竜医の彼との話
今日の診療が全て終わり、道具を綺麗に洗浄して片付け、続いて日課であるカルテをチェックしていく。
忙しかったから身体はクタクタだが、頭は妙に冴えていて、「もっとああすれば良かった」「ここはまだ改善できる」と反省点ばかりが脳裏を過っていく。
ぐるぐると終わらない思考を繰り返して、一瞬視界がぐらりと揺れた。
(……あぁ、そうだ、クッキーがそろそろ無くなるから……これが終わったら、作らな――…)
「ちょっとイファ、ちゃんとごはんくらい食べてよね」
ぼやけて揺れた視界がぱちりと元に戻った。
「……アディレ……」
いつの間に部屋に入ってきたのか、幼馴染のアディレがすぐ横にいた。大きめの鍋を持って。
鍋からはスパイシーな匂いがした。
「カクークが呼びに来たのよ。イファが休まないって」
「おいおいきょうだい! マジかよ!」
イファの優秀な助手である、丸くてふわふわな竜のカクークは一言文句を言うと、役目は終えたとばかりに寝床に潜り込んだ。
「……まだ仕事が……」
「はい、後でね、全部後! ほら座んなさい」
背中を押され、ふらつく足を動かす。
アディレが肩をポンと叩くと、イファの体はストンと椅子に収まった。
アディレは勝手知ったる様子で食器を出し、持ってきた料理を並べていった。
分厚く切られたパンと、大きな椀に注がれたブレイズ・ミート・シチュー。
一口大に切った肉と野菜をじっくりトマトで煮込んだ、辛めの具沢山シチューだ。
味付けはアディレの好みなのでそんなに辛くはないだろうが。
「……いただきます」
スプーンにふぅふぅと息を吹きかけて口へ運ぶ。
大きめの肉がゴロゴロ入っていて、グレインの実やツルツル豆も柔らかく煮込まれている。
温かいシチューと辛味で体がぽかぽかと温まってくる。
自分の体が意外と冷えていたことを実感させられる。
パンをシチューにつけて柔らかくして食べても美味しい。
体が満たされて、クタクタだった体によく沁みた。
シチューとパンを食べ終わって、イファが用意したショコアトゥル水をふたりで飲んで、ひと息つく。
「は――――……」
満足した。おいしかった。気持ちが落ち着いた。
落ち着いたことで、椅子から立ち上がるのが億劫になってくる。
仕事が残ってはいるが、体が疲れを訴えている。
「クッキーは……明日作るか……」
そういえばアディレはにーっこりと笑った。
今から作るなどと言えば、目の前から手刀が飛んでくるだろう。
前に同じように睡眠時間を削って仕事を続けようとした時に、彼女の笑顔を見たのを最後に視界が真っ暗になり、意識を刈り取られたことがある。
だったら今日はもう大人しく休んだ方がいい。
「いい子ね。歯を磨いて、早く寝るのよ」
その声色はとても優しい。いつもはグローブに覆われている手が、イファの髪をふわっと撫でた。
こういう時だけ、イファはアディレの弟のような気持ちになるのだ。普段は妹分みたいに思っているのに。
今だけの姉は使った食器をサクサクと片付けると「じゃ、おやすみ」と帰っていった。
「……寝るか……」
腹が満たったことで眠気がすぐ側まで来ている。
出しっぱなしだったカルテは片づけて、今はちゃんと寝て、起きたらクッキーを作ろう、と決める。きっとしっかり寝てから作ったクッキーの方がおいしいだろう。そう自分に言い聞かせた。
歯磨きだけは忘れない。竜医が虫歯になるなんて笑えないから。
⋆20260207