※社会人

6月3日を1週間後に控えたある日、うーんと私は悩んでいた。何度も迎えた今吉さんの誕生日。何が欲しい?と聞いても「気持ちだけでええで」の一言。おかげで悩まざる得ないのだ。

『と言うわけでどうしたらいいかな』
『なんで毎度俺に聞くんだよ』

LINEで若松にいつもの通りに尋ねる、変なこと聞いてもなんだかんだ返事が返ってくるのは若松の優しさだろう。

『飯とか行けばいいんじゃねえの』
『飯ー?』
『乗り気じゃねえのかよ!今吉さんの趣味とかあるだろ』
『うーん、釣りは休みに行ってたりするけど』
『一緒に行けばいいじゃねえか』

釣り、ねえ……と寝転がりながら考える。釣りはほぼやったことがない。まぁ今吉さんと行けばなんとかなるか。

『まぁ行ってみるサンキューワカマッツ』
『呼び方どうにかしろ』

若松のLINEには寝転がってるスタンプを送り終了、ターンエンドだ。
今吉さんの誕生日当日は私も今吉さんも休みだ、まぁ私は休みを取ったが今吉さんも休みだとはタイミングが神ってる様だ。


***


「おはようさん、ほら起きるでー」
「めちゃくちゃ朝早いやないですか……」
「たりまえやろ、釣りやで」

朝、というか早朝。日がもう少しで登るだろうという時間に起こされる。なんで今吉さんは動けるんだ。

「……めちゃくちゃ眠い……」
「車で寝とったらええやん、朝飯とか持ってくか?」
「んー……昨日の夜に作ったのが冷蔵庫にある……ので!任せた!顔洗ってくる」
「目覚ますんやでー」

顔を洗い、化粧水をパチャパチャとつける。肌荒れしているがもういい!という気持ちでいつもの手入れしかしていない。美容部員の人に怒られそう、知り合いにいないしデパートとか行かないが。

「簡易スープでも持っていこうよー」
「梨沙はお吸い物やろ」
「わかってんじゃん」
「何年居ると思ってんねん」

お湯を保温水筒に入れ簡易スープの袋を2つ、今吉さんはお味噌汁か。

「ほないくでー」
「ういすー、ここから何時間?」
「1時間半くらいちゃう?ちょっと遠目のとこやけど」
「帰り運転しようか?」
「ええねん、任せとき」
「ういっす」

車に乗って30分くらいはしゃべってた、記憶がそれまで。いつのまにか落ちていたらしくハッと意識が浮上したときにはもう風景が山の中だった。

「………今日は、川ですか」
「川やで、そろそろ着くから起こそうと思っとったけど起きたな」
「完全に寝ました」
「元気なったか」
「なりました!」

車が止まったことを確認してから降りる、川沿いの釣り場らしく同じ様に車を止めてる人たちがちらほら見える。
釣竿などを用意している今吉さんの周りをうろついていると「座っとき」と簡易ベンチを置かれた。
ちなみに釣竿をもう1個買うか?という話が出たが私は「絶対に釣れない」と言ったことにより話し合いは終了した。

「これからは忍耐の時間やで」
「がんばろー、私が」
「眠たくなったら川に浸かるんやで、冷たいから目覚めるやろ」
「善処します」

久々に川に来た、きょろきょろとあたりを見渡しても緑!目が回復しそうな土地だなぁ、とぐぐぐと体を伸ばす。
釣りは出来ないに等しいが、こういう空間でゆっくりするのは気分が良い。


***


「釣れたなぁー」
「捌くの出来ないけど」
「ワシが出来る」
「流石」

日が傾き始めた昼過ぎ、帰るかぁと片付けをして車に戻った。成果は川魚4匹、釣れたのはいいが捌くの出来ないが?と思ったら流石釣りをしている今吉さんが捌ける様だ。

「さて今吉さん、せっかく魚釣りましたが夕飯はうなぎです!」
「釣ったのは明日でもええねん、うなぎかぁ楽しみやなぁ」
「お誕生日だからね、何歳になりました?」
「やめや、祝われる年齢でも無くなって……」
「やめて私も近づいてる」

帰りの車の中でそんなくだらないような話をする。20代に入ってからは老いが近づいてくるのが嫌だね……と病んでくる。

「ただいまぁ」
「おかえりー」
「同時に帰ってきたやん」
「ただいまって言ったから……私うなぎの準備しまーすなのでお魚任せた」
「任されたでー」

私がうなぎを解凍、そしてお酒で軽く煮るとふっくら戻るのでその準備。横では今吉さんが捌いて保存する準備をしている。

「あ、こいつめちゃくちゃ食っとるで」
「ほんとだ食いしん坊万歳じゃん」
「語感の良さで返事しとるやろ」
「ばれた」

捌くのが終わる頃、うなぎもふっくらと復活した。重箱はないので丼になってしまうが今吉さんは「ええねん」と緩い返事を返してきた。

「いただきまーす」
「いただきます」
「ん、ふっくらしとるなぁ。美味いで」
「親から教わったうなぎの復活方法です」
「ええ誕生日になったわぁ」
「ん、ちょっと待って今吉さん」

パタパタと寝室へと向かう、クローゼットの奥にしまっておいたプレゼントを手に取り再び戻る。

「はい」
「!用意してくれたんか」
「まぁ。ただ本当に何も思いつかなかったもので……」
「……万年筆やん、めちゃくちゃええもんやん」
「使うでしょ」
「大事に使わせてもらうわ」
「あ、今更だけど」

言い忘れてました、と言わんばかりにうなぎを口に運びながら言う。


「お誕生日おめでとう、今吉さん」