「あれ…?」
それは突然だった。
お昼休み、学校の廊下を歩いている時。前世を思い出した。その走馬灯のように流れる膨大な記憶と衝撃で体がふらりと傾いた。
「あ…?」
傾いた体はちょうどすれ違おうとしていたガラの悪い男の肩に軽くぶつかった。
私はその男のど低音を聞いて顔を見ることもできずに冷や汗を吹き出した。その男は渋谷三中で有名な暴走族に入っている不良だったからだ。しかもその男の後ろには取り巻きが数人。一瞬で前世を思い出した衝撃すらも忘れ頭の中は「どうしよう」でいっぱいだった。
「なんだテメェオイ。人にぶつかっといて謝罪もなしか…?」
ぶつかったキヨマサと呼ばれている男が顔を覗き込んできた。あまりの顔面の迫力に頭が真っ白になって気付けばごめんなさいと叫びながら頭を振り下ろしていた。
するとおでこに僅かな衝撃が走り、気付けば目の前にいたはずの男が地面に倒れ込んでいた。呻き声をあげているから気絶まではしてないようだ。
「え?え?…え?」
「テメェ何してくれてんだよオイゴラァ!!!」
「ぴえ…!ごめんなさい!?」
また突然近づいてきた迫力のある顔面に後ろにのけぞると次は後頭部に衝撃。驚いて勢いよく振り向くとキヨマサと同じように蹲るガラの悪い男。
「ぐおぉ…テメっポニーテール…!」
そして何故かキヨマサの近くに私の髪型を呟きながら目元を抑えヤンキー座りをしている男。もしかして私が何かをしてしまったのかと足を踏み出せば、未だに倒れていたキヨマサに躓いて咄嗟に踏んでしまわないようにハードルを越える要領で勢いよく足を上げた。その足が向かう先には先程のヤンキー座りをした男の顔。心の中で「あ。」と思った。しかし流石に空中で体勢は変えられない。人の顔に自分の足がのめり込んでいく瞬間が何故かスローモーションのように見えた。
図らずしも渋谷三中の有名人を一気に3人ものしてしまい、心臓が激しく暴れる。次は恐怖と緊張で脂汗が出てきた。
そして私は後ろを振り返ることなく逃げた。昔から逃げ足だけは早いのだ。まだ背後に残っていた不良たちが怖くて怖くて逃げた先の女子トイレで号泣した。
翌日、せめて雰囲気を変えて自分を探せなくすればいいのではと思い金髪に染めていつもポニーテールにしていた髪を下ろした。これで余計に目立っていることを正常に働いていない彼女の頭では気づかなかった。
いつもより遅めに登校して人もまばらな校門からコッソリ顔を覗かせる。セーフだ。昨日の不良たちはいない。ひとまずほっとして忍足で下駄ばこに向かう。泥棒にでもなったような気分だ。ローファーから上履きに履き替えさあ早く教室に行こうと顔を上げた瞬間、自分の上に影が差した。
「ヨォ。」
「ぴえ。」
キヨマサだった。後ろにはまたいつもの取り巻きたち。不良だろ朝一で学校来んなよ。
目の前は不良、上履きに履き替えたのでいい子ちゃんな私はローファーを置いたまま家に逃げ帰るという選択肢はない。詰んだ。今世は短い人生だった。心の中で合掌した、その時。
「お疲れ様です、マサルさん!!」
キヨマサが元気よく挨拶して後ろで手を組んでバッと勢いよく頭を下げる。
取り巻きたちもそれにならい、挨拶をして頭を下げた。登校してきた生徒たちは何だなんだとこちらの様子を伺っている。
「荷物お持ちします!」
「え。」
「マサルさん段差気をつけてください!」
「え。」
「オラテメェら見てんじゃねーぞ!」
「…え?」
気付けば甲斐甲斐しく世話されていつの間にか自分の席に座って授業を受けていた。…え?
何も頭に入らないままだった授業を終え昼休みになったので無心のまま給食を食べ終わってそのままぼーっとしていると、教室の前が騒がしくなってきた。
「あ、マサルさん!お疲れ様です。」
「お疲れ様です!一年のやつが幅きかせてるみたいなんでシメにいきませんか?」
「…え、あの…え????」
不良たちが教室に突撃してきたと思ったら私の名前を呼んで私の顔を見てお疲れ様ですとニコニコする。心なしかクラスメイトたちが引いている気がする。…え?
「いや、あの…行かないです。」
「わかりました!じゃあこっちでシメときますね!」
「邪魔だどけオラ。」
無駄に礼儀正しい不良たちは最後に私に一礼してから野次馬を蹴散らして一年の教室がある方に歩いて行った。…え??????
混乱して中学から金髪に染めた不良大好きなイトコの武道に「不良が頭下げてくるんだけどどうすればいい?」というメールを送った。すると「ねーちゃん渋谷三中で番張ってんの?スゲー!」と返信が来た。私では不良の生態は理解できない。あいつ日本語理解できてんのかな。
それからというもの、不良たちに頭を下げられ友達に避けられ教師に怖がられ過ごした。絶望した。
あの不良たち何故か休日に遊びに誘いに来るんだぜ…なんでだよ。メアド聞かれて怖くて教えちゃったんだよ…。私インドア派だよ。
そんな不良たちの意味のわからない行動にも慣れてきたある暑い夏のことである。武道からメールが届いた。タクヤが喧嘩賭博のファイターになった、助けてくれ。と。なんのこっちゃである。
タクヤというのは武道の幼馴染のイケメンくんだったはず。よくわからないが身近な触って話せるイケメンは宝である。イケメンのために喧嘩賭博というものをやっているらしい公園に赴くことにした。
「…武道?」
「ねーちゃん…?」
そこは不良で溢れていて、その中心にはボロボロな武道とそれをやったであろうキヨマサが立っていた。
私に気づいた渋谷三中の不良たちは頭を下げる。それを見て周りの不良たちも一斉に頭を下げた。やめて。こっちに頭下げないで。
「あー、えっと、何してるの?」
とりあえず遠くから話すのもアレなので中央まで行こうと階段を降りる。
しかし後数段、というところで足が滑ってしまった。捻挫するよりはと足に力を入れて空を跳ぶ私。キヨマサの顔面にめり込む私の膝。
あ゛ァーーーーー!!!!!
倒れたキヨマサに騒然となる周りの不良。やっちまった、これは言い訳できない。お巡りさん私です。
「この喧嘩賭博の主催ってオマエ?女じゃねーか。」
「違います!」
公園の入り口からダルそうに歩いてきた男の突然の言葉に反射で答えた。誰だこいつと思っていると、不良が一斉に頭を下げた。そして私に声をかけた男の後ろでたい焼きを食べていた男を「総長」と呼び挨拶している。え、暴走族?こわ…。
「へーでもコイツらのボスはオマエだろ?」
「違います!」
とんでもないことを言いやがるこの総長。ボス誰だよ。お前だろ。
ニッコリと笑った総長に嫌な予感がして一歩後ろに下がろうとして下の砂でローファが滑ってかっこよくバックステップしてしまった。そして目の前を素早い何かが通り過ぎた。…え?
「!へえ…。」
え、いま私に蹴り入れようとしたかこの総長。
恐怖で膝の力が抜けてしゃがみ込むと、頭上をまたものすごい風圧を起こす蹴りが通り過ぎていった。嘘だろ。
総長の足が届かない場所まで咄嗟に避難した。
「凄いねオマエ!名前は?」
「ま、マサルです……。」
「じゃあマサルンね!今日からオレのダチ!」
「やるなーオマエ、マイキーの蹴り2回も避けるなんて。2回目アレわりと本気だったぜ。」
え???
頭が働かないまま私たちと同じようなやりとりをする武道と総長を横目に見ながら絶望した。