05



 それからまた数日が経った。直都はどうやら一人で会長を狙っている犯人を探し続けているようだが、手がかりは未だ見つかっていないようだ。今日も「いっそ過激派の奴ら全員殺したら済むんじゃない? どう思う?」と物騒なことを聞いてきた。そんなお前が一番の過激派だよ。流石にそんなことは言えなかったけど。
 そして俺はといえば、特に変わったこともなく。普通に授業を受けて、寮に帰って、寝る。その繰り返しだ。――それは今日だって例外ではない。
「まだ髪乾かしてなかったのか? 風邪引くぞ」
 学校が終わって、とっくに日が沈んだ頃。風呂からあがってそのままぼんやりとソファーに座ってテレビを見ていたら、後ろから藤咲が声をかけてきた。振り向けば、藤咲も風呂から上がってきたようで、普段はふわっとウェーブがかかっている黒髪は大人しくなっている。「あとでやる」なんて言えば、案の定「そう言って自然乾燥させるつもりだろ」と眉をひそめ、ソファーの背もたれに回り込んでバスタオルでがしがしと俺の頭を拭き始めた。本当にこいつは人の世話を焼くのが好きだな。内心溜息をつきながらも、俺は大人しくされるがままにしておく。以前の俺であれば「いいってば」と逃げていただろうが、今は藤咲に対してそういう態度を取る気分にもなれなかった。
「……そういえばさ」
 すると藤咲は手を動かしながら、思い出したように俺に声をかける。咄嗟に振り返ろうとするが髪を拭かれていることを思い出して、顔はそのままに「なに?」とだけ返した。
「今、直都が会長の周りを調べてるじゃん」
「うん」
「副会長も個人的に色々調べてるらしいよ」
「へえ……?」
 そりゃあ副会長は会長のことを大事に思っているだろうし、調べるのも当然だろう。何の不思議もない。藤咲のその言葉の真意を掴みきれず、俺は我慢しきれずに振り返って藤咲の顔を見た。藤咲は手を止めて、苦笑する。
「――副会長は俺たちのことを疑っているらしい」
 ……は?
「え……は? なにそれ、俺たちが会長を狙ってるって?」
「うん。直都が言ってた。気を付けなよって」
 気をつけなよと言われても。俺は頭の中で黒髪の男を思い出す。食堂で会長とぶつかったときに感じた冷たい視線。そして生徒会室でのあの態度。副会長が会長に対してただならぬ感情を持っているのは容易に想像できた。きっと直都と同様に血眼になって犯人を探しているのだろう。ただ、何故俺たちが疑われなくちゃいけないのかは理解できない。どちらかというと俺たちは会長を助けた側だと思うんだけど……
「なんだか嫌な予感がするな……」
 ぼそりと呟いた藤咲に、俺はこくりと頷いた。

 次の日。俺たちはいつも通り学校に行き、いつも通り授業を受けていた。副会長のことは気がかりではあったが、俺たちに何か出来ることがあるかと言われれば特にない。というか、そもそも俺たちは何もしていないんだから、堂々としていればいいんだ。うん。そう言い聞かせるが、昨日からずっと胸に残る嫌な予感が消えてくれない。――とにかく生徒会メンバーと鉢合わせないようにしないと。そんなことばかり考えていたからか、全然授業に集中できなかった。
 そうして、昼休み。
「あー、腹減った。水瀬、食堂行く?」
 藤咲は自分の腹を摩りながら、未だ自分の席に座っている俺に問いかける。前に座っている直都は俺たちのことなんか気にせず、ひたすらスマホを弄りながら自分の手作り弁当を食べていた。情報収集でもしているのだろう。
「いや……」
 今日は売店で適当に買って教室で大人しくしてようかな。警戒しすぎかもしれないが損はないだろう。「売店行く」と返事をしながら席を立てば、藤咲は「じゃあ俺もそうしよっと」と返す。食堂に行きたいなら行けばいいのに。そう言いたくなるのをぐっと堪えて、俺たちは教室から出た。
「……混んでるなぁ」
 昼休みだから、当然廊下も人の行き来も多い。食堂があるにも関わらず売店を利用する生徒は多く、今日も例外ではなく長蛇の列となっていた。
「俺、先に自動販売機行ってくる。水瀬は何かいる?」
「いや、いい」
「そう? じゃあ並んでて」
 喉が乾いて仕方なかったのか、はたまた並びたくなかったのか。実際はどうなのか分からないが、藤咲は自分だけ列から外れて自動販売機へと向かっていく。俺はこの無意味な時間も苦ではないタイプだったから、藤咲の背中を見送ったあと、ポケットからスマホを取り出してただただ時間を潰していた。
「……」
 会長が襲われるようになってから、直都は今まで以上に一人で行動するようになった。放課後もすぐに教室を飛び出していくし、常時スマホをいじっているところを見ると、あれからずっと犯人を探しているんだろう。しかし、それほど必死に調べているのは直都くらい――噂通りであれば副会長も――で、他の生徒は今までと変わらず呑気に日常を送っている。直都以外のクラスメイトとまともに話したことがないからこれは想像でしかないが、俺たちが思っている以上に周りは他人に興味がないのかもしれない。あれほどまでに煌びやかな生徒会は当然生徒たちの憧れの対象なのだと思っていたが、実はそうではないと考えると犯人を絞るのは更に難しくなりそうだ。生徒会に悪意を持つ人が目立たなくなってしまう。
 なんて悶々と考えていたときだった。
「――ッ!」
 突然腕を引っ張られ、並んでいた列からはみ出す。な、何だ……!? 思わず大声を出そうとするが、その前に手で口を塞がれ、声にならない音となって消える。抵抗しようにも相手の力が強すぎてどうにもできない。後ろ歩きでずるずるとどこかへ引っ張られているせいで相手の顔を見ることもできなかった。
「黙れ。騒いだら殺すぞ」
 聞き覚えのある声。予想通りの展開過ぎて、つい笑ってしまった。
 あーあ、藤咲のやつ、きっと心配するだろうな。無駄に過保護なあの男を思い浮かべながら、俺は諦めたように目を閉じた。



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