三ツ谷のヨメは今日も可愛い


「おいパシリ〜コーヒー。」
「うん、分かった。」
「兄ちゃん。」
「え〜?いいじゃんパシリもパシられて嬉しそう♡」

眉を下げ申し訳程度に笑っている女の肩に手を回し体重をかけているのは六本木のカリスマ兄弟の片方、兄の灰谷蘭だった。

「竜胆くんは何かいる?」
「あー…別にいらね。」
「そっか、じゃあ買ってくるね。」
「3分な〜。」

そして灰谷蘭にパシリ呼ばわりされこき使われているのは灰谷兄弟の幼なじみである。
幼なじみとは言っても特に親しいという訳もなく幼い頃によく一緒に遊んだということもない。ただ、ほぼ腐れ縁のようなもので灰谷蘭がパシリに使う以外は特に関わりのない淡白な関係だった。
そんな関係であるにも関わらず女は唐突に呼び出されてはパシられ、それに文句も言わず大人しく従う。
灰谷竜胆はただ女が怖がって兄に従っているのだと思っていた。












「ねえ三ツ谷くん、それ喧嘩…?」
「、あー…まあ、うん。」

病室の味気ない布団で横になる東京卍會隊長三ツ谷隆。そのそばにある椅子に腰掛け心配そうに見つめるのは灰谷兄弟の幼なじみの女であった。
三ツ谷の頭に巻かれた包帯を痛々しいという目で見ている。

「三ツ谷くんといつも一緒にいる子が抗争って言ってたけど、行かないよね…?」
「…うん、行かないよ。…大丈夫。」

ポロポロと宝石のような涙を流す女に、三ツ谷は横になったまま手を伸ばしてそれを指で拭き取った。

「でもさ、ちょっとアイツらに用事があるんだ。だから、今日だけ病室抜け出すの許してくれるか?」
「喧嘩しない?」
「しないよ。」
「私もついてっていい?」
「…うん、いいよ。」
「じゃあ今回だけ。」
「ありがとな。八戒たちが車椅子持ってきてくれるから、合流してから一緒に行こうな。」
「うん。三ツ谷くん大好き。」
「オレも。」
「大好きって言ってくれないの?」
「んっ、あ〜……だいすき。」
「うん、嬉しい。」

涙で潤んだままの瞳をゆるりと細めて、三ツ谷の手を取ってほんの少しだけ力を込めた。







そんな会話を1時間ほど前に盗み聞いた八戒は、あれはきっとタカちゃんのヨメの皮を被ったバケモンだなと思った。
じゃなきゃ灰谷蘭の警棒を華麗に奪って華麗に股間に叩きつけるなんてことしないもん。そのまま警棒を肩でポンポンして竜胆をどう料理してやろうかみたいな顔しないもん。

「あっこれ灰谷兄のチ〇コ殴ったやつじゃんばっちい。」

って言いながら竜胆の顔面と股間殴ったりしないもん。タカちゃんのヨメは優しい女の子だもん。

「あーあ、灰谷弟の方はまだまともだと思ってたんだけど、残念。」

ほら、ヤンキー座りして摘んだ警棒プラプラしながらイカつい顔なんでしないもん。

「ねえアレ三ツ谷くんのヨメだよな?」
「違うもん!!!!タカちゃんのヨメは可愛い女の子だもん!!!!」
「現実見た方がいいよ、八戒。」
「ち〇こなんて言わないもん!!」

八戒は泣いた。アングリーが慰めた。

そんな可愛いはずの女は立ち上がってから竜胆を見て、海を見て、また竜胆をみてにっこりと笑みを浮かべた。
嫌な予感がして竜胆の顔が青ざめるが股間を警棒で殴られた痛みで逃げられない。イモムシのようにうごうごと地面を這いずって逃げようとするが襟首を掴まれて海へのカウントダウンが始まった。

「重いなコイツ。」

周りは突然飛び込んできた女の暴挙に思考がまとまらず呆然と見ているだけだったが、土下座のような体勢で地面に蹲ったまま股間をおさえている蘭が痛みで震える指先で女と竜胆を指してか細く止めろと声を出したため天竺のモブ達はお互い顔を見合わせた。
めちゃくちゃ嫌だし帰りたかったが天竺幹部が止めろというし言うことを聞かないと後が怖いので戸惑いながらも女を止めにかかった。

近付く男たちを一瞥した女は竜胆から手を離し、1度ため息をついた。そして女の肩をつかもうとしていた男の顔面を振り向きざまに警棒で殴りつけた。

「あは、いやーん間接チ〇コおめでと〜。」

その一言にドン引く周りの男たちを高笑いしながら殴っていく女は誰がどう見ても可愛い女の子ではなかった。八戒は現実を受け止められなくなってフリーズした。
数十人の男を再起不能にした女はまた竜胆の襟首を掴み、なおも海に向かう。

「そりゃさ、三ツ谷くん襲っといて自分は関係ありませんだなんて通用しないでしょ。入院してんだよね、三ツ谷くん。しかもその前に灰谷兄にコンクリートブロックで殴られたとか聞いたんだよね。良かったね灰谷弟、君の次は兄だから…暗い海の中で仲良くちちくりあってな。」

灰谷兄弟は痛みに悶えながらコイツ三ツ谷のヨメだったのかよと思った。

「君らのワガママってただの子供の癇癪なんだよ。子供の癇癪に一々本気になんてならないの。馬鹿だよね、三ツ谷くんに手を出さなかったらこんな事にはならなかったのに。」
「おい待てなんだテメェ!!」

海も目前といったところで女の前に立ちはだかったのはモッチーだった。その巨体を活かして壁のように進路を塞いでいる。灰谷兄弟はか細い声で揃って感動の声を漏らした。

「間接チ〇コ希望者?」
「あっコラモッチー!それイカれてても三ツ谷君のヨメだぞ!!!」
「千冬!?」

無意識に失礼なことを叫びながら千冬がかけ出す。イカれていても女である三ツ谷のヨメをモッチーの拳から守るためである。
しかし千冬が駆けつけるより早くモッチーの拳が女を捉えた。なんとか腕でガードしたようだが軽い体が地面を転がっていく。

「大丈夫っスか!?」

地面に伏す女を助け起こす千冬。
怪我を確認しようとして女の顔を見た千冬は大きく肩を揺らして、まるでメデューサに睨まれたかのように固まった。
女の顔は暗い影を落とし、完全に目がイッていた。
ピクリともしなくなった千冬の腕から抜け出した女はその顔を携えたまま落とした警棒を拾いゆらりと立ち上がった。

「三ツ谷くんがさぁ?可愛いって褒めてくれた顔に何殴りかかってくれちゃってんだテメェ!!!!」

女は警棒の上下を力強く掴み、振り上げた膝にそれを叩きつけた。
本来なら負けるはずの人間の膝はまるで超合金のような丈夫さで警棒の硬さをものともしなかった。中央部分から綺麗にひしゃげた警棒を見て周りは1歩後ずさった。

警棒を放り投げ可愛いふわふわしたスカートをものともせずに走りだす。危険を感じたモッチーの拳がもう一度襲いかかるが、それを華麗に避けて袖を掴み足をひっ掛けて見事な大外刈が決まった。
不運だったのはモッチーが立っていたのが海のすぐ近くだったということだ。大外刈により一瞬宙に浮いたモッチーの巨体は大きな水しぶきを上げながら真っ暗な海へ落ちていった。
自分たちより早く落ちていったモッチーに、灰谷兄弟は内心爆笑した。彼らに自分を庇った仲間への優しさは存在しなかった。

「…灰谷、君ら笑ってるな?」

女が海を見下ろしながらポツリとこぼした言葉に灰谷兄弟の肩がビクリと揺れた。

「私が何年君らの幼なじみやってると思ってるの?君らの単純な思考回路なんて丸わかりなんだけど?」

大外刈をしたせいで乱れた黒髪が女の顔を覆い、さらに目がイッているせいで恋人に振られた幽霊が化けて出たかのような見た目になっている。アングリーは怖すぎて泣きそうになったが兄との約束があったので我慢した。

女はもう一度竜胆の襟首を掴もうとしたが、その前にタケミっちが声を上げた。

「ま、マイキーくんんん!!!ドラケンくんんんん!!!!」

遅れてやってきた総長、副総長に東卍だけでなく天竺も助かったかもしれないと顔を輝かせた。

「え、なにこれ。」

マイキーは元から大きい目をさらに見開いた。

「三ツ谷のヨメ…?」

ドラケンは真っ先にこの場にいるはずの無い女を見つけた。

女は一瞬考えた。ドラケンは三ツ谷が密かに憧れている人物であると、三谷本人から教えてもらっていた。その三ツ谷の憧れの人物の前で暴れると彼からの心象が悪くなるかもしれない。

「怖いよぉ。」
「嘘だろ!!?」

態度を急変させた女に鶴蝶は咄嗟にツッコミを入れた。

「何でここに三ツ谷のヨメがいんだよ。あぶねーから八戒たちの後ろに隠れてろ。」
「大丈夫。私灰谷兄弟の幼なじみだから、殴られたりしないの。2人が三ツ谷くんを襲ったって聞いたから、抗争だってわかってたけど居ても立っても居られなくて…。」

お前が殴ってた側だもんなとその場にいた全員の心の声が重なった。

「あー、わかった。大人しくしてなよ。」
「うん、ありがとう。」


そして海に落とされたモッチーを放置して始まった天竺と東卍の総長対決。蹴り合い、殴り合い、死闘をくりひろげていた時だった。
海に何かが落ちたような音がして全員が振り返った。あまりにも大きな音で流石に聞こえないふりはできなかったのだ。

「竜胆くんが足滑らせて落ちちゃった。」

絶対嘘だろ。全員そう思った。

「絶対嘘だろ。」

喧嘩をしていたはずのイザナが声を上げた。

「私じゃ届かないから蘭くん弟のこと助けてあげて…?」

コイツ絶対蘭も落とす気だろと全員思った。
股間の痛みから復活していた蘭は警戒して絶対に海に近づかなかった。その代わり斑目とムーチョの背を押してお前が行けよという顔をした。

「冷たい海の中で竜胆くん可哀想。」

それをいうなら忘れられているモッチーのほうが可哀想である。
蘭がもう一度強く2人の背中を押した。

「なんでオレが…。」
「テメェで行けや。」

そんなことを言いながらモッチーと竜胆を助けに行く2人に鶴蝶は感動した。
2人を落とした張本人は気付けば素知らぬ顔で蘭の近くに立っていてその腕を掴んでいる。傍から見てもギシギシ音がなりそうなほどの力強さだ。実際に蘭も死ぬほど痛がっているし僅かに見える手首は色が変色しているようにも見える。

「弟を助けないなんてお兄ちゃんの風上にも置けないね。三ツ谷くんと違って。ねえ蘭くん、コンクリートブロック持ってくるの忘れちゃったから後で地面とご挨拶させてあげるね。」

痛みで必死に腕を振りほどこうとする蘭の耳元で囁いた女はいったいどこで育った悪魔だとたまたま近くにいてそれが聞こえたモブは思った。


その後無事に助け出された2人は寒さで震えが止まらずカチカチと歯を鳴らしながら女を恨めしそうな顔で睨むが、殴りかかりに行く体力はすでになかった。

場の空気が変になってしまい、総長同士が顔を見合わせてどうしようという表情を浮かべる。
実質兄弟喧嘩のための抗争だったが、顔を見ただけで会話出来るほどにはこの2人、気が合うのだろう。

「あー…イザナ、2人も寒そうだしここは一旦休戦にした方が…。」

鶴蝶の言葉に総長2人がまた顔を見合せた。

「じゃあ逃げ回る蘭くんを先に仕留めた方の勝ちって言うのはどう?」

紛うことなき悪魔だ。
この女はどこでどう育ったかなんて関係ない。もうただの悪魔だ。それならふつうに喧嘩するより早く抗争が終わるでしょと笑みを浮かべる顔は悪魔にしか見えない。

「…まあそれでもオレは…。」
「別にいいけど。」
「良くねーよ!!!」

とち狂った総長2人をドラケンが止めた。

「三ツ谷のヨメも恐ろしい提案すんな!」
「蘭くんお兄ちゃんだから、弟のためなら体張れるかなって。」
「いや体の張り方特殊すぎんだろ。」

もうあの悪魔を止められるのはドラケンしかいない。東卍は心の中でドラケンコールを必死に送った。

「そっか…うん、じゃあ…、スタート!」
「えっ?」

元気よく声を上げて蘭の背中を押した悪魔と、悪魔の提案に軽率に乗ったとち狂った2人。ここには救いなどなかった。

声を上げながら逃げ惑う蘭に合掌したモブたちは、最終的にマイキーの蹴りにより地面とご挨拶した犠牲者を心の中で労った。












「聞いた、抗争行ったんだって?」
「うん…ごめんね。幼なじみの2人が三ツ谷くん襲ったって言うから我慢出来なくて。」
「心配した。」
「…ごめんね。」
「許すかわりにオレのワガママ聞いてくれるか?」
「うん。なぁに?」
「怪我治ったらデート行かね?」
「…いいの?」
「最近行けて無かったじゃん。」
「嬉しい、約束ね。」

甘い雰囲気が漂う2人が可愛らしく指切りを交わした。



「騙されないでタカちゃんそいつァァァァア゙ア゙ア゙ア゙ア゙…!!」

それをぶち壊しにきた八戒はタケミっちと千冬によって回収されて行った。
三ツ谷はまさか自分のヨメが幼なじみのチ〇コを潰すような女だとは思っていないため抗争の時から八戒の様子がおかしいなと思うだけだった。





真実を知らない幸せ者は今日も可愛いヨメとイチャイチャしている。
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