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ホワイトデー



「ホワイトデーだけど」
「え?」
 無事卒業式も終わり、春休みを迎えたある日のこと。やることもなく、ただひたすらソファーに座りながら寝間着のままで携帯を弄っていると、ソファーの背後に立って俺を見下ろす藤咲にそう言われた。顔が近い。藤咲の黒髪がぱさりと俺の顔にかかる。相変わらずイケメンだなあ、と思っていると、前髪を掻き上げられてちゅ、と唇にキスを落とされた。
「なあ、聞いてる?」
「あ? うん、聞いてる聞いてる。ホワイトデーね、ホワイトデー」
「忘れてただろ。お前が楽しみにしとけって言うから楽しみにしてたのに」
「……一緒に買いに行く?」
 正直忘れてた。しかし素直にそれを言うのも憚れる。誤魔化すようにそう提案すれば、藤咲はううんと唸ったあと、横に首を振った。
「市販のやつより水瀬が作ったやつがいい」
「ええ……」
 面倒臭い。そう目で訴えるが、しょんぼりとした藤咲の表情が目に入って、思わず言葉を飲み込む。面倒臭い。面倒臭いけど、今回悪いのは圧倒的に俺なので文句も言えない。しょうがないな、と俺は携帯の電源を落としてテーブルに置いた。
「えっ、うそ」
「何だよ、文句があるなら作んないけど」
「い、いや。水瀬お菓子作れるの?」
 知らなかった、と零す藤咲にむっとしながら「レシピ見れば誰だって作れるだろ」と返す。実際あまり料理はしないが、ネットを頼ればチョコくらい作れるだろう。多分。
「へえ、楽しみだな」
「作るのはいいけど市販の方が良かったとか言うなよ」
「言わねえよ、そんなこと」
 相当楽しみにしているんだろう。やけにテンションが高い。後ろから俺を抱きしめて俺の肩に顔を埋める藤咲は何だか子供みたいで、思わず苦笑してしまう。

 それから俺たちは八階でチョコレートを作る材料を買いに行き、結局一緒に作って食べた。ほとんど藤咲が作ったようなものだったけど、まあ、本人が喜んでいるならいいか。



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