くすぶる欲


インターホンを押せば、ばたばたと騒がしい足音がした後に、すぐ扉が開く。
ひょっこりと顔を出した彼女は楽しそうに俺を見上げた。
彼女の首元にはiphoneが下がっていた。
カバーは最近買ったのもので水色ベースで手帳型ケースではないものの、
定期が入るところと、ミラーが付いて居てかなり本人的にお気に入りらしい。

歩きやすい低いぺったんこの靴に、ケータイと財布だけを持つ身軽な格好の彼女と
出かけることが最近ちょこちょこある。
俺もポケットに財布とケータイを突っ込んだ、似たような装いだ。

「で、なんだっけ」
「えっと、シェルダー。パルシェンにしたくて」

彼女は家のカギを掛けながら、さらりと言うが、俺はぼんやりと頭に浮かぶ姿を自信があまりなかった。
シェルダーって舌ぺろって出してるやつ?と彼女に聞くと、彼女はこちらを振り向いて呆れた顔をする。

「千尋さん、そんなんじゃ立派なポケモンマスターにはなれないよ」
「いや、目指してねぇから」

ポケットモンスター。略してポケモン。
老若男女(?)に親しまれているゲームやアニメのことである。
電気ネズミポケモンのピカチュウを代表として、さまざまなポケモンが居る。

そして、そんなポケモンがついにスマホゲームで登場…
まあ、最近巷を騒がしていたり、いなかったりするゲームである。

そんなゲームにすっかりハマってしまった隣人の彼女はスマホを片手に、
積極的に歩き回る。
それはとってもいい事だが、いつ体調を悪くするか不安がある彼女を
一人で野放しにしておくことは周りの人間も不安でしかない。

今日は俺だったりするが、たまに彼女の兄も巻き込まれているらしい。

「ついでにお昼も食べたいね」
「なんか食いたいものでもあるのか?」
「んー…とろろ」
「あ、それなら店知ってる。…あー、でも車じゃないとキツイな」
「え、車!嬉しい!」

助手席GO!とか言って騒ぐ彼女にため息をしつつも、
俺は部屋に車のカギを取りに戻って行った。

***

「いい加減元気出せよ」

注文をした料理が来たら、名前の機嫌が直ればいいと思いながら、
俺は適当な声をかける。
彼女は未練がましくスマホの画面を見てはため息をつく。
余計にダメージを負うなら、見なければいいものを。

「…千尋さんはゲット出来たからいいよね」
「たまたまだろ」
「私の方がレベルも低かったのに、ちゃんときのみもあげたのに、油断せずにハイパーボールにしたのに」

ゲームを詳しく把握してない俺にはよく分からない言葉を並べて、
彼女は唇を尖らせた。
これは放置した方が楽だと思った俺は、開けようとした口を閉じて、
メニューに目を通す。
項垂れていた彼女は化粧室行ってくる、と席を立った。

「場所分かってるか」
「…えっと」
「あっちだぞ」
「ありがとう」

彼女はちゃんとお礼が言える性格だ。
何の意識もしてないんだろうけど、俺はそこがいいなと単純に思う。
しょぼんとしている後ろ姿に声をかけて、こいこいと手招きすれば、
彼女はちゃんと寄ってくる。

「千尋さんなに」
「後で、シェルダーの巣行くか」
「え」
「ここから近い公園に出るらしい」
「千尋さん!」
「…ん」
「大好き!」
「…どーも」

全身で喜ぶ彼女を静かにするように、頭に手を乗せれば、最近見せるようになった表情になった。
恥じらいを耐えるように、唇をむぐむぐと動かして、彼女はそっと視線を逸らす。

そして、その表情を引き出せたことに感じる満足感が最近俺の癖になってきていると言うか、ハマってる、感じがする。

「じゃ、じゃあ、行ってくる!」
「…あっち」
「あ、う、うん」

反対に行こうとする彼女の腕を掴んで方向転換をすれば、彼女は掴まれた腕を胸に当てて、小さくなって。それを誤魔化すように、彼女は小走りで化粧室へ向かっていく。

「…」

その彼女の後姿に、俺は唸りたくなったが、耐える。

距離が縮まる度に、一気に彼女を奪いたくなるような衝動に襲われる。
そんな性に合わない欲を胸の中で飼い慣らすことは、想像よりもずっと難しい。
と言うか、飼い慣らすつもりも、飼う気もさらさらなかったし。



「千尋さん?」
「…どうした」
「いや、何か思い詰めてたから」

帰って来た彼女がテーブルに着いて、首を傾げる。

「…いや、今度名前と行きたい所あったんだけど。
 お前食べれるか分かんないから」
「え、なになに」
「あー…」

出まかせだったら、咄嗟に出てこない。

「…和食」
「えー和食だって、ちゃんと食べれるよ」
「んじゃ、今度行くか」
「やったー!」


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