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バレンタインデー



「水瀬、チョコ貰った?」
 授業が終わって、部屋の共有スペースで楽しくテレビを見ていたら突然声を掛けられた。顔を上げて声を掛けてきた本人を探せば、キッチンで冷蔵庫を開けている。ただの世間話らしい。テレビに視線を移せば、「無視すんなよ」と怒られた。
「お前秘密主義だから聞かねえと答えてくれないだろ」
「……秘密主義ってわけじゃねえよ。わざわざ言うことじゃないから言わないだけだ」
「はいはい。……それで?」
「……冷蔵庫見てるってことは気付いてるんだろ」
 だって貰ったチョコは全部冷蔵庫に入れてるからな。そう言えば藤咲は「やっぱりこれ全部貰ったやつなんだ」とぽつりと呟く。
 これだから嫌なんだ。藤咲はいつも「友達のことは全部知りたいって思うのは普通だろ」と言うけど、ここまで詮索されると良い気分ではない。元々俺は自分のことはあまり話したくないタイプなのだ。俺と藤咲の相性が悪いのは薄々感じていた。溜め息をついて、俺はリモコンを手に取りテレビの電源を消す。
「食べていいよ。俺甘いもの得意じゃねえし」
「……いや、いいよ。そういうつもりで言ったんじゃない」
 じゃあどういうつもりで言ったんだ。そう思ったが別にわざわざ言うことでもない。文句をグッと飲み込んで、藤咲の言葉を待つ。俺を不快にさせるためだけに声を掛けてきたわけじゃないのは分かっていた。じっと見つめていると藤咲は覚悟を決めたのか冷蔵庫の扉を閉めて、ココアを持ちながらそのまま俺の隣に座る。
「なあ、俺にはくれねえの?」
「何で。俺には、って、俺誰にもチョコなんてあげてないけど」
「折角のバレンタインなのに」
「男子校だろ」
「そうだけどさ、現に他の奴らはお前にあげたわけだろ?」
 缶のプルタブを開けてそれを飲んでいる彼を見て、お前だって俺にあげる気なんか無かったんだろと内心イラッとする。流石に黙っていられなくて、何が言いたいんだよと言い返そうとしたときだった。
「んっ……!?」
 キス。不意打ちをくらって、思わず声を出してしまった。ぬるりと入ってくる舌。生温かさを感じると同時に、ふんわりとした甘さが口の中に広がる。ココアの味だ。
「分かんないかな」
「……なにが」
「嫉妬してんだけど」
 ぺろりと自分の唇を舐める藤咲は、珍しく熱情を孕んだ目をしていた。その目に見つめられたら文句なんて言えなくなるだろ。ずるい。俺はついつい笑ってしまって、怪訝そうにする藤咲の首に腕を絡ませる。何だかんだで絆されちゃう俺も俺なんだよなあ。
「ほんと、可愛いな」
「はあ? 何でそうなるんだよ」
「チョコレートなんかに必死になってる姿がさ。可愛いなって」
「お前なぁ……」
 照れと呆れと怒りが入り混じった複雑な表情をしている藤咲の口を、再び塞いでやる。藤咲の後頭部を支えてじゅっと舌を吸えば、ぴくりと藤咲の肩が震えた。口を離せば、してやられたと言うように眉間に皺を寄せている藤咲。ちょっと笑ってしまった。
「じゃあホワイトデー楽しみにしておいて」
「……は?」
「だってこのココア、チョコのつもりなんだろ?」
「……」



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