暗黒街の一角から、この薄暗い場所には似つかわしくない程優雅なヴァイオリンの音が響いた。この音色を聞けば、仕事でクタクタだった身体も、猜疑心と野望に塗れた気持ちも、全て軽くなっていく。
扉を開けると、楽しそうに弾いていた彼女は此方を向いて、恥ずかしそうに微笑む。
「おかえりなさい、ユーリスくん」
「ただいま」
「ご飯、用意するね……!あ、それとも先にお風呂にする?」
「いや、続き、弾いてくれよ」
「え……?」
「ヴァイオリン、ルスラの音が一番安心するんだ」
「うん……!分かった」
驚いた顔をして、また頬を赤くして。表情がコロコロと変わる所は、いつまで経っても変わらない。
彼女は再びヴァイオリンと弓を構えて、繊細な音を生み出す。
俺は近くの椅子に掛けて、聞き入る。
彼女と、この暗黒街に戻ってどれくらい経ったか。彼女なら、こんな暗い街で生きるより、王都で華やかな生活を送る道もあったし、むしろその方が似合っているはずだ。なのに、あの頃から、ずっと変わらず、俺に着いてきた。
「……ルスラ」
「なあに?」
ヴァイオリンを奏でながら、こちらを見て微笑む彼女。
「幸せ、か?」
「うん。だって、ユーリスくんと一緒だもん」
「……ユーリスくんの全てを、私は知らないし、ユーリスくん自身も分からないと思うけど、私は、私が知ってるユーリスくんが好きだし、愛してるよ。この街で生きることは、私が選んで、君についてきたんだし。それに、女神の塔で、誓ったでしょ?」
手を止めて、真っ直ぐ俺を見る彼女は、泣きじゃくってばかりだったあの頃とは違って。
「ユーリスくんが、私と一緒にいたいって誓ってくれた。私も、ユーリスくんと一緒にいたいと誓った。だから今、ここに2人いる。そういうこと、だよ」
近づいて、俺の頬に暖かい手が優しく触れた。
「ユーリスくんは、幸せじゃない…?」
心配そうに瞳が揺れた。
「そんな訳、ねぇだろ」
「愛する人と生きることが出来て、愛して貰えて。俺には……贅沢すぎるな」
「それを言ったら、私だって、贅沢だよ。だから、お互い様って事で……ね?」
優しく俺の頬を撫でた彼女は、にこりと微笑んだ。ああ、やっぱり、お前は笑ってる方がいいよ。それも、俺の方を向いて、俺の為に笑った顔が。