名椎の浜
走りながら考える。この逃走に意味はあるのかと。
目狩り令が始まってから、過酷ながらも気儘で楽しかった旅は姿を変えた。指名手配者になってからは余計に。もう何日走っているのかもわからない。
心がだんだん擦り減って、何も感じなくなっていく気さえする。
何が良くなかったのだろうか。
親友を止めなかったことか?天守閣へ向かったことか?
親友の神の目を奪って逃げたことか?
(…………否、)
もう選んだのだ、後戻りはできない。
今更親友の神の目を差し出したところで、今度は目狩り令によって自分の夢を奪われるだけ。
親友の夢の証も、自分の夢も差し出すつもりは無い。
(ならば、進むしかない)
一瞬、目の前に道が開けた。
幕府軍の意識が自分ではない何かにふと向けられたような。
ここを抜ければ逃げられるかもしれない。
しかし抜けた先に包囲網が敷かれているかもしれない――罠かもしれない。
――だがこれを逃して他に助かる道があるか?
ならばこれに賭けるしかない。
垂らされた一本の糸を、掴んで走り出す。
名椎の浜で、幕府軍に囲まれた。
一人、二人、……、六人、七人。
(ここまで来たのだ、この程度なら、切り抜ける)
と、構えた次の瞬間、万葉の片膝がガクリと折れる。
「――ッ!!」
咄嗟に刀を地に突き刺して倒れるのは避けられたが、数日の無理が祟ったのか、すぐに体勢を立て直すこともできない。
そこを見逃す幕府軍ではなかった。
「今だ! やれ!」
(ここまでか……!)
幕府軍の刀が万葉に降ってくることはなかった。
まさに刀を振り下ろさんとしていた男の体は、横向きに吹き飛んだのだ。
「――大丈夫か!?」
攻撃が飛んできた方向には、少年が弓を構えている姿が見えた。
その背後から大勢の男達が飛び出して幕府軍と対峙する。
不意をつかれたのか、幕府軍の兵士たちは倒れ伏した仲間を連れて撤退していった。
(……助かっ、た、のか……?)
一瞬、気が緩んで視界が霞む。
幕府軍を倒したからといって味方とは限らない。
警戒を解くわけにはいかない。だが万葉の体はもう言うことを聞かなかった。
助けてくれた少年は万葉の状態をササッと確認すると周囲にあれこれと指示を出し始めた。
霞む視界の中に、犬の耳のようなものが見える気がする。
「怪我をしているな……体も冷え切ってる……それにひどい熱だ。……残党の確認は俺がする! お前たちは彼を……コハルのところに連れて行ってくれ」
大柄な兵士が背を支えてくれなければ倒れていた。
「海祇島に連れて行くが、もう少し耐えられるか?」
一応尋ねてはくれたようだが、頷くこともできなかった。
「コハルさん、いらっしゃいますか!?」
二階の部屋を片付けていたコハルは店の入り口からする声に顔を上げた。
「はーい、誰か怪我ですか?」
下に降りていくと、小さく開けた戸の隙間から抵抗軍兵士が覗き込んでいた。
入ってくればいいのに、どこか控えめな様子である。
「怪我……というか、ゴロー大将からの指示で……」
兵士は小さな声をさらに潜めた。
「『例の』人物を、お連れしました」
「! ……わかりました。準備はできてますから、連れてきてください」
どうやら外に待機させていたらしい。
戸を大きく開けると、別の兵士に肩を支えられながらぐったりした様子の少年が見えた。
「どうぞ、奥の部屋へ」
*20231215