竜トリマーの彼女の話




  彼女の手にかかれば、暴れる竜でさえその膝の上で寝息を立て始める。
……などという噂があるが、そんなものを信じる者は大抵竜のことなんてよく知らないのだろう。
何の苦労も無しに竜を簡単に手懐けることができるなら、腕を覆う分厚いグローブなど必要ないのだ。
地道にスキンシップを取ることで、やっと少しだけ心を開いてくれる。
アディレの元に来る竜は大抵そんな一癖ある――具体的に言えば爪切りやブラッシングを苦手とする竜が多かった。
何故なら相棒の竜の爪切りを自力でできる人間はそもそもアディレの手助けを必要としないからだ。

 まずは挨拶をして、竜と仲良くなることから始めなければならない。
触ってもいいかどうかお伺いを立ててから、どこを触ると気持ちがいいのかを探っていく。
顎の下がいいのか、耳の付け根がいいのか、お腹を撫でられるのがいいのか、力加減はどれくらいがいいのか。
触られたら嫌なところはどこか。
体温、呼吸や鼓動の早さ、目の動き、それらを細かく注視しながら竜がリラックスできる方法を見つけていく。
竜の種族でなんとなく好みの傾向はわかるが、かといって一律に同じというわけではなく、竜によって好みのブラシの硬さも様々。
人間だって種族は同じなのに全然違うのと同じである。
そうして時間をかけてよ〜〜しよしよしよしよしと撫で回し、竜の意識がとろんとしてきたら――
お待ちかねの、爪切りタイムである。

 うとうととしたまま身を委ねてくれる子は非常に楽だ。
爪切りを始めた途端に覚醒して嫌がる子、それも記憶力が良い子なんかは、次にアディレのサロンに近づくことすら嫌がったりする。
「爪が長すぎると怪我しちゃうでしょ」と相棒の人間と共に根気良く宥めながら、大きなニッパーで丁寧に爪を切っていく。
最後にヤスリがけをしてピカピカになった爪を前にアディレはようやく息をついた。

 爪を切ること。
体の汚れを落とすこと。
余計な毛を取り除くこと。
体に傷がないか細かくチェックすること。
仔竜と相棒になったばかりの人間が手入れの仕方を教わりに来ることもある。
どれも竜との信頼関係が必要になってくる。竜の健康を維持する仕事は、楽ではないがやりがいはある。
 それに、アディレがここで怪我や病気を未然に防げれば、もしくは軽いうちに見つけることができれば……竜医への負担を減らすことができる。
自らを犠牲にしてでも竜医の仕事を続ける幼馴染の姿を思い浮かべながら、アディレも竜との交流を続けるのだ。

――なお、「彼女のよ〜しよしよしは人間にも効く」などという噂もあるが、誰が言い出したかわからないので真偽は定かではない。



⋆20260207

うたうまち