04



 あの日病院に運ばれた会長は脳に大きな問題は無かったらしく、検査だけして次の日には学園に戻ってきた。本人はあんな目に遭ったにも関わらずケロッとしており、見た目の印象に反して図太い神経してるなと思った記憶がある。――しかしあれから一週間。その日から、会長の命が狙われることが格段に増えた。
「会長、今日は外歩いてるときに上から植木鉢落とされたって」
 とある平日の昼休み。一年A組の教室にて。俺の隣の席に勝手に座った藤咲は売店で買ってきたパンを広げて、まるで噂好きの女のように直都にそう声をかけた。俺の前の席で自分の弁当を食べている直都は箸の動きを止めて、溜め息と一緒に舌打ちをする。
「……昨日は階段から突き落とされかけて、一昨日は、なに? 慧」
「え? ……ええと、何だったっけ」
「振り返りざまに椅子で頭をぶん殴られそうになったんだよ! なに忘れてんだよ!」
 怒られた。直都は持っていた箸をバンッ!と大きな音を立てて机に叩きつけ、「何考えてんだよ、犯人は。いっそ異能使ってくれりゃあ犯人絞れるのに」と小さい声でブツブツとつぶやいている。殺意にまみれた目だ。藤咲は直都を刺激しないように俺の耳元で「相変わらず会長が絡むと性格が変わるよな、直都は」と苦笑しながら囁いてきて、俺はそれに「ああ」と頷く。直都が会長信者なのは分かりきってることなのでもう今更何とも思わないが、それにしてもこの不穏な感じ、嫌な予感しかしない。入学してからこんなことばっかり続いている。
「まあ、どうせ過激派の野郎の仕業だと思うけどさ。会長のこと目の敵にしてるし」
「うーん……」
「やるとしたら……隆一先輩か? でもあの人不意打ちを狙うなんて卑怯な真似はしないからなあ……」
 直都は腕を組んでううむと考え込む。そういえば、こないだ会長が殴られていたとき、一番狼狽えていたのは隆一先輩だった。何故隆一先輩があの場に現れたのかはよく分からないが、あの様子からして、多分あのグループの犯行では無いだろう。もしあの時の隆一先輩の様子が全て演技だとしたら主演男優賞ものだ。藤咲も同じことを思っていたのか、「あの人たちが、っていうより、また別のグループの仕業だと思うけどな、俺」とパンを貪りながらそう直都に伝えた。
「会長が頭殴られたとき、あの人が一番心配してたもん」
 そう続け、「な?」と同意を求めるように俺に視線を合わせた藤咲を見て、俺も直都に向けてこくりと素直に頷く。
「は? なに? あの場に隆一先輩がいたわけ?」
「うん。めっちゃ取り乱してた」
 すると、藤咲の言葉を聞いた直都は苦虫を噛んだような、あからさまに不愉快そうな表情を見せた。そんな直都を見て、藤咲は「なんだよ、その顔」と笑う。まあ、会長を狙っている奴らが隆一先輩じゃないとすれば、手がかりはゼロだ。そりゃあそんな顔もしたくなる。――犯人探しは難航するだろうな、なんて、他人事のようにぼんやりと思った。俺にとって、他人事なのは間違いではないのだが。
「お前ら、まさか隆一先輩を庇ってるわけじゃないよな?」
「なんで? 庇う理由なんて無いだろ。ただでさえ酷い目に遭ってるのに」
「……まあ、それもそうか」
 渋々であるが納得したらしい。直都は正面を向いて、再び箸をとって食事を再開した。思わず、苦笑している藤咲と顔を見合わせる。
 会長が狙われる理由。もし犯人が隆一先輩なら、理由は何となく想像できる。『一年後、俺たちは永久に殺されて死ぬ』、その言葉が本当だとしたら、会長を殺してでも止めなきゃいけない理由がある。
『あいつのことは、俺が止めたい。止められないなら、俺があいつを殺す。それは他の誰かじゃだめなんだ。俺じゃないと……』
 でも、あの言葉を聞くと、やはり今回の事件は隆一先輩がやったとは思えない。それに入学式の暴動を見ると、直都も言っていたけど、多分こんな卑怯なことをするタイプでもない。あの人は、『自分』が会長を止めることに意味を持っている。
「だとしたら、誰が会長を狙うんだろう……」
 いつも通り淡々と思考をまとめていると、ついポロっと口に出してしまっていたようで、藤咲や直都が「どういうこと?」と反応する。現実に引き戻された俺は、思い出したように止まっていた手を動かして、パンを一口放り投げたあと、「いや」と前置きをした。
「いまいち、過激派の人たちが生徒会を狙う理由がよく分からなくて……」
 隆一先輩たちがやったって聞けば、きっと納得出来たんだろうけど。そう続けると、直都は振り向いて「あー」と意味のない音を出したあと、「具体的な理由は犯人に聞かないと俺も分からないけど……まあ、過激派は保守派ってだけで目の敵にし始めるからね」と不機嫌そうに言った。
「実質この学園って保守派が実権を握ってるようなもんじゃん? 生徒会が保守派だから」
「あー、まあ」
「それが気に入らないってのもあるんじゃない? 過激派の気持ちなんて知ったこっちゃないけどさ」
 そう、言うだけ言って直都は再び食事をとり始める。藤咲はもう食べ終わったらしく、「ふうん」と頬杖をついてちらりと俺を見た。
「でも、今回の件は俺たちはあんまり関係ないし、入学して初めてゆっくり出来るんじゃねえ?」
 そう言われると確かに。ここまで色々あって、あんまりゆっくり出来なかったもんな。そんな俺たちの会話を聞いて、直都は「え? 犯人探し手伝ってくれねえの?」とびっくりしたように俺たちを見るが、俺も藤咲もその何かを言いたげな視線を無視する。
「初が倒れた日から、お前ら仲良くなったよなあ……」
 寂しいんだけど。なんて、しみじみと呟く直都に、俺たちはちょっと笑ってしまった。




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