熱い視線に目眩

「俺、弥智のことが好きなんだ」
 天文部の部室と化している、そこまで広くない学園のプラネタリウム。一切私語をせず、各々好きなことをして時間を過ごしていた。そんな時だった。先輩が俺の隣の席に腰を下ろし、そう告げたのは。
「本当は言うつもりなんて無かったんだけど……」
 他の部員もいた。いくら小さな声でも、こんなに静かな場所であれば周りに聞こえていたはずだった。隣から感じる熱い視線。恋人に囁くような甘い声。俺は何度も繰り返し読んだせいで褪せてしまった星座図鑑から先輩へと視線を移す。俺の手にそっと先輩の手が重なって、思わずびくりと肩が震えた。
「でももう、俺三年だし……そろそろ、部活引退するからさ」
 気持ちだけでも伝えておきたくて。そう続ける先輩の目は熱情を孕んでいて、耐え切れず目を逸らす。
 嫌だった。中等部の頃からずっとお世話になっていた先輩だ。最後の最後でこの関係が崩れてしまうのは嫌だった。だって、人付き合いが苦手でずっと一人でいた俺に星の素晴らしさを教えてくれたのは紛れもなく先輩で、天文部という居場所をくれたのも先輩だった。
「こんな先輩でごめんな」
 ぽん、と頭を撫でられる。先輩がどんな表情をしているのか、怖くて見ることが出来なかった。
 俺はひたすら自分の爪先を見つめて、どう返せばこの関係が続くのかを考えていた。


魚は夜空を泳ぐ夢を見る


「……!」
 ガバッと勢いよく起き上がる。心臓がバクバクと騒がしい。頬を伝う汗を手の甲で拭って辺りを見渡せば、そこはプラネタリウムではなく、寝室だった。鳥のさえずりが微かに聞こえる。太陽の光がカーテンの隙間から差し込んでいるのを見て、また朝が来てしまったことを痛感した。
「また……夢……」
 深く息を吐く。思わず両手で顔を覆った。
 尊敬している先輩に告白をされて、何も返事が出来ずに終わる。そんな夢を、何度も見る。実際には告白なんてされていない。関係も崩れることなく、平和に日々を過ごせていた、はずだ。本当はこれは夢じゃなくて現実なんじゃないかと混乱しそうになるが、今はまだ春だから三年生が部活を引退する時期ではない。夢だ。多分。いや、絶対。
「あー……いつ告白してくるんだろ……」
 曲げた膝の上に頬を乗せて溜め息を付く。先輩が俺のことを好きでいてくれているとは未だに信じられないし、夢と現実は違うと割り切れたらそれに越したことはないのだが、俺にはそれが出来ない理由があった。
 ――ここ、私立月之宮学園は異能を持った少年を集めた監獄である。百年ほど前から突然現れた異端者を発端に、今では異能を持った者が何百人も存在する。その異端者を監視・保護するために出来たのがこの学園で、この学園に通っている俺も例外ではない。異端者だ。あんな夢を見る理由はここにある。
「未来予知なんて能力、無くなっちゃえばいいのに……」
 そう。俺は夢を通して未来予知が出来る。それだけ聞けば羨ましい能力だが、意外とこの異能は厄介なのだ。まず、未来予知の発動を回避することは出来ない。毎日夢を見るわけでもないから睡眠不足になることもないが、突然来るから心の準備も出来ない。それに夢に見る内容はいつも人生のターニングポイントになるであろう出来事で、例えば俺が死ぬ夢とか強姦される夢とか洒落にならないものばかりだ。まあ、夢を見るおかげで行動次第ではそんな危機を避けることが出来るんだけど。
 だから、あんな夢を何度も見るということは、多分今後先輩に告白をされるのだ。そしてそれが俺の人生のターニングポイントとなる。あの熱い目で俺を見て、あの甘い声で告白の言葉を紡がれる。あの温かい手のひらで俺の手を覆って――そこまで考えて、やめた。自然と顔が熱くなるのが分かったからだ。
「もう……ほんと、やだ……」
 先輩のことは嫌いではない。恋愛の意味で好きかどうかは分からない。ただ、今の先輩後輩の関係が一番居心地良いのだ。壊したくなかった。
 返事、考えとかないとな……。どんどん落ちていく気分を無理矢理上げて、俺はようやくベッドから降りた。

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