桜舞う、4月。見上げた木々の間からはあたたかな木漏れ日が落ちてきて、ついぼんやりとしてしまう。手を伸ばせば花びらが落ちてきて、たくさんあるのになかなか手のひらには落ちないそれに、夢中になってしまうのは僕だけだろうか。
「何やってんだ、春」
「要くん」
桜に気を取られて気づかなかった、眼鏡の彼に顔を向ける。
「祐希、始業式ぐらいブレザー着て来いよ。悠太も、兄貴ならその辺ちゃんと言ってないのかよ…」
塚原要くん、しっかり者の幼馴染。呆れたような、怒ったような言い方をしているけど、本当は相手のことを気にかけたり心配したりしているのだ。僕はよく知っているから、つい口元が緩む。
「すごいね桜ー」
「ですよねー、満開…」
「春、頭に花びらついてるよ」
そんな要くんの助言を気にすることもなく、僕と一緒に桜を見上げるのは浅羽祐希くん。ひょい、と頭に触れられ花びらを取ってくれたのでお礼を伝える。マイペースだけど、祐希くんも優しい。
悠太くんは、祐希くんの双子のお兄さんだ。二人の違いは声がちょっと違うのと髪型くらいで、2人が髪型を全く同じにしてしまったらどうなるんだろう、と思う。見分けられると、思うんだけど。
「あ、要。頭に花びらついてるよ。…とってあげないけど」
「取ってほしくねえよ別に!」
「桜すごいねえ、おまたせしました」
「悠太くん、まゆちゃん」
要くんをからかいながら歩いてきたのが悠太くんだ。その後ろから顔を出したのは結城まゆちゃん。僕ら幼馴染の紅一点。悠太くん、祐希くんとまゆちゃんのお家は同じマンションのお隣さんで、いつも3人は一緒に現れる。今日2人が遅れて来たってことは、まゆちゃんの支度に時間がかかったのかな。いつもおろしている髪が、ハーフアップになっている。
「まゆ、何やってたの?」
「髪をね、うまくまとめられなくって。始業式だからちょっと可愛くしたかったの」
「別に始業式くらい普段通りでいいだろ」
「要はわかってないなあ、女の子はいつだって可愛くなるきっかけを探してるんですー」
「わかってないな要、だから独り身なんだよ」
「一生独り身なんだよ」
「お前らだって同じだろうが!つーか一生ってなんだよ!」
にぎやかな様子を見ると、やっぱり口元が緩む。僕らは出会ったあの春から、たくさんの春を、出会いを重ねてきた。けれどこうして変わらない関係は、いつだってここが居場所なんだと思えて、それがとてもあたたかいのだ。
今年の春もうらら。僕らは、穂希高校の2年生になった。
*
「春ちゃん、烏龍茶で普通ここまで盛り上がる?」
「さ、さあ…すごいですよね」
お昼休み。自販機まで飲み物を買いにきたけど、烏龍茶の話から、要くんが愛をお金で買う話に発展してしまった。いつも思うけど、ここまで1つのことで盛り上がれるのはすごいと思う…純粋に。横ではまゆちゃんが我慢できなかったジュースを飲んでいる。
これ以上は要くんが本当にカルシウム不足になってしまう気がするので止めよう。
「まあまあ、みんなで屋上行きましょうよ」
要くんをからかって遊ぶ悠太くん祐希くん、それを見る僕とまゆちゃん。たまに彼女も一緒になってはしゃぐこともあるけど、これがいつもの僕ら。2年生になっても変わらない関係。
桜吹雪、というか砂埃の舞う春は、育ち盛りの僕らにとって、少しも腹の足しにはならない。それ以前に、要くんは風に吹かれてさっきから箸の進みが悪い。
「っあー、風つえー。誰だよ屋上で飯食おうとか言いだしたの」
「だって、せっかく天気いいのに教室じゃもったいないじゃないですか」
「あれ、まゆさっき買ってたジュースは?」
「もう飲んじゃった」
「俺の飲む?」
「祐希の牛乳だもん、あんまり好きじゃない…」
おかずに砂が入るという要くんに、サンドイッチをおすそ分けしようとしたら悠太くんにちゃんと自分で食べなさい、と止められてしまった。そんな悠太くんは自分のジュースをまゆちゃんにあげている。というか、だったら誘ったとき断ればいいのに…というのはみんな同じ顔をしているので言わないでおく。
食べ終わったお弁当と飲み物は横に避けて、悠太くんが髪をまとめてくれるというのでお言葉に甘えることにした。今朝も、まとまらなかったまゆちゃんの髪を結ってあげたらしい。
「そういえば、祐希くんと要くんが同じクラスになるのは初めてですよね」
「俺とまゆが離れたのも初めてだね、やっていけてる?」
「あ、たしかに。まゆちゃんと祐希くん、要くんが同じクラスですね」
「まゆ?」
ふと思ったので言ってみると、祐希くんと要くんは無反応、まゆちゃんは何やら悠太くんの服の裾を握ってがっくりとうなだれてしまった、どうしたんですかみんな!
「あ、あのー…?」
恐る恐る声をかけると、そっぽを向いてた要くんいわく、祐希くんは教室で誰かに話しかけられてもことごとく無視らしい。しかし当の祐希くんいわく、故意に無視しようとしてるわけではなく誰の言葉も心に響かないんだとか…祐希くん、心に響くってどんな時ですか。
「悠太くん〜」
「いいんじゃない。そういうのも祐希だと思うし。誰かを傷つけてるわけじゃないし」
「無視されたら、十分傷つきますよ…」
「それより、」
ぽん、と頭を撫でられて髪を結い終わったことに気づく。まゆちゃんと同じハーフアップ。おそろいですね、と声をかけようとした彼女は、未だに悠太くんのブレザーの裾を握ってううなだれている。
「まゆは?新しいクラスはどう?」
悠太くんが頭に手を置いて尋ねてもまゆちゃんはうつむいたまま。人見知りなとこあるからなあ、とつぶやいた悠太くんが要くんを見る。視線に気づいたのか、要くんもため息をついて振り返る。
「要さん、うちのまゆちゃんはどうなってるんですか」
「悠太がいないことに慣れてないのがわかりやすすぎる。こいついつもお前と一緒にいたろ。女子ともあんま話せてないし、自己紹介もど緊張って感じだった」
席が俺や祐希とも近くないしな、とぼやいた要くんも、まゆちゃんと祐希くんのことは心配みたいだ。
悠太くんも午前中、隣の様子を見に行く暇もなくて(最初は連絡先を聞かれるのに忙しいのだ、優しい悠太くんは断れないから)心配してたのが的中してしまったようだ。しゃがんでまゆちゃんの頭をなでると、同じ目線になったからか彼女の顔があがる。うーん、見事に落ち込んでます、って顔だ…大丈夫かな。
「新しいクラス、どう?ちゃんとやっていけそう?」
心配そうに尋ねる悠太くんに、まゆちゃんの瞳が一瞬揺れる。
「いつも、悠太がいたから」
「うん」
「ちょっと寂しい」
「いや、それちょっとって顔と落ち込み方じゃないんですけど」
「大丈夫!最初はやっぱり緊張したし怖いけど、もう高校2年だし、悠太に頼りっぱなしなのはやめなきゃね」
「それ、祐希くんにも言ってあげてください」
「お兄ちゃん、俺のこと見捨てるの?悲しくて死んじゃうー」
「お前はまず協調性を身につけろ!」
悠太くんに強がる余裕はあったようで、にっこり笑ったまゆちゃんは、午後から友達増やすよ!と意気込んでいる。話せば楽しい子だし、僕らの自慢の幼馴染だ。まゆちゃんはこれなら大丈夫だろう。悠太くんも安心したのか、何かあったら隣の教室に来ること、忘れ物はしないこと、とお兄さん(お母さん?)のごとく言い聞かせている。
「そうだ祐希、お前今すぐ部活入れ」
「はあ?」
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