02

無法地帯を抜け、気配をたどり足を進めると、早速お目当ての人が見つかった。消していた気配を少しずつ戻せば、それを敏感に感じ取った大きな背中がピクリと揺れた。

「今回はまた随分早いな」

岸辺で海を眺めていたレイリー。後頭部をさすりながら振り返った彼は、私が名前を呼ぶより先にそう呟き、私が手を振るより前にその大きな掌を振って見せてくれた。

「レイリー!」

堪らず勢いよく飛びついても、びくともしない身体は歳を重ねても衰えを知らないみたいに頑丈で、少し細くなった首元にぎゅっと腕を回せば優しく響く懐かしい低音がそっと風に乗り耳へと届く。

「会いたかったぞ、ナマエ」

いつ会っても、その言葉を贈ってくれるレイリー。友達の中でも特に仲良しの一人だ。隣の地面を少し払い、そこに私を座らせてくれて一緒に海を眺めようと笑いかけてくれた。

「‥落ち込んでるの?」
「おや、何故そう思う?」
「暇なの?って聞くのはよせって」
「はは、白ひげか?」
「ううん、センゴク」
「なるほど、奴らしい」

お互い目線は海に向けたまま、ゆるりとした小気味良いテンポの会話が続く。レイリーは、実際暇だったからとりあえずこの大海原を眺めに来たらしい。ギャンブルですっからかんになったお財布を揺らして、お金も増えはしないなと笑っている姿は、相変わらず健康そうで何よりだ。

「ニューゲートはね、暇なの?って聞くと私が来たから忙しいって言うよ」
「それも想像に易いな」
「ひひ」

どんな時でもニューゲートの話になった途端こちらに視線をくれるのは、私が嬉しそうに笑っているだろうからと教えてくれたことがある。私も視線をレイリーに向ければ、真っ白な顎髭を撫でながら、楽しそうで何よりだと目尻にシワをいくつか増やして優しい笑みを向けてくれた。それから、私の左手をそっと握ってくれる。

「傷は増えてないか?」
「レイリーは?」
「ここでは増えるような出来事もなくてな」
「ひひ、お揃いだね」

傷一つない体をあちこち見せながら、この間もこんなやりとりがあったなと思い出す。

「レイリー、お揃いじゃないや!傷あった!」

これとは違うけどね、とレイリーの塞がっている傷をそろりと撫でると、とうに痛みもないと笑う。

「お前の傷は、此処だな」

浮かべた柔らかい微笑みはそのまま、自分の胸元を指で突いたレイリーの眉が僅かに下がる。正解の音のかわりに、私のお腹がぐぅと短く鳴いた。

「おや、こっちだったか?」
「そっちは、元気だよーの鳴き声」

シャッキーにも朝からご馳走になったことを話せば、下がった眉も次第に元へと戻っていく。

「はっはっはっ、お前の腹はいつも元気だな」

どれ、と声を漏らし立ち上がったレイリーは、私を抱き上げてくれ、元気よく鳴いた私のお腹の虫をポンポンと2回撫でる。

「いつもの店で?」
「うん、そこがいい!」

海軍本部にほど近いこの諸島は、最も立ち寄る島と言っても過言ではない。レイリーがこの土地に腰を下ろしてからは、下手したらニューゲートの船に行くよりも多く来ていると思う。裏を返せば、それだけ海軍本部や聖地マリージョアに召集されていると言う事なのだけど。いつもの店、が言葉通り馴染みの店になるのも、これだけ通えば納得してもらえるはずだ。

「よう、おにぎり娘。この間は店の修理代をありがとうよ」
「いいえ!おじさんの怪我、もう大丈夫?」
「ああ、この通りだ。飯の支度ができたら持って行ってやる。いつもの席で待ってな」
「ひひ、ありがとうよ!」

この島には、「いつもの」が溢れている。それも全部、レイリーのおかげだ。柔らかい物腰に似つかわしくない覇気を薄く纏って、一番壁際の端の席で私を奥に座らせ、自分の背で他の人の視界を遮ってくれる。
暗い席ですまないと毎度謝ってくれるけど、私からすれば感謝しかない。こんな店で子供連れはそうでなくても目立つし、賞金稼ぎも沢山蔓延るこの場所では、私の正体を知る人も少なからず存在する。バレたところで捕まる気もないけれど、私がやればグローブの番号が狂ってしまう。下手に手を出さない方が互いの為と牽制してくれているそのさりげない優しさが、私は嬉しかった。

「海には隅っこがないでしょ?だから隅っこって楽しみ」
「うまいことを言う」
「ひひ、トシノコウ。どっこいしょが似合う歳だよ」
「はっはっはっ、お互い歳を取ったな」
「シャッキーも言う?」
「彼女はまだだろう」
「ひひ、良かった」

ご飯を待つ間にシャッキーから預かった手紙を渡せば、珍しいなとこぼしながら真っ白な封筒の封を開ける。

「シャッキーもお手紙とか書くんだね」
「そうだな、と言ってやりたいが‥残念ながら差出人は彼女じゃないようだ」

意味あり気な視線をこちらに向けるから、私も知ってる人?と声をかけてみると上がっていた口角がさらに少し上を向く。

「白ひげだ」
「えっ!」

想像通りの反応が返ってきたのか、身を乗り出した私にレイリーは声を上げて笑う。

「久しぶりに見た表情だったんでな。いや失礼」
「ううん、それよりすごいねレイリー!ニューゲートからの手紙、初めて見た!」
「私も初めてのことだ」

私はニューゲートから手紙をもらったことがない。お手紙ちょうだいと言っても来た試しはないし、誰かに文を書いているところさえ見たことはなかった。何が書いてあるのかな。

「いいなあ、ニューゲートからのお手紙」

勝手に覗いてはいけないとわかっているけれど、どんなことが書かれているのか気になってそわつく身体。紙に目を落としたレイリーの視界にちらつく落ち着きのない私は、さぞ煩かったのだろう。手紙と言うにはなんとも短いメモのようだと、中を見せてくれた。

酒を届けた
造船島での話はお前に譲る

「ニューゲートの字だ!」
「あの男も変わらないな」
「誰がおつかいしたのかな?シャッキー、何も言ってなかったのに」
「それは白ひげの元へ戻った時に聞いてみるといい」

そう言って、私の頭に手を伸ばしたレイリー。その掌は、温かさと少しの重みを持っていた。

「一人で造船島に?」
「ひひ、ちょっと失敗したけど」
「″ココ″の傷はあの島か」
「‥レイリーさ、トムさんの弟子覚えてる?」
「ああ、勿論だ。船をいつも直してくれるという」
「うん、その子が直してくれたの。もう一人の弟子の方にも会ってね、それでね‥‥」

あの島での出会いと再会と失敗と発見とを、浮かんだ端から言葉に乗せてレイリーに話した。分かりやすくもない話をじっと聞いてくれ、全部話し終えた時には、ニューゲートが手紙をよこしたことにも納得したように、無事で良かったと温かい言葉を返してくれた。その言葉を大事に受け取ってお腹の奥に収めて、おへそから飛び出さないように大事に大事に両掌で包み込む。ニューゲートに再会するまでの航海の間、何度も撫でてくれたその優しい掌は、あの頃と何も変わっていない。

「懐かしいな‥‥私達の旅も、あの島を目指して始まった」
「ひひ、楽しかったねえ」

そう。
私がロジャーの船にご厄介になって最初の目的地。それが造船島だった。