おんなのこ


年々、悪化している気がする。頭の鋭い痛みと、お腹の鈍痛だけだった痛みが、最近腰痛も追加されて、私は月一でしにかけている。薬は確かに効く。薬が効くまでの、あの時間が辛いし、中々眠りにつけないのも辛いし、訳もなく何だか悲しくなる。この状況も、ちょっと凹んでことも忘れていたのに思い出して、余計に悲しくなる。

せかいがはめつすればいい。

そして、私は今までに知らない最悪な展開を迎えることになる…と言うか、迎えてしまった。

つぅ、と太ももを伝う生温かい液体。
痛みで立てなくなる身体。

「…名前?お前トイレ…どうしたっ」
「…」

しにたい。全然予定日ではないのに…、今日の下着は機能性じゃなくて、デザインが気に入って…いた、いたい。指を、爪を立てていた壁にもたれかかることも失敗して、完全に蹲ってしまった。遠慮がちに肩に触れる千尋さんの手のひらは珍しく温かく感じる。きっと私の体温が低くなっているに違いない。

「…名前?」
「…来ちゃった」
「は?なに…」
「…」

黙ってしまった千尋さんに、しまったと唇を噛む。ああ、本当に、最悪。おでこを床に付けたまま、意識が遠くなりそうだった。

千尋さんがいきなり歩き出して私から離れていく。うそ、見放したのか。まって、いかないで。心細くなった精神にこの足音はキツイ。ほんとに、キツイ。うわ、泣きそう。

大我。大我助けて。私は頭の中で必死に兄の姿を思い浮かべて、必死に名前を呼んだ。大我だったら、すぐに私を風呂場かトイレへ運んで、必要なものをぽいぽいっと投げ捨ててくれる。何とかリビングまで身体を這って行けば、薬と即席のお茶漬けがあって、それをお腹に入れると、即座にベッドに押し込んでくれる、と言う。完璧な対処をしてくれるのだ。

しかし、ここは千尋さんの家。かばん…まいばっぐにはいざという時セットがあるから、何とかなるか…いや、普通に家帰りたい。


「…え、わっ」
「…ちょっと我慢しろ」
「う、あ…」
「だ、だいじょうぶか」
「きにしないで、たいさ」
「誰が大佐だ」

いきなり抱きかかえられて、びっくりした。態勢が変わって、びっくりして、身体がしにそうになった。まって、これって、おひめさまだっこ?と思いかけたら、普通に抱っこされた。まって、この抱き方、まって、ねえまって。
腕に、お尻くるやつ…、まって、今日服装なんだっけ、…えっと、普通の、わんぴーす。すけない?にじまない?やばくない?

ぐるぐるぐる、回る。どうしよう、大我でもないのに、こんな迷惑のかけ方しても、いいのかな、いいわけない。どうしよう、…どうしよう、気持ちも、気分もぐちゃぐちゃで、喉の下あたり、鎖骨のしたらへん、があつくなって、くるしい。

ああ、これは本当にダメなやつ。

***

ぐずぐずと、赤ん坊のように泣き始めた彼女の背中を撫でながら、俺は彼女の家のカギを開ける。なんか、彼女と出会ったばかりの頃も、こんなことがあったか。まあ、あのときの彼女は意識がなかったけれど。

肩と、腕に感じるものに、何となく状況は察した。彼女と何カ月か過ごして、月に一回定期的に顔色を悪くしているのを見て居れば、分かる。何が起こっているのか、は分かる。けど、正直何をすればいいのか。分からない。…できること、あんのか?

思考を巡らして、俺が考えてもどうしようもない…か。年々素直に分からないと言ってしまうことしか出来ないのに、道がないのに、ついつい足掻いて一人で勝手に悩んでしまう。年の所為か?元々そういう質だったのかも、疑問だ。

「名前…すまん、どうすればいい」
「…どうして…?」
「は?」
 
一応勝手な判断で彼女を洗面所へ連れて来て、下ろして顔を覗き込めば、彼女は涙でぐちゃぐちゃになった顔を必死で、手の甲で拭う。眉を寄せて、苦しそうに。それは痛みじゃなくて、どこか恥もあって、怖がって…、俺はそんな彼女を見て、心がざわめいた。

「…どうしてって、…お前が困ってるから、だろ。
 それに今更だっつうの」
「え、…」
「最初から迷惑しか、かけらてねぇし」
「え゛っ…」

面白い顔をした彼女の顔に触れる。涙が止まって、冷たく柔い頬を撫でてて…抓る。いたい、と目を瞑る彼女に、俺は当の目的に思い出す。

「とにかく、こんなことくらいで、……」
「…嫌いにならない?呆れたりしない?」
「……そうだな。
 めんどくせぇ、メンヘラ彼女みたい」
「…!
 ちひろさんの、ばか!ひとでなし!おに!」
「はいはい…、で」
「なに」

ぺしぺしと叩いてくる彼女の手を押し退けつつ、問いかければ、彼女はむすっといつものような顔をした。
いつもよく、見る不満げな顔。その表情に内心俺はどこかほっとしていた。彼女とそれとなく、仲が深まって来たと思っていたけど、彼女と俺は所詮他人なのだ。

彼女に、拒絶されるなんて、思いもしなかったし、正直考えもなかった。彼女が俺に見られたくない、って思うところもあって…、衝突したり、行違ったりして…、運が悪ければ、彼女との関係が終わることだって、ある。それに、俺が終わらせてしまうことだって、あるかもしれない。

俺と彼女の関係は、今の日常にとても馴染んで、溶け込んでいるけど…ずっと、関係が続く保証も、ないんだよな。すっげえ、当たり前のことなのに。今更気付くなんて…、いや、そもそも、そんなに深く考えたり、しないし。俺は一旦思考を切らすように、彼女に向き合う。

「何が要る?」
「あ…えっと、…ここに揃ってるから、だいじょうぶ」

ここ、と言うのは洗面所のことだろう。俺の家とあんまり構造自体は変わらないが、色んな棚がある辺り彼女の家らしい。急に遠慮気味になった彼女の頭を適当に混ぜて、俺はいつかのように彼女の部屋で暇でも潰させてもらおう。

「まって、千尋さん…しゃ、しゃつ、あらっとくよ」
「は?べつ……頼むわ」

言い辛そうに立ちかけた俺のシャツの、袖を引っ張る彼女に、俺は彼女を支えた腕に一瞬視線を落として、すぐにそのシャツを脱いだ。下にはインナーも着ていたし、そんなに寒い季節でもないから、問題はない。

「…お前の部屋で、待ってるから」
「あ…じゃあ、おかゆ食べたい、薬飲むから」
「…りょーかい」

***

俺は真新しいシャツに腕を通して、ベッドに凭れ掛かりながら適当に漫画を読んでいた。真新しいシャツは彼女の兄のモノらしく、俺には少しデカい。目の前でおかゆを食べて、薬を飲んだ彼女は眠そうにゆらゆらと舟をこいでいた…が、俺の膝のもとへ寄って来たかと思えば、勝手に人の膝を占領し、シートベルトのように俺の片手を自分の腹に置くではないか。

すっげえ満足そうにしてるの、悪いんだけど。俺この巻最後まで、読んでしまった。

「名前」
「うん」
「俺次の巻読みてぇから、どいて」
「それはきけない」
「…名前」
「うごけない」

ふるふると、首まで振って駄々をこねる彼女に俺は漫画を置いて、もう片方の手を開ける。両手を彼女の薄い、少し冷たい腹に置いて、…少しだけ力を入れて抱きしめる。んう、と少しだけ苦しそうな声に、俺は腕を緩めて、彼女の耳元で囁く。

「ねる?」
「ううん…あ」
「あ」

彼女が振り返って、俺を見上げる。互いに、顔の近さに驚いた。でも、顔を引いたり、しなかった。ちょっと目を逸らしたり、するだけで。彼女が眠い所為か、いつもより少しだけとろんと、した目が、心なしかエロい。

最近、彼女とたまにこういう雰囲気になる。背中が痒くなって、気まずくて、傍に居るのに、彼女との距離感が分からなくなる、ような、そんな感じの。

「ん…」

頬に掠った感触。

「…ここは、まだ。とっときたい…千尋さんは、違う?」

彼女の指先が、俺の唇に触れる。遠慮がちな触れ方に俺は軽く彼女の指先を啄む。まるで、小鳥のような、小学生のような、そんな戯れだった。彼女は指先を揺らして、目を見開いて驚きながらも、最後には口元を緩ませた。

「…」
「…お前はのび太か」

もう少し、あの雰囲気が続くと思ったら、唐突にこくんと彼女の頭が俯いて、びびった。びっくりした。穏やかな寝息に毒気を抜かれた気分になる。



「…無防備な顔しやがって」

どこまでも素直な彼女に呆れながらも、寝やすいように態勢を整えてやる。
その寝顔を見て居ると、思う。

「まあ、…ここはとっときたいな」

いつか、ちゃんとした関係になれたときまで。
まだまだ…だけど、色んな時間を積み重ねて、確かなものにしていきたい、なんて。


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