赤い人
アレックスも寝て、バスケ部の皆も帰って、久々に二人の時間を過ごすことになった。
俺に抱き着いて離れない名前を抱え直しながら、試合の準備をする。
荷物を確認して問題ないと、頷く。
あ、タオル。もう一枚入れとこう。
名前が柔軟剤の匂いを嫌うから、無臭の柔軟剤また買ってこないと。
そろそろ切れそうだったはずだ。
そのことを伝えようと、口を開いたとき、名前が渡るように話し始めた。
「名前」
「たいがは…あの髪の赤い人と、戦うの?」
「…赤司のことか?」
「うん…、たいが気を付けてね、お願いだから」
珍しく、名前が弱弱しい声を出すので、柄にもなく焦ってしまう。
肩に埋めている顔を見ようと、抱き直す。
そこには目をゆらゆらと不安に揺らす、名前が心配そうに俺を見上げていた。
「なんだ、あのこと気にしてんのか」
「気にするよ、いきなり刃物で…本当に危なかったんだよ」
短期留学から帰国すると、空港には名前の姿があった。
わざわざ迎えに来てくれたのだ。
時差の違いを二人そろってすっかり忘れていて、二人で急いで会場に向かった。
そして、遭遇したキセキの世代。
挨拶をしようと足を進める俺の服を引っ張って名前は引き留めようとしたが、
俺は名前に先に会場入っておけと言ったのに。
名前は俺が赤司にハサミで頬を切られた?切られそうになったことを酷く気にしているらしい。
「たいが」
「大丈夫だ。心配すんなって」
「ほんとう?」
「ほんとう」
小さい子どもみたいに何度も何度も同じことを聞きそうな瞳をして、名前は眉を下げて、
俺に確認する。
俺もちゃんと答えるように、名前の目をしっかりと見て、こたえた。
「…うん」
「ほら、早く寝るぞ。身体に響くだろ」
わしゃわしゃと励ますように名前の頭を撫でても、名前の顔は曇ったままだった。
***
「な、…なんでここに居るの」
口を開いて一番に失礼なことを言い出した妹の口を押える。
んぐっ、と変な声が聞こえたが無視だ。
「悪いな、赤司。コイツ人見知りが酷くて」
少し目を見開いていた赤司は表情を元に戻すと、いつもの笑みを浮かべて、
名前に視線を合わせるように腰を曲げた。
「君は火神の妹さんかな?
初めまして、赤司征十郎です」
「…」
「名前、お前も」
「…火神名前です」
名前は警戒した表情のまま赤司を見つめ返して、タツヤのところへ逃げるように、
キッチンへ向かった。
「…悪い」
「いや、構わないさ。
子どもはあれくらいの年だと、人見知りや反抗期があるそうだ」
まるで保母のように何てことないと笑う赤司に、耳打ち。
「悪い。名前は俺と双子で、赤司と同い年だ」
「…え」
「その反応分からなくもないのだよ」
名前と赤司のやり取りを見守っていた緑間が、固まった赤司に
フォローするように話しかける。
緑間は俺に視線を向けて、首を傾げる。
「しかし、名前はあんなに人見知りが酷かったか?
確かに高尾は馴れ馴れしいから、赤司より早く打ち解けるのは分かるが、
赤司だって温厚なタイプなはずだ」
緑間が話す途中で、高尾が真ちゃんひでぇと突っ込んで笑っていたが、
それに緑間はお構いなしである。
「…いや、…それは」
「何か事情があるみたいだね」
「珍しく歯切れが悪いな、火神」
緑間と、赤司に見られ、俺は口ごもる。
言っていいのだろうか。
俺はもう気にしていないことだけど。
名前は試合を見ていても、やっぱり部外者だから
赤司の第一印象が強すぎて、警戒の対象のまんまなのだ。
「たぶん、開会式の日のこと気にしてんだ。
名前も、離れたとこだったけど、…一緒に居たから」
俺の言葉に、赤司は眉を顰め、緑間は小さくあっと呟いた。
バツが悪くなって、俺は頭を掻きながら、
振り切るように言う。
「実際過ぎたことだから、気にしないで欲しい。
名前は元々他人には警戒心高いし、すぐ忘れるアホだし、マジ、ほんと」
せっかくの黒子の誕生会だ。
こんなことで、水を差したくはない。
「…分かった。火神」
「おー?」
「ありがとう。君は優しいんだな」
「…お、おお」
零れるような赤司の笑顔に俺は少し驚いた。
赤司も、こんな風に笑ったりするんだな。
***
「…名前、いつまでも怒ってないで。
ほら、あーん」
「…ん」
がやがやと楽しそうにテーブルを囲んで会話を楽しむ皆を眺めながら、私はキッチンでデザートの準備をしていた。
一緒に準備をしているタツヤが、私の機嫌を好物のプリンで釣ろうと、スプーンを遠慮なく唇に押し付けてくる。
仕方なく、口を開けて受け入れると、タツヤは楽しそうに目を細めた。
…プリンは美味しいけど、簡単に機嫌なんて良くならないし。
「タイガも悪気はなかったんだよ?」
「そんなの分かってるし、知ってる」
ため息をつくと、タツヤは私の頭を撫でて、頬に手のひらを軽く押し付ける。
少しキザなスキンシップは昔からだ。
タツヤはおでこじゃなくて、頬で体温を計ろうとする。
変わってる。
「なに、タツヤ」
「いや、体調大丈夫かなって」
「大丈夫だよ」
私を怒らせたいのか、わざとなのか。
むっと眉を顰めた瞬間に、すぐに唇をつくプリン。
「俺もタイガも、名前の事が大切だから、心配しちゃうんだよ」
「…うん、分かってる。ちゃんと…、でも、やっぱり今日はやめてほしかったの」
項垂れるように言うと、しゃがみ込んだタツヤに腕を引かれた。
シンクの下に隠されるように、抱きしめられて、
タツヤがあやすように背中をぽんぽんと叩く。
「名前も大人になったな、よしよしいい子いい子」
…その言葉と、行動あってないんですけど。
突っ込みたい気持ちは甘ったれたくなるぬくもりに抗えず、
私はタツヤに思い切り抱き着いた。
***
ただの質問だった。
何気ない昔から変わってない問いかけ。
「名前、最近身体は大丈夫なのかい?
冬だと余計に体調崩しやすかっただろ」
「特に問題ないよ」
タツヤに取ってもらったおかずを口に運びながら、さらりと答えた。
そのままタツヤが良かったなって言って終わりだったはずの会話。
だがしかし、まさか兄に裏切られることとなる。
「何言ってんだ、お前。
ついこないだまで、風邪こじらして入院してただろ」
「…名前ウソは良くないな」
両サイドからの責めるような視線プラス、賑やかだった雰囲気が静かになり、
気遣うような視線をみんなに向けられ、私は思わず手を止める。
「いや、でも、本当に、昔からのことだし、しょちゅうだし、今更って言うか。
今は超元気だし」
必死で言葉を繋げるが、にこにこしていたさつきちゃんも、びくびくと赤司くんと話していた
降旗くんも、私のところへ来て、本当に大丈夫かと。
視界の隅で、少し眉を下げて心配する黒子くんの姿があって、
このときばかりは兄の素直さを心から恨んだ。
…ああ、雰囲気悪くしちゃったじゃんか。
たいがのバカ。
***
「むぐっ」
タツヤも、たいがも、私にプリンを与えとけば、機嫌直すとでも思っているのだろうか。
デザートの準備をして、皆に配り終えて、私も、と手に取って座った瞬間に、
口に突っ込まれた。
「…美味いか?」
「まずいわけないし」
どことなくしょぼん、としているたいがに、迷いもなく応えれば、
たいがは瞬きを大きくして、すぐに頬を緩めた。
たいがの作ったものがまずかったんて、ないよ。
「ほら」
「いや、私自分のある、んう」
私よりも機嫌を良くしたたいがは自分の分のプリンをほとんど、私の口に入れていく。
プリンに罪はないので、ついつい受け入れてしまう。
何故か、便乗してタツヤまで私の口に入れて来て、口の中が甘すぎて大変なことになった。
***
つんつんとしている名前ちゃんの小さな口に、楽しそうにプリンを運ぶ
大型の男二人。
俺もプリンを食べつつ、そのある意味異様な光景に、笑みを浮かべて、見守る。
「やばくね?アレ食べ過ぎさせっしょ、なあ真ちゃん」
「…」
「真ちゃん?」
「…このプリンは火神が作ったのか」
「そうだよ」
「…美味い。なんだかムカつくのだよ」
え?
真ちゃんの言葉に、俺の手が止まる。
「…おい、高尾。何震えて…」
「真ちゃん、張り合うとこ意味わかんないしっ」
げらげら笑えば、真ちゃんの高尾っ!と叫ぶ声。
やっべえ、こんなに楽しい誕生会とか早々ないっしょ。
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