、ニヤニヤとした顔で迫って来た。

「へえ、名前って、黒尾くん好きなんだ。意外」

数学が得意な友達は器用にワークを進めながら、目を丸くする。
今ここにいる友達は三人、残り二人は完全に私をネタにして、盛り上がろうとしている。

「まあ、分からなくもないけどね、黒尾って背高いし、バレー部の部長もやってるし」
「うんうん、背高いってだけで、なんかカッコよく見えるよね」
「運動神経もいいし、あ、でも結構見た目に反して、男子っぽいよね」

「男子っぽいって、黒尾くんは男子じゃん」

好き勝手お喋りを続ける子たちを、呆れた目で見てしまいそうになる。

「んー、ほらなんか見た目クール?っていうか、大人っぽいじゃん?
 バカやる男子のイメージがない、って感じ!」

彼女が言いたいことは分からなくはない。

私の好きな人、黒尾鉄朗くんは独特な髪型とクラスの男子より一回り大きい身長のおかげで、
大人っぽく?ミステリアスな男の子に見られることが多い。
しかし、意外に彼は感情が豊かで中々の悪ガキである。
悪ガキというより、ずる賢いと言った方がいいかもしれない。

それに、とっても負けず嫌いだ。

「で?なんで黒尾なの?どこが好きなの?」
「きっかけは?いつ?いつ?連絡先は聞いた?」

貴方たちは記者になったつもりですか?と尋ねたくなるレベルの質問の多さだ。
私はため息をついて、あまり乗り気でないことを全面的に出すことにした。

「中2のときの体育で、バレーやってるの見てカッコイイと思ったから。連絡先は知りません。
 バレーに一生懸命なところが好きです」

ほぼ棒読みでそう言えば、彼女たちの望んだ答えを答えたというのに、彼女たちは面白くなさそうに、
唇を尖らせた。

「ええ、じゃあ片思いして一年くらい経つじゃん!連絡先くらい聞きなよ!高校別かもしんないよ!」
「そうだそうだ!もっと照れたりしろ!」

「今は受験が大切です。それに付き合いたいとか、別にないし」

この答えに友達はとっても不満気になって、恋と言うものは…と語り始めてとっても面倒なことになった。

***

黒尾くんのことは好きなんだと、思う。
何か行動に移すわけでもないけど、自然と視線が追ってしまうあの猫背。

クラスメイトの男子とバカやって、ニヤニヤ笑ったり、バカにされて悔しがったり、
意外にも表情が豊かで見ていて飽きない。

新しい表情を見る度に、気持ちが高揚して、黒尾くんから目が離せなくなってしまう。

でも、あくまで私は見ているだけで、クラスメイトでしかなくて、それ以上でもそれ以下でもない。

完全に私の一方通行。
私はそのことに満足していたし、それが当たり前だった。

高校に入学したら、目の前に日々に手一杯になって、きっと黒尾くんのことは忘れてしまう。


忘れてしまっても、ふと思い出したら、きっと好きという気持ちも、思い出されるんだろうなぁ、と
漠然とそんな風に思う、片思いを中学三年生の私はしていた。



「黒尾くん」
「ん?」
「卒業アルバム書いてもらってもいい?」

女の子の友達でほとんど埋められた卒業アルバムの寄せ書きのコーナー。
卒業式の独特の空気に当てられたのかどうかは分からない。

初めて、した。用事がなくても、黒尾くんに話しけるなんて、芸当は普段の私にはできない。

ぎゃあぎゃあ騒いている男子を珍しく見守っているように、ちょっと離れたところ、
後ろのロッカーに凭れ掛かって居た黒尾くん。

「俺が?」

あんまり深く捉えずに、いいよと言って書いてもらえると思った。
黒尾くんは何を考えているのか読めない表情で、私のことを見下ろした。
私はそんな反応されるとは完全に予想外で、たださえ話しかけるので緊張している心臓が余計に、
追い込まれたように感じた。

上手い言い訳が見つからずに、言葉が詰まって、変な沈黙を作ってしまう。
そんな沈黙でさえ、私を追い詰めているようだった。

心臓が変な風に音を立てて、冷や汗が出る。
照れて頬が熱くなるなんて、可愛い反応が出来なくて、ただ泣きそうにしか、なれない。

「え、えっと、クラスずっと一緒だったし、あんまり話せなかったけど、記念に…、
 いや、だったら、いいんだけ、ど…」

やっと口にした言葉にも、自信をなくしてしまって、腕の中のアルバムに視線を落としたままだ。

「…え」

急に私の腕の中にあったアルバムが抜き取られて、私は一瞬何が起きたのか分からなかった。
慌てて視線を上げると、黒尾くんは私のアルバムを開いて、さらさらと何かを描き始めていた。

その様子をあまり事態を飲み込めないまま、固まっていると、
書き終わったのか、黒尾くんはサインペンを胸元のポケットにしまうと、アルバムを私に閉じて、
返してくれた。

「あ、ありがとう」
「ううん、俺こそ意地悪してゴメンネ」
「…いじわる?」

黒尾くんに言われた言葉が咄嗟に理解できずに、繰り返し口に出して、小首をかしげてしまった。
黒尾くんは読めない表情から、少し目を丸くして、すぐに表情を元に戻して、小さく笑う。

「良かったらさ、俺のアルバム返事くれない?」
「…へんじ」

次々に言われる言葉に理解が出来ず、私はとりあえず自分のアルバムを開いてみた。

すぐに目に入ってくる黒尾くんの字。
男の子の割に全体的に字のバランスが良くて、丁寧で読みやすい字だ。

「………え、これ」
「返事はこちらに、どうぞ」

私の手からさっきみたいに、アルバムをとると、同じデザインの、黒尾くんのアルバムを渡された。
寄せ書きのページはもうたくさん埋まって居て、あまりペースはない。
下の方に、何とか書けそうな、スペースがあった。

「……」

何と書けばいいか、も迷って、なるべく字も綺麗に書きたいとも思って、
でも実際は頭の中は真っ白で、手も緊張で震えてしまって、もう、何がなんだか分からない。

「書けた?」
「…とりあえず」
「とりあえず、って…なにそれ」

黒尾くんは私の答えに、小さく笑って、もう流されるままの私の元に、私のアルバムを戻して、
自分のアルバムを開いて返事を確認し始めた。
ああ、どうしよう、字汚いのに、目の前で見られてる。

そろり、と黒尾くんの様子を盗み見してみると、おかしそうに笑って、アルバムを見ていた。
私の視線に気付くと、悪戯っぽい目が細くなった。

「…名字さん、これからヨロシクネ」
「…う、うん?」

卒業式の教室の隅で、黒尾くんは満足気に、私は困惑気味に、中学最後の日を終えようとしていた。


【お付き合いしませんか?】

【私でいいなら】


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